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第376号 2020.10.27発行

「小林よしのりライジング」
『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりが、Webマガジンを通して新たな表現に挑戦します。
毎週、気になった時事問題を取り上げる「ゴーマニズム宣言」、『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成してもらう読者参加の爆笑企画「しゃべらせてクリ!」、著名なる言論人の方々が出版なさった、きちんとした書籍を読みましょう!「御意見拝聴・よいしょでいこう!」、読者との「Q&Aコーナー」、作家・泉美木蘭さんが現代社会を鋭く分析「トンデモ見聞録」や小説「わたくしのひとたち」、漫画家キャリア30年以上で描いてきた膨大な作品群を一作品ごと紹介する「よしりん漫画宝庫」等々、盛り沢山でお送りします。(毎週火曜日発行)

【今週のお知らせ】
※「ゴーマニズム宣言」…政変や戦争、自然災害など何らかの惨事が起きて、国民の関心がそっちに集中している隙に、国民にとって不利になる新自由主義・市場原理主義の政策を導入してしまうことを、「ショック・ドクトリン」という。このコロナ禍において、菅政権は典型的なショック・ドクトリンで国の破壊を推し進めようとしているのだ!
※泉美木蘭の「トンデモ見聞録」…米国疾病予防管理センター(CDC)が9月に出していた報告書を見る機会があり、目が点になった。アメリカ国内11の外来医療施設において、新型コロナに感染して発症した18歳以上の患者から無作為に160人を抽出し、その生活状況などを面接して、どのように人と接触していたのか、地域でどのようにウイルスに曝露していた可能性があるのかという調査をまとめたものだ。マスクに感染予防の効果はあるのか?マスク信仰から目を覚ませ!!
※よしりんが読者からの質問に直接回答「Q&Aコーナー」!座右の銘は?「ゴー宣男子」と「ゴー宣女子」とでは注目作の傾向が違う?新型コロナのワクチンが完成したら接種する?マスクを長時間付けていると思考や行動にも悪影響が現れる?拉致問題、この際北朝鮮にお金を払って解決するのはダメ?石破茂氏が会派の会長を辞任したことをどう見る?今季の注目ドラマは?来年のオリンピックは開催するべき?…等々、よしりんの回答や如何に!?


【今週の目次】
1. ゴーマニズム宣言・第394回「ショック・ドクトリン」
2. しゃべらせてクリ!・第333回「『密』にも負けない!騎馬戦大決戦ぶぁ~い!の巻の巻〈後編〉」
3. 泉美木蘭のトンデモ見聞録・第188回「マスク信仰の不思議」
4. Q&Aコーナー
5. 新刊案内&メディア情報(連載、インタビューなど)
6. 編集後記




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第394回「ショック・ドクトリン」

 不思議な現象である。人出がかなり増えているが、全員マスクをしている。マスクをしてさえいれば感染しない、感染させないと信じているらしい。
 彼らは、コロナ禍はもう終わったとは思っていない。「不安」や「恐怖」はずっと変わらず、心理の奥底に沈殿したままだ。恐怖は本能に沁みつくから、そう簡単には払しょくされないのだろう。けれども自粛するには限界を感じてもいるようだ。
 そこでマスクだ。「マスクさえつければ」という信心だけは、彼らにとって必要なものだから、信心を奪うのはなかなか難しい。
 だが、そんな非科学的な迷信社会に自分を合わせるのが難しいというわしのような男はいる。泉美木蘭のような女もいる。理不尽に慣れない性格を持つ者にとっては、外出する度にうんざりと言うか、げんなりと言うか、「終わってない」という失望感に、怒りがこみ上げるのだ。
 多分、怒りがこみ上げるからには、失望はしても絶望はしていないのだ。
 そういう人間が、香港で中国共産党の弾圧を受けても、自由のために戦おうとして、人生を棒に振るのかもしれない。損な性格である。もっと器用ならば、全体主義に嫌悪感も湧かず、それが正義と信じてマスク警察に励むこともできるのかもしれない。

 恐怖と諦めが入り混じって、マスクにすがって外出するという、中途半端な心理状態の大衆にとって、菅政権の正体を真剣に考えるほどの気力は湧かない。ケータイの料金値下げとか、ハンコ不要論とか、不妊治療の保険適用とか、大衆受けしそうな分かりやすい政策を並べられると、「案外いいじゃん」と油断してしまうかもしれない。
 この先にとっておきの改革が待ち受けていようと、そっちの不安には気づかないままになってしまう。だが菅政権の目玉商品はこれからだ。
 菅義偉首相が本当にやりたいことは、小泉構造改革路線への回帰である。
 あの田舎のオヤジ然とした風貌にごまかされるが、菅は根っからの新自由主義者、市場原理主義者だ。それは、菅が掲げる理念が「自助、共助、公助」であることにも表れている。
 菅はこの理念を「まずは、自分でできることは自分でやってみる。そして、地域や家族で助け合う。その上で、政府がセーフティーネットで守る」と説明している。
 要するに「自助」とは「自己責任」のことである。まずは自己責任で何とかしろ、それで無理なら周りの者で助け合え、国が手を差し伸べるのは一番最後、というわけである。

 そもそも公助とは生活保護などの「福祉」だけを指すのではない。国や自治体による、消防・警察、そして自衛隊などを含む、公的支援全般のことである。
 国は「公助」を行うのが役割であり、政治家ならば、しかも政権を担っているならば特に、公助をいかに広く、手厚く行えるようにするかを考えるのが本来の使命だと言っていい。特に民間の体力が弱っていくときには。
 にもかかわらず、首相が「公助」を「自助、共助」よりも後に置いたということは、小さな政府路線の続行であり、国の役割はできる限り縮小し、人は自助努力で行動させ、富める者はどこまでも富んでいき、貧しくなる者はどこまでも貧しくなる。その結果は自己責任。これが新自由主義の原則であり、菅は就任早々あからさまにそれを宣言したようなものだ。
 これは大いに不安を抱かせる政策路線のはずだが、大衆にはもっと本能で感じる不安と恐怖がある。もちろん新型コロナの問題だ。冬になれば第3波が来るはずだからと、今のうちに外出して飲み食いしてストレスを発散させている。

 菅首相は政府の有識者会議として「成長戦略会議」を立ち上げ、その委員に慶応大名誉教授の竹中平蔵や、国際政治学者・三浦瑠麗、元ゴールドマン・サックスのデービッド・アトキンソンを入れた。
 全員、ゴリゴリの新自由主義者である。特に竹中平蔵が入っていることだけでも、小泉構造改革路線への回帰という意図は明白である。
 そして注目すべきは、デービッド・アトキンソンである。
 アトキンソンは日本の中小企業を「非効率」としか思っておらず、「競争力を高める」ために中小企業を統合・粛清すべきだというのが持論で、「日本の中小企業は半分消えていい」と力説している。
 日本の企業の99.7%を占める中小零細企業にこそ、他にはない技術などがあり、これが日本の潜在力の源泉であるということが、アトキンソンには全く理解できないのだ。
 菅はアトキンソンと以前から親交がある。経産省幹部は「菅さんはアトキンソン信者」だと言っており、実際に菅の政策は驚くほどアトキンソンの提言を丸呑みしたものだ。安倍政権の「影の首相」は首相秘書官の今井尚哉だったが、菅政権の「影の首相」はアトキンソンだと言われている。