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magomeさん のコメント

>>115 尻毛屋さん ネトウヨ、ネトバカの行動を見るたびに愛郷心が無く、共同体から外れたナショナリズムが馬鹿げた有害な存在かようやく解ってきました。この歴史を損失した人々に残された道がニヒリズム、またはその表裏一体たるネトバカ、ネトウヨと極左活動なんだと思います。どちらにも共通しているのが尻毛屋さんの言う成長せずに劣等感を感じる自信が丸でない自分を見守ってくれる存在にも気づいていないか、気付こうともせずに違いのあるものには無差別に襲いかかかるところだと私も思います。
また、これらの攻撃にさらされているからって在日韓国人や在日朝鮮人が善人かといえばそのような存在でもありませんし、無条件で味方すればそれもまた逆差別という差別行為に繋がってしまうだけです。そして、嫌韓運動とは違い、島根県民として韓国や北朝鮮を嫌う行為は健全な愛郷心と歴史を保った人々が持つ、当然の気持ちですから、こちらの反韓行為は極左に扇動されているネトウヨ、ネトバカの嫌韓運動とは全くの別物であると私は見ています。

嫌韓と反韓は全くの別物。

>>117 カレー千兵衛さん 、「女系公認論者による“ナリスマシのなりすまし”」はすでにHP「女系に対する疑惑」の掲示板で何度か書き込まれています。

こちらのHP↓
http://www5.hp-ez.com/hp/dankei/page5/10 の 2012年9月15日 1時51分 の書き込みなんですが、どう考えてもネトウヨ、ネトバカ、または極左が「在日」と「女系公認論者の味方」に成り済ましているだけですね。明らかにバレバレです。國内では少数弱者である在日朝鮮人、在日韓国人が自ら自分たちが立場上不利になるようなことを書くわけがありませんから。恐らく、最初の段階ではこのような書き込みをしていて、あれこれネトウヨ、ネトバカ、もしくは極左同士で試行錯誤しながらアマゾンのレビューにおける書き込みが一番効果的だということになったのでしょうが。

ネトウヨ、ネトバカや極左にできないことは現場に信頼を葛藤を抱えながらも持ち込もうとする姿勢と心構えを持つことなんだと思います。故に、極左と同じく、ネトウヨ、ネトバカも現場では信頼されずに旭日旗や日章旗を掲げて罵詈雑言をぶちまけるという痛い行動をするのだと思います。現場で戦うやつがあんな輩に負けるはずがないですね。

理屈よりもまず、その言葉は正確か、そして言葉や行動に公を含んでいるのかという気持ちを持つことが大事で、これは公共心を持つ、現場での信頼からしか生まれないことから、まさに的を得ていると思います。

いままた、小林師範が言っている「現場を持て」の意味が改めて分かった気がします。

>>134 みるみるさん 私も原発事故の動画を見るたびに「この世の終わり」としか心の中で感じません。あの爆発は嘗て見たことがない、原子爆弾の映像よりも、強烈に私の胸に刻み込まれました。そして、いくら「安全」という情報が流れてもあの原発が爆発する映像がすべての「安全」という情報が嘘であることを物語っているとしかどうしても考えられないのです。故にみるみるさんの御友人は恐らく良心的な心の持ち主だからこそ、みるみるさんにわざわざ知らせてくれたのではと思えてならないのです。みるみるさんの書き込み内容を読んでいる限りですが。

彼ら、原発推進派は誰一人、原発事故現場に行って、自らの体を使って安全性を証明しようとしません。恐らく、原発によって日本全体が人の住めない土地になったとしたら、一目散に別の土地に逃げようという魂胆なのでしょう。これは極左による「ユートピア」という現在の国家による支配地域が否定された革命後の世界を目指しているという点で見事に共通してしまうのです。なにしろ、東海地震などで浜岡原発が事故を起こして放射能によって汚染されたら日本は東西に分断され、福岡や東北、北海道で同じように事故が起ったら日本は放射能に汚染されて間違いなくおしまいですから。

原発推進という思想は極左過激派やオウムと同じくらいに警戒しなければならない、危険人物と見なすべきだと思います。

>>139 >>140 諫議大夫さん お久しぶりです。

例のレビュー欄ですが、「女系派の自作自演」であればいいのですが、このレビューが例え成済ましであったとしても共産党支持層が唯一、他の政党の支持像と違って女性宮家創設反対派が賛成派を上回ったことと、竹田氏の「皇統男系固執」をほざく講演会が週刊金曜日の市民運動案内板に載っていたことから、もはや極左はネトウヨ、ネトバカの活動や自称保守の論壇界に深く入り込んでいることはもはや確実と考えていいと思います。

故に、あからさまに書けるのもそれだけ書いても極左の影響力が衰えることがないと確信しているからであってアマゾンでも堂々と呼びかけができるほどになったということなんだと思います。

アマゾンの「参考になりましたか?」に幾人かなったと言っていますね。「低評価(または高評価)を与える人間はこんなとんでもない奴なんだ」というこちらからしてみればよい意味での「参考」であればいいんですけど、やはり、これは賛同者と見る方が自然なんですね。

悲観論はいけないのですが、あまり、こちらの都合にいいように解釈することの方が危険ですしね。

さて、明日はライジングの配信日ですので、首を長くして待ちましょう。
No.146
130ヶ月前
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第74号 2014.2.18発行 「小林よしのりライジング」 『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりが、Webマガジンを通して新たな表現に挑戦します。 毎週、気になった時事問題を取り上げる「ゴーマニズム宣言」、よしりんの心を揺さぶった“娯楽の数々”を紹介する「カルチャークラブ」、『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成してもらう読者参加の爆笑企画「しゃべらせてクリ!」、漫画家キャリア30年以上で描いてきた膨大な作品群を一作品ごと紹介する「よしりん漫画宝庫」、珍妙な商品が盛り沢山(!?)の『おぼっちゃまくん』キャラクターグッズを紹介する「茶魔ちゃま秘宝館」、読者との「Q&Aコーナー」、作家・泉美木蘭さんが無限に想像をふくらませ、とことん自由に笑える「日本神話」の世界を語る「もくれんの『ザ・神様!』、秘書によるよしりん観察記「今週のよしりん」等々、盛り沢山でお送りします。(毎週火曜日発行) 【今週のお知らせ】 ※「ゴーマニズム宣言」…2月11日、安倍首相はこの日、「建国記念の日」を寿ぐメッセージを出し、産経新聞は社説で未だに政府主催の式典が開かれないことを嘆いていたが、この祝日の成立に最も寄与した人物を知っているのだろうか?一方、「建国記念の日」制定に反対し、「天皇の戦争責任」にも言及し左翼学者にもてはやされた「赤い宮様」が、皇位継承問題において「男系維持」を唱え自称保守派を操っている。その真意とは? ※「ザ・神様!」…突然の解散に見舞われた、神代の国土開拓コンビ「デコボコブラザーズ」。知恵者のスクナビコナに去られ、不安と絶望と焦燥とに駆られるオオクニヌシ。心のなかは「お先真っ暗」!国造りはどうなるのか!? ※馬鹿が百科を書いている…!!ウィキペディアの記事を徹底的に添削しちゃう大好評「よしりんウィキ直し!」。回を追うごとにひどくなるウィキペディアの記述、その傾向は今回もさらに続いて、飛躍的に最凶最悪の度合いを増していた!ウィキ運営からも目に余るルール違反と見なされた記述とは? 【今週の目次】 1. ゴーマニズム宣言・第75回「『建国記念の日』に反対した三笠宮崇仁殿下の情念」 2. しゃべらせてクリ!・第35回「貧ぼっちゃまきょうだいの絆に涙ぶぁい! の巻〈後編〉」 3. もくれんの「ザ・神様!」・第27回「われは汝、汝はわれ。オオクニヌシの魂から生まれた国造りパートナー」 4. よしりんウィキ直し!・第15回「ゴーマニズム宣言⑪:『天皇論追撃篇』(新天皇論)①」 5. Q&Aコーナー 6. 新刊案内&メディア情報(連載、インタビューなど) 7. 読者から寄せられた感想・ご要望など 8. 編集後記 第75回「『建国記念の日』に反対した三笠宮崇仁殿下の情念」  2月11日、わしは 田中卓 氏(皇学館大学名誉教授・古代史学の泰斗)に頼まれて大阪の国民会館で講演したが、そのとき「 建国記念の日 」の成立には、田中卓氏ら尊皇の本物の保守知識人と、左翼勢力のシンボルとしてこの祝日制定に猛反対した 三笠宮崇仁親王殿下 の激しい論争があったことを話した。  安倍首相はこの日、「建国記念の日」を寿ぐメッセージを出し、産経新聞は社説で未だに政府主催の式典が開かれないことを嘆いていたが、そもそも安倍首相も産経新聞も自称保守派&ネトウヨも、この祝日の成立に最も寄与した人物を知っているのだろうか?   それは皇統の「女系公認」を主張する田中卓氏である。   そもそも神武天皇の実在を証明したのは田中卓氏なのだから、この学者がいなければ「建国記念の日」は2月11日に復活することはなかったはずだ。  現在の「建国記念の日」は、昭和23年(1948)までは「 紀元節 」といった。  初代天皇・神武天皇が橿原宮に即位した日を『日本書紀』の記述から推定し、日本の建国を祝う日として明治6年(1873)に定めたのである。   しかし戦後、GHQによって紀元節は廃止されてしまった。  そこで本土の占領が終了した昭和27年(1952)から「 紀元節復活運動 」が盛り上がりを見せるようになる。  世論は復活賛成が圧倒的で、昭和32年(1957)に自由民主党の衆議院議員らが「 建国記念日 」制定に関する祝日法改正案を国会に提出。しかし日本社会党の反対によって審議未了となった。  その後も根強い国民の希望がありながら、左翼政党や「進歩的文化人」らの反対により、「建国記念日」制定の法改正案は9回も提出と廃案を繰り返し、10年近くにも及ぶ攻防が繰り返された。   その間、左翼側に立って「紀元節復活反対」の運動に大きな役割を果たしたのが、昭和天皇の弟で現在98歳の 三笠宮崇仁(たかひと)殿下 である。  三笠宮殿下は昭和32年(1957)、日中友好論者(もちろん左翼)の東洋史学者、三島一の還暦を祝う会のあいさつで、次のような発言をした。 「2月11日を紀元節とすることの是非についてはいろいろ論じられているが、肝心の歴史学者の発言が少ないのはどうしたわけか」 「先日松永文相に会ったとき、『日本書紀に紀元節は2月11日とは書いてない』といったら驚いていた」 「このさい、この会をきっかけに世話人が中心となって全国の学者に呼びかけ、2月11日・紀元節反対運動を展開してはどうか」 「この問題は純粋科学に属することであり、右翼左翼のイデオロギーとは別である」 「日本書紀に紀元節は2月11日とは書いてない」なんてことを問題視しているのにも驚くが、「純粋科学に属すること」という発言も不可解である。  紀元節復活論争では、戦前の正史批判によって 左翼に絶大な人気があった 津田左右吉 でさえ「 史 実ではないが、キリストや仏陀の降誕も同様なことだ 」として、儀式としての祝日を是認 したのだが、三笠宮にはこのような見識もなかったのである。  この三笠宮殿下の発言は毎日新聞同年11月13日付でスクープされ、大きな波紋を巻き起こした。  これを機に、尊皇派の学者・論客が立ち上がり、翌昭和33年(1958)4月に『 神武天皇紀元論―紀元節の正しい見方― 』という本を刊行。  この編集・刊行を担当したのが若き日の 田中卓 博士で、企画から出版までわずか1ヶ月半で、 平泉澄・肥後和男・樋口清之・葦津珍彦・小野祖教・田中卓 など、錚々たる25名もの学者が執筆し、「紀元節」賛成の論文集を発行したのだった。   田中氏はこの本が完成するとすぐに、三笠宮家に献上。これは三笠宮殿下に対する「諫言」だった。   しかし三笠宮殿下の「紀元節復活反対」はもはや「信念」と化しており、著名な左翼系の学者に電話をかけたり、自筆書簡を郵送したりと、直接の働きかけまでしていた。  そして昭和33年11月、殿下は歴史学者として所属していた 「史学会」の東京大学における大会総会において、「反対決議をせよ」と強く主張。 坂本太郎理事長がこれを「政治的」だとして拒否すると、脱会を宣言して席を蹴ったのだった。  三笠宮殿下は「文藝春秋」昭和34年(1959)1月号では、『紀元節についての私の信念』と題して次のように語っている。 「真理を主張するのがなぜいけないのか」 「紀元節の問題はすなわち日本の古代史の問題である」 「(紀元節復活に反対するのは)生き残った旧軍人としての私の、そしてまた今は学者としての、責務である」 「もし二月十一日が祝日にきまれば、われわれはその廃止運動を展開するであろう」  この中で 「旧軍人としての」責務 という発言があることに注目してもらいたい。  三笠宮は戦時中、陸軍大尉として南京の支那派遣軍総司令部に勤務していたが、その時にシナ軍のプロパガンダをすっかり信じ込んでしまったらしく、離任の際には総司令部の全将校を前に、「 軍部が中国に対して反省と謙虚さを欠いて侵略したことを厳しく批判 」する内容の講和を行ない、「 情誼的で人情を重んずる 」中国人の心情を理解せよと説いていた。  戦後は「 人数は関係なく、南京大虐殺はあった 」とか、「 八路軍の婦女子に対する厳正な軍規と、モラルなき日本陸軍の蛮行 」とかを語り、「 天皇の戦争責任 」まで言及した。  
小林よしのりライジング
常識を見失い、堕落し劣化した日本の言論状況に闘いを挑む!『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりのブログマガジン。小林よしのりが注目する時事問題を通じて、誰も考えつかない視点から物事の本質に斬り込む「ゴーマニズム宣言」と作家・泉美木蘭さんが圧倒的な分析力と調査能力を駆使する「泉美木蘭のトンデモ見聞録」で、マスメディアが決して報じない真実が見えてくる! さらには『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成させる大喜利企画「しゃべらせてクリ!」、硬軟問わず疑問・質問に答える「Q&Aコーナー」と読者参加企画も充実。毎週読み応え十分でお届けします!