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燃える男、アニマル浜口――!!■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」
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燃える男、アニマル浜口――!!■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

2015-10-19 21:26
    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回取り上げるプロレスラーはアニマル浜口! 長州力の盟友、浜口京子の父親、「気合いだ!」の叫び声でのおなじみの名バイブレイヤーを振り返る!


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    ――今回はアニマル浜口さんをテーマにいろいろとおうかがいいたします。

    小佐野 前回のラッシャー木村さんのときにも話しましたが、国際軍団の合宿取材で浜口さんとは初めて出会ったんですよ。当時の『ゴング』はまだ月刊の頃で私は編集者という立場だから、普段はそんなに密な取材をすることはなかったですけど、その合宿以来、浜口さんとはよく話すようになりました。そして実際によく取材するようになったのは、浜口さんがジャパン・プロレスの一員として全日本プロレスに参戦したときですね。

    ――浜口さんは新日本プロレスで国際軍団の一員としてラッシャー木村さんを盛り立てていたじゃないですか。それがどうして長州さんと共闘する流れになったんですか?

    小佐野 まず第1回IWGPリーグ戦の最中に長州さんと浜口さんの2人が失踪したんです。長州さんが猪木さんか新間さんのどちらに電話をして「今日の試合は出られません」と。地方の大会だったんだけど、試合を急にボイコットして姿をくらました。浜口さんの家族ですら本人と連絡が取れないもんだから、奥さんの初枝さんが『東スポ』まで出向いて訴えるほどの騒動になったんですよ。「どこに行ったんですか? うちの旦那は……」と(笑)。

    ――徹底してますねぇ(笑)。

    小佐野 あの当時の新日本は本当にドタバタしていて。アントニオ猪木がIWGP決勝戦で舌出し失神KO負けした時には藤波さんは「新日本に捨てられた」と思い込んで勝手に海外を放浪していた最中だし。

    ――勝手にですか?(笑)。

    小佐野 だって藤波さんの奥さんも一緒にアメリカに渡って、各地の安いモーテルを泊まり歩きながら試合をしていたんですよ。あのときの記録を見ると、初めはメキシコに入って、そこからニューヨークに渡って3週間サーキットして、またメキシコに戻ってるんです。

    ――新日本マターじゃないかたちで転戦してたんですね。

    小佐野 藤波さんは長州さんに負けたときに自分の存在を全否定されたと思っちゃったんですよ。そんなときに新間さんから「気晴らしに海外でも行ってみる?」と言われて。いま振り返ればリフレッシュを勧められたんだけど、「藤波辰爾は新日本にいらない」と言われたと判断してしまい「じゃあ、行きますよ!(怒)」と売り言葉に買い言葉になってしまって。

    ――疑心暗鬼になるような環境だったんですね。

    小佐野 それまで藤波さんは海外に行くつもりはなかったから、日本で子犬を飼ったばかりだったんですよ。それが帰国した時には成犬になっていたという(笑)。

    ――ハハハハハハハハ! 藤波さんって犬エピソードが多いですね。腰痛が治ったときも犬が身代わりになって死んだと言っていたり。

    小佐野 失踪していた浜口さんは長州さんと記者会見をやったんですよ。浜口さんは秩父の山奥で滝に打たれてる写真を取り出して「おいっ、ここにアントニオ猪木が写ってるだろ!?」と言い出してね(笑)。

    ――ど、どういうことですか?(笑)。

    小佐野 滝の水の流れが猪木さんの横顔に見えるってことなんだけど。見えないこともない(笑)。

    ――浜口さん、当時からそんなテンションなんですね(笑)。

    小佐野 長州さんと一緒に浜口さんが新日本事務所に退職願を出しに行くときも取材した記憶があるなあ。要は「俺たちはフリーになる」と。そこから維新コンビが誕生して、巡業中も2人だけで移動するようになって。後楽園ホールでフリー第一戦をやったんだけど、試合が終わったら裏口からバーっと帰っちゃう。

    ――そこは天龍同盟と一緒なんですね。

    小佐野 そこは天龍同盟も踏襲してたし、小橋と秋山がバーニングを結成したときも巡業バスではなく2人で行動していた。そこまでやらないといけないのは、レスラーの人間関係があるからでしょうね。やっぱり同じ控室、同じバス、同じ電車に乗っていたら情が移っちゃって激しい試合はできないから。天龍さんが言っていたのは「輪島さんのつらそうな顔を見たら試合ができないから、リングだけで顔を合わせる環境にした」と。あと勝手に行動してるのに「アイツらだけバスでぬくぬく移動しやがって!」って反骨心を燃やすためだったりするんですよね(笑)。

    ――ハングリーな自分を作り上げるわけですね(笑)。

    小佐野 あの維新コンビの結成は、いまとなっちゃアントニオ猪木の仕掛けなのかなって思うんだけど。だって辞表を提出したあとも新日本にリングに上がってるわけだから、本当のフリーなわけないよね。

    ――猪木さんの仕掛けって、昔から全員が全体像を把握してないケースが多いですよね。

    小佐野 あのときの真相を浜口さんはいまだに口にしない。長州、浜口あるいは猪木さんの3人だけしか知らない。そうやって突然に維新コンビが生まれたわけだから相当インパクトがあったんですよ。

    ――コンビ結成以前に長州さんと浜口さんの接点はあったんですよね?

    小佐野 接点は……覚えてるのは83年の正月の後楽園ホールで一騎打ちをやったこと。あと2人がまだ新日本、国際所属のときにオールスター戦でタッグを組んでいるのか。それが最初。結局この人と組んだらうまくいくという嗅覚はみんな持っているんでしょう。

    ――維新コンビ以前に長州さんはマサ斎藤さんと共闘してましたが、そこに浜口さんが加入したかたちではないんですか?

    小佐野 最初はマサ斉藤、小林邦昭の3人。藤波さんを狙う長州、タイガーマスクを狙う小林さんが組んで、精神的支柱のマサさんがアメリカにいる。最初は名前はなかった。維新軍団と呼ばれるようになったのは浜口さんが入ってから。マサさんは以外にも、キラー・カン、タイガー戸口さんもいたんだけど、彼らは常時日本にいたわけじゃない。長州さんには正式なタッグパートナーはいなかったんですよ。

    ――フリー日本人の寄せ集め的なところはあったんですね。

    小佐野 そこに浜口さんがやってきて維新コンビ、維新軍団と呼ばれるようになった。

    ――浜口さんの加入で軍団に魂、思想が注入されたというか。

    小佐野 なによりも衝撃的だったのは、試合運びですよ。それまでの日本人タッグチームってのは連携技はなかったじゃない。

    ――あー、維新軍団は斬新でしたね。

    小佐野 あの頃の日本人はナンバーワンとナンバー2がタッグを組んでいたし、お互いの強さがあるから合体技なんて使わないんですよ。やってもせいぜいダブルパンチ。馬場&坂口征二の東京タワーズにしてもダブルキック程度。タッグ屋の日本人って当時はいなくて、グレート小鹿さんと大熊元司さんの極道コンビはいたけど、彼らは悪役だし、とくに合体技がなかった。維新コンビが初めて合体技を使うようになったんです。ある意味で長州&浜口のモデルになったのは、ディック・マードック&アドリアン・アドニス、あるいはアドニス&ボブ・オートン・ジュニア。彼らの連携技を日本流にやり始めた。バックドロップとネックブリーカーの合体技、合体パイルドライバー、太鼓の乱れ打ちとか(笑)。

    ――太鼓の乱れ打ち! あったなあ(笑)。

    このインタビューの続きと、榊原信行、石川雄規、プロレス点と線、スコット・コーカー、金原弘光、中井祐樹日記、笹原圭一書評などの記事がまとめて読める「詰め合わせセット」はコチラ http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar901262
     
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