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企業 内部査察官 明智光太郎のケースファイル ファイナル ケース1 大正電力 堂々完結
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企業 内部査察官 明智光太郎のケースファイル ファイナル ケース1 大正電力 堂々完結

2014-09-02 23:52

    このまま沼田蛭田(密談」と接触


    いつになく緊張した面持ちで赤坂の料亭“”に到着していたのは、沼田と榎田だった。


    蛭田が金策の最終報告を持ってやってくるのだ。明日の臨時取締役会でゴングがなり、そのあとのプロキシーファイトは、東都銀行及びCITYSの資金にかかっている。


    待ちきれずに部屋の中をぐるぐる回ってうろついている。俺らしくないじゃないか。しかし、それも仕方がない。何せ国や政治を巻き込んだデッキレースがはじまるんだ。俺の一世一代の大舞台だ。金も数千億単位が動く。マネーファイトは久しぶりだが、蛭田さんがいるから安心できる。しかしその本人が来ない。いつもそうだ。恐ろしいほど細かく戦略を練り、獲物を狙うまでは気配を消して一瞬で相手を飲み込むバンカーだが、音沙汰なしのときはとことんだ。それがまた不気味なのだ。


    玄関が開く音がした。女将を伴って蛭田東都銀行頭取が奥の間に姿を現した。表情はさえない。


    「お待ちしておりました。さ、どうぞ。女将お膳を。」


    「お待ちしておりました、じゃないぞ。沼田」


    「どうかされましたか。」


    「どうかしているのはお前だ、沼田。こないに遅れたのは何のせいじゃと思っている。」


    「わかりません・・・。」


    「あいつらはお前の連れか?」


    黒服の男たちが3人庭の方にひきだされている。榎田と沼田は、はっとした。


    「申し訳ありません。近頃南雲社長が呼んだ明智光太郎なるものの素性をあらっておりました。黙って動きまして、申し訳ありません。」


    「黙って、下働きするのはええ。その間者が見つかって、逆に尾行されてわしの目の前に引き出されたことが問題やというとる!」


    なんと明智は尾行を逆にまいて尾行し、この赤坂の料亭を探り当てたのだ。さらに沼田の背後にいる蛭田頭取の存在を明らかにしてしまった。


    「お前は表、俺は裏だったろう、なあ。」


    「は、はい・・」


    「のう沼田君、長いこと電力屋さんにいてバンカーの本分を忘れたようやな。バンカーの本分は黒子だ。黒子が姿を見られてどうするんや!」


    10分ほど蛭田は無言で食事をつつき、勺をあおって怒りを静めた。


    「切腹ものやぞ」「生兵法は怪我のもとやというたやろ」「この落とし前はどうつける」


    様々な悪態を沼田に浴びせながら、徐々に表情が緩んできているのに沼田は気がついた。この人はそういう人だ。感情的にはならない。全て演技なのだ。それが今まで生き馬の目を抜くファイナンス業界で生き残ってきたきた蛭田の強みなのだ。サラリーマンは役者が出世するのかもしれない。サラリーマンだけじゃない。大統領だって、政治家だって、人生終始演技ができる人間が成功してきた。レーガンは映画界では二流だったが政治界では一流の役者だったのかもしれない。蛭田は悪態の限りをつきながら、次の一手を考えている様子だ。主人公は俺なのだ。脇役に榎田をつけ、様々な困難を乗り越えて古狸の大正電力社長をたたいて経営権を握り、日本伝統企業を再生させたフレッシュな経営者として経済界をリードする。


    「スジなんてどうでもいいのや。ストーリーなんざ、後からいくらでも書き加えればええ」


    「広告政治家といたしましては、最初にシナリオありきだと思っておりましたが、いややはり現実は既成事実がシナリオより強い。勉強になります。」


    「ええか、沼田。お前さんは一流のサラリーマンかもしれん。だがこういう政治劇では二流や。それでもとにかく役割を演じきることだけ考え。」


    「はい。私は主役ですから。」


    「そうや。ただし大正電力のな。あくまでエコプロジェクトの主役は政治家と官僚にまかせる。彼らの日本株式会社のストーリーをどれだけ引き立てられるか。分相応ちゅうこと。」


    ああ、そうだ。俺は主役だがあくまで第一幕の主役だ。お国の政治劇にはテロップにも名前が出ない男なのか。


    「とはいいながらだ。大正電力をプロジェクトにいれれば、経団連は一個にまとまる。竹村さんや民権党さんにやりやすい舞台を作ってさしあげる。今回の件が成功すれば沼田勝は経団連会長やろうな。」


    うまく人参を目の前にちらつかされた馬のように走り続けさせる馬主蛭田は、沼田の心をうまく操縦している。


    「ありがとうございます。」


    「いくは、政治家か、そのまま経団連から好きな企業バッチを選んでもいいんやで。榎田さん、いうたね。あんたもや。」


    ようやく気分を明転させて蛭田は明日以降の段取りを確認し始めた。


    「南雲に引導渡したれ。二の手でCITYSも動く。資金は日銀からでもひっぱりだすよってに。お前らは前線で心置きなく暴れてこい。」


     

    臨時取締役会当日


    朝八時前だというのに、大正電力本社玄関には車が入れないほどマスコミがつめかけている。一応会議メンバーだけしか知らない臨時取締役会の日時は、フライング気味の沼田勝専務のマスコミ露出によって、公に知られることになっていた。玄関、社員用ドア、裏口にいたるまでカメラを持って待ち構えるマスコミがはりついている。


    一台のセンチュリーが玄関口に入ったときは、全てのメディアが玄関に集中しフラッシュをたいて出てくる人物をとらえようとしていた。車は止まったまま沈黙し、ドアは開かない。


    南雲新三郎はアドバイザー明智光太郎とともに、徒歩で人気のなくなった裏口から社内に入った。


    「いとも簡単にひっかかるな、最近のマスコミは。」


    「そうでしょう。ちょっと頭をひねれば裏口に人を残して、玄関入り口に向かうもんですがね。」


    「水先一郎なんかは双子の弟の顔して受付通って、わしの部屋までおっかけてきたもんだ。」


    「双子のトリックですか。面白い。」


    「で、車には誰が乗っているの。」


    「おそらくレッドカーペットを歩く女優の気分で、小林がカメラマンのフラッシュをあびるでしょう。」


    明智がメールを送信した2秒後、玄関口に止まっていた車のドアが開いた。カメラが一斉にフラッシュをたいたが、中から出てきた見知らぬ女性を見て、沈黙をしてしまった。


    「やられた。」「なんだよ」という声で離れていくマスコミを確認して小林は玄関を堂々と入っていく。


    続いて沼田専務を乗せた送迎車が、登場の合図のようにクラクションを鳴らして仰々しく入ってくる。カメラは一斉に車に押し寄せた。


    自分でドアを開けて沼田勝がカメラの前に登場した。「皆さん、おはようございます。」


    最近のマスコミ露出で若干の“慣れ”を感じさせる。矢次早に記者の質問がとぶ。「今日の取締役会で大多数を握られているそうですが、本当ですか。」「東都銀行との密会は存在したのですか。」「新体制を決められるそうですが、具体的にはどのようなことでしょう?」


    沼田は一番答えたい質問を、あらかじめ用意した回答でこたえた。


    「“新体制”という言葉でお分かりだと思いますが、40年近く続いた旧態依然とした組織体制はそろそろ、限界ではないかということです。」


    「それは南雲社長の勇退を意味されていますか?」


    「私はあくまで“一企業の”取締役会です。お察し願いたい。ただ、日本が一致団結してエコプロジェクトへ船出しているときに、当社だけが違う方向を向いて大船を錨でつないで、動かない。それは許されないように思います。日本の代表的企業として我が社も重責を担うべきではないかと、思います。」暗に自分に大義名分があることを仄めかす。電信堂の榎田のPR戦略通り沼田は応答した。


    「社長解任決議を出されて“勝てる”見込みがありますか?」


    「新社長にはどなたが」


    その後いくつか質問が出たが、用意された回答以外はせず。「ご期待に反することはございますまい。」と自信を見せて記者たちの塊をかきわけて社内入りした。


     

    小林は明智に与えられたご褒美の帝国ホテルのスイートで休日をとっていた。日比谷の大正電力を真上から見下ろせる高位置は、小林の希望でもあり、明智の戦略でもあった。


    大正モダン食堂で社員がくつろぐのを見ながら、山盛り頼んだフルーツの束から葡萄を取り出して食べならボーっとしている。午前10時から開始された臨時取締役会で勝負のきぶたは切っておとらされたところだ。2時間予定されているその会議が大正電力と日本の行方を方向付ける大事なイベントである。社員たちは仕事など手につかないだろう。現に屋上のモダン食堂テラスには昼前だというのに人がまばらだ。1週間大正電力に“常駐”し100名以上の部長以下の社員たちにあってきた。もはや大正電力のことを誰よりも詳しい社員の気分であり、大正電力の社屋を見るのは抵抗感があったがそれでも自分の会社を外から見守るように気がかりだった。だめだ。こんなことでは、精神のデトックスなんてできない。窓際から席を離れ、頼んでいたマッサージを再開した。タイ式のオイルマッサージで頭も身体もリラックスして天にも昇る心地よさに身をゆだねた。


    水先の社史、杉並の嘆願書、南雲派、沼田派、不思議な機関部管理人、そして北条さん。深夜のカーチェース、大正電力の“箱”・・・小林は明智との直前の会話を思い出した。


    「ご苦労だった。君はいい助手いや、良いディテクティブになる。」


    「・・・・」


    「土日返上で1週間に150名か、凄い数をこなしたな。」


    「ありがとうございます。頭は整理しきれてないですけど。」


    「君のデトックスには相応のふんぱつをするつもりだ。何がほしい。何がしたい。」


    「帝国のスイートでマッサージですかね。他にデトックスの方法があれば教えてください」


    「そうだな。男向けのものは用意に想像がつくが、女向けならマッサージなり、アロマだろうな。他にしたいことはないのか、ほしいものは。」


    「元気になることであれば何でも。」


    「帝国のスイートとマッサージ、それから食べたいものでストレス解消になるものは何でも注文すればいい。」


    「何でも?いくらでも、ですか?」


    「ああ、散財、食事、睡眠、気分がよくなってリフレッシュできるだけすればいい。金に糸目はつけない。」


    「かっこいいですね。私が無趣味で買い物も食事も金のかからない女だということを計算していってます?」


    「察しの通りだ小林。君には物欲も、食欲も、それほどありはしない。性欲はしらんが、ほんとにほしいものはないのか。」


    「明智さんは私を満足させられるんですか?」


    「俺がほしいのか?すまないがそれはできない。君の信条にも反する。これからファーストファイトが始まる。」


    「明後日ひろいにいく。それまで好きなだけ、寝て、食って・・・好き放題だ。あと今日の8時だけリムジンに乗って会社にきてもらいたい。それで休暇前最期の仕事だ。」


    「リムジンに乗ってどうするんです。」


    「君のサイズに合わせてシャネルのスーツを届けさせる。それを着て、リムジンに乗り、合図があったら外に出て記者たちを煙に巻いたら帰っていい。」


    自分がアカデミー賞のレッドカーペットのような派手な登場でフラッシュをちょうだいしたときは、まあまあいい気分だった。何よりマスコミ陽動作戦にのせられた記者たちの落胆ぶりが面白い。子供の頃よく自宅をとりまいたうっとおしい存在であるマスコミをこけにしてやった。ほくそえみながらまた、天国へと戻っていった。


     

    その日の天気は今にも雨がふりだしそうな暗雲とした天気だった。降りこそしないが、遠くで雷鳴がとどろいている。皇居周辺も薄暗く社員たちは各自仕事に勤しんでいるが、それぞれの気が散漫としていることは確かだった。10階の大会議室には総務の水先の指示でてきぱきと、水や資料、スライドなどの準備がされている。柔和な仏顔の水先にも緊張の色が見える。営業部長執行役員の笹田、続いて杉並マーケティング部執行役員、経営企画室の@@、いつも議長をつとめる女性キャリア経営企画室次官の北条、そして悠々と登場した沼田専務、柳田常務、11人の役員が次々と入るのを、社長室のモニターで確認していた明智は10分経過後、南雲社長に合図を送った。


    「じゃ、本陣の守りはよろしく頼むぞ。」


    「はい、社長もgood luckを願っています。戦略は打ち合わせとおりに、逐次メールを遅らせていただきます。」


    「うん。」


    数分前、沼田専務室では明智と同様榎田がスタンバイしている。


    「では、シナリオ通りにお願いします。」


    「分かった。」


    「笹田営業部長がお持ちになっている小型カメラを通じてこちらで監視させていただきます。なにかのときは、笹田さんにメールをさせていただきます。」


    「しかし、大丈夫かな。」


    「大丈夫です。ことは我々のシナリオとおりに進んでいます。マスコミへの露出と、世論形成、竹村事務次官や蛭田頭取のバックマネー、準備万端ですよ。明日の大正電力を担う新社長沼田勝が一声上げるんです。」


     

    空調のからからという音のみが会議室に聞こえ、緊張した空気がまだ来ぬ社長を待っているボードメンバーをじりじりとさせていた。秘書が扉をノックした音で全員の注目を集めた南雲新三郎大正電力社長はゆっくりと会議室に入った。全員が起立して見送り、88歳という年を感じさない歩きで独特のオーラを静かに抑えながら将軍南雲は円卓の中央奥の席に座った。


    「お座りください。」


    南雲の視線をうけた議長北条静香がメンバーの着席を促した。


    「本日の議題は、お手元の資料にあります4つの議題です。株主総会での発表事項である」


    「その前に、本日は私沼田の方から1つ議題をださせていただきたい。」


    社長室の明智、専務室の榎田が見守る中、ゴングがなった。


    「それは総会前の取締役会よりも重要な議題ですか?」北条が応じる。


    「はい、わが社と日本の未来に影響する重大な議案です。」


    「何でしょう。」


    「本日6月 日をもって南雲新三郎社長の解任決議を提出いたします。」一呼吸置いて沼田は言い切った。会場には驚きの声は上がらない。皆が予測できたこだからだ。既に沼田から支持をとりつける“工作”を受けていた役員たちは南雲が睥睨する視界に入らないよう下を向いている。


    「理由は何でしょう」北条は躊躇なく確認した。


    「直近3年の赤字転落及び株価低迷に対する経営責任でございます。」


    明智は一応やりとりをメモしながら、思った。赤字転落は電力需要への対応(原発など設備投資)であり、株価低迷は言うずもがな。業績市場ではなくウォールストリートがしでかした大規模なCDS(サブプライム)問題である。南雲社長に問題はない。あるとすれば政府主導のエコプロジェクトに経営方針をあわせないことだろう。役員たちはそれをわかっている。南雲新三郎は黙って静かに様子を眺めている。


    「本議案に賛成の方は挙手願います。」


    営業部執行役員笹田を含め、沼田及び銀行出向組の監査役など数名が勢い良く手を挙げ、経営企画室長@@が続いた。杉並、水先が南雲と目線を合わせた上で手を上げた。


    11名中、8人の賛成多数を持って本議案を可決いたします。」北条が淡々と決議結果を述べた。笹田が拍手をしようとしたが、沼田の視線で制された。


    「では、社長職はどうされますか?」


    「南雲幸四郎常務はどうかと」沼田が言う常務は南雲新三郎の弟だが、ここ数年持病の心筋梗塞で入退院を繰り返し、今は自宅療養中である。会社としてこの事実は隠さずとも出すべきことではない。まして100年続く伝統ある上場企業の社長が、病人をすえることは、自ら世間に大正電力はおかしくなったといわせる愚案だ。株主はおろか誰が考えてもおかしい人事である。明らかに南雲新三郎に関連する人間を追い落とす目的である。会社の名前を貶めても、経営権を奪取せんとする手段ともいえない手段である。


    「常務はとてもその職務をまっとうできる状態ではありません。」水先が反論した。


    「いや、世間では常務の体調は知られていない。名門大正電力の社長が南雲姓であることは意味があるので、お名前だけお借りする“つなぎ”も必要かと」笹田がメールの文章を読む。


    「常務がそのようなつなぎを承諾されるとは思えません。」杉並が正論で対応する。


    「今必要なのは大胆な改革と、同時に社内世論を安定させるための“方策”です。」


    皆が発言のたびに沈黙する南雲を気にしている。しかし将軍南雲は沈黙を破らない。


    「常務の次は専務、沼田専務が社長職を継がれては」笹田がまた文章読むように発言した。


    「いやいや、私ではとても大正電力4万人の雇用を背負う重責は担えません。」


    「では、社長職は空席になりますよ。」


    「ただでさえ、南雲社長が退任されるのだ。空席にしては面子が立たない。株価にも影響する。」


    「一度、沼田専務社長昇格案を採決してはいかがでしょう。」北条があくまでも議長として発言をまとめにかかった。


    下手な腹芸だが、沼田派としては賢い選択だ。北条さんも肝が据わっている。結果を予測した上で自ら沼田社長決議を取りに行く。明智は興奮を抑えて観戦している。


    「沼田専務を社長職に昇格する決議に賛成の方」


    笹田と監査役数名が手をあげるそぶりこそみせたが、状況を見てひっこめた。なんて面白い連中だ。結果は見えているだろうに。


    「賛成なし。否決します。」


    さあ、出番ですよ杉並さん。明智の念は通じた。杉並が経営権の主体をどこにするのか、代替案を前にだした。


    「社長職は空席のまま、南雲元社長が歴代非常時にしかおかれなかった会長職につかれ、今まで通り経営を主導いただくのはどうでしょう。」


    決まりだな。大正電力は明治創業以来、江戸幕府のような数人の役員による協議制をとっている。あまり良いイメージではないが、幕末に老中協議制から井伊大老一任へと体制移行したことに似ている。そもそも大老職は非常時に老中協議制が機能しないときに発動されるシステムであり、強権を発動して安政の大獄で弾圧を加えて暗殺される井伊直弼とはまったくイメージが違う。そもそも今回の社長解任劇は沼田専務が出身元の東都銀行、そして政府の指令を受けて起こした内部クーデターなんだ。


    「南雲社長の会長職就任決議に賛成の方は“ご起立”願います。」


    沼田はあやうく立ちそうになる笹田を視線で殺していたが、8名が直立不動で起立した。


    明智はその瞬間拍手しようという衝動にかられたが、モニターに一礼することにした。


    南雲社長の威光は大きく、沼田が経営権を奪取するには至らない。沼田と背後のバックの圧力には屈しても、南雲将軍への忠誠は変らないということだ。同時に沼田では大正電力は背負いきれないし、彼の“本部”もそれを認めないだろう。


    3つの議題のうち一つは、東都銀行が大正電力株の筆頭株主になったこと(発行株式の10%を15%に引き上げ)など重要な議題もあったが沼田がお茶を濁した。


    南雲新三郎は一言も発せずしてクーデーターを制したのだ。明智は沼田が携帯メールをうっている先の榎田と、蛭田氏への“昨晩のご挨拶”を思い出してにやりとした。同時にこれから株主総会までの7日間戦争が始まることに身震いしていた。大正電力社員4万人の命運がかかっているのだ。


     

    (南雲と栗林の面談)メディア獲得合戦(榎田)


    “大正電力の内部抗争 第一ラウンドは沼田専務陣営の勝利“号外こそでなかったが、新聞各社は夕刊で沼田 勝 専務側が優勢であることを伝えた。街頭テレビではTvジャポンの人気キャスター 長谷川エリーが快活な笑顔を保ちつつ、冷静な口調で話している。「政府主導のエコプロジェクトに最期まで反対姿勢を見せていた大正電力で、本日午後臨時取締役会が終了しました。南雲社長88歳が社長を退き、会長として現場からは離れることが決定したとともに、東都銀行が大正電力株の12%を取得を発表。メインバンクである東都銀行が筆頭株主1位になる意味合いはどのようなことが考えられるでしょう。渡辺さん」経済評論家にして元大蔵省事務次官の渡辺達也が、分かりやすく回答を述べた。「東都銀行が株主になることによって、会長である南雲新三郎氏の影響力をけん制する意図があるかと思われます。」


    「では、テレビ出演を重ねる沼田専務と南雲会長の間で意見の相違があることは間違いない。」


    「沼田氏は東都銀行からの出向です。出身銀行からの援助を受けて大正電力の方針を固めていきたいことはメディアへの対応でも明らかです。南雲氏が社長職を“退かれ”ましたが、5%の大株主として存在しています。社長職が空席の状態で株主総会を迎えることになりますので、以後の展開を有利に運ぶために東都銀行からの支援を受けたのでしょう。」


    「南雲氏の意向とは、相反して沼田専務はメディアへの露出が増えています。」


    「戦略でしょう。株主総会に向けての」


    「業務に支障が出たり、社内の戦いをあおる恐れはありませんか。」


    「南雲会長の意向とはまさにそこでしょう。しかし、日本的経営のカリスマと言われる人物の進退は、日本経済じたいに影響せざるをえないと思います。」


    「株主総会まで1週間。大正電力と、日本経済の動きに注目が集まります。以上ニュース速報、長谷川エリーがお伝えしました。」


    緊急ニュースでテレビ各社が一斉に1企業の取締役会の経過を伝えるのは異例だが、日本型経営の雛形である同社の動向が、“エコプロジェクト”という政局絡みのニュースに直結していることを日本中が注目していることを示している。連日テレビに出演する沼田勝や経団連の幹部は政治家よりも注目度が高い。衆議院選挙より視聴率が上回る結果に長谷川は複雑な表情を見せた。今の日本は政治ではなく、経済で動いている。フランス人の母と日本人の父を持つ長谷川は、10歳までフランスで育った。フランスでは経済よりも、政治の方が注目される。順番として当たり前のことだ。政治参加意識が高い国民、もちろん両親もそうだった。母はフランス初の女性議長を勤めた政治家であり、父は外務省在仏勤務だったからエリーは自然と政治感覚を身に着けていた。父が日本へ帰国する際、立場上フランスを離れられない母をフランスに残し、エリーは日本へ帰った。母が任期を終えて、政治に自分のやり残すことがなくなるまでには、そこから10年の歳月が経った。事実上の父子家庭であった。今は両親ともに引退して余生を過しているが、日本でも政治意識は高かった。現在のシステムでは日本は不幸になる、というのが二人一致した意見で娘のエリーに政治家への転身を促したこともある。エリーはテレビタレントとして売名行為の上で勝ち取る議員バッチには納得いかないため、また偏りのない客観的な立場が自分に一番あっていると確信しているため、アンカーキャスターをできる限り長く勤めたいと考えている。少なくともジャーナリストとして日本に一役買いたいという思いは両親を喜ばせている。Breaking newsを伝え終えたスタジオで、cm入りを確認したエリーは明智がスタジオに来ていることを確認して駆け寄った。二人は周囲の人間が分からないように、英語で会話を始めた。


    「光太郎。元気?こんな形で会えるとは思わなかったわ。」


    「僕もだよ、エリー。」


    「いち早いお知らせありがとうございます。」


    「いやいや、南雲さんの意向を受けただけのこと。一番信頼できて視聴者の支持があついエリーお願いしたんだよ。」


    「南雲会長のメディア露出は避けたかったのよね。」


    「仕方ない。あの方自身が日本経済にインパクトがある。いやでもメディアが取り上げる。それに沼田さんと電信堂がせっせとキー局通いをしているだろう。」


    「そうみたい。他局のキャスターに聞いても彼らの番組出演とCM攻勢はすごいみたい。またエコで大正電力さんの名前で視聴率もとれるからね。光太郎の狙いは?」


    「もちろん、大正電力をエコプロジェクトから一線おいたところで、従来通りインフラ企業として消費者に安定したエネルギーを供給させることさ。」


    「それは難しいでしょう。南雲社長の後継課題、政府主導の圧力、世論もある。」


    「明智MK事務所創立以来のビッグな案件だ。それだけにやりがいもある。」


    「手ごたえも大事でしょう。世論はエコを認めつつある。常識としてね。内容には関心がなくもて。それに相手が多数で大きすぎない?私心配しているのよ。勝敗が見えているから。それにこういう政治からみの巨大キャンペーンに関わると長期戦になるわ。そうすると社内がめちゃくちゃにならない?いくら正論をうちたてても世論もついてこれないでしょう。」


    「うーん。電気は現代生活要だからね。仮に総会まで7日間電気が止まったら」


    「おそろいしいこといわないでよ。経済どころか、生活もできないわ。」


    「都銀や証券市場が停止する。サブプライムの4日間のときの数倍ダメージは大きい。」


    「喜ぶ人間はいないわ・・・もしかして」


    「何?」


    「いや、流石にそんなことはないだろうけど、喜ぶ人間がいないわけじゃないわ。」


    「誰だい?」


    「外国。特に中国やアメリカ。」


    「さすがにないだろう。確かに日本の原子力技術は世界有数だ。沼田専務と銀行の連中、政府の人間も全て原子力のことは今まで通りカードとしてもっておくだろう。エコをやって儲けたいだけであって、原子力は有効だからな。」


    「でもさ、CITYSが東都銀行の背後にいるんでしょう?アメリカが背後にいるのと同じじゃない。彼らにしたら資本を握って日本の原子力技術を弱めておきたいんじゃない?」


    「確かにな、後ろめたい人間が考えそうなことだ。相当我々日本人が怖いんだろう。世論的に表立って言うことはないが、これだけ日本が世界を支えていながら尊敬されないとなるとな。アメリカや中国は巨大な軍事力を背景にした政治経済支配が弱まることには極端に敏感だからな。ただそこまで事を大きくしないよ、南雲さんは戦争世代だけど、短絡的にアメリカや政府を刺激することはしない。」


    「だったらいいけど。」


    「最近のマスコミ批判でちょっとびびってるのか?らしくねいね、今や櫻田さんの後継者とも言われる“論客”長谷川エリーともあろう人が」


    「そんなことはないわ。マスコミが批判されるのは、政府や企業“スポンサー”に利用されて、偏向報道するからでしょう。全部経営層が悪いのよ。札束と権力に弱いのよ。」


    「そこは言い切ってくれてるから、エリーは強いね。そう強かに行かないといけない。日本は武器も経済も弱いです。と外国にポーズをとりながら、原子力技術を維持して技術革新して未来をつくる。」


    「そうね、未だに砲艦外交してくる連中には弱さを見せながら、強かに武力をつけないと。」


    「これくらいの議論をご近所のおばちゃんが話せるように情報提供してほしいね。」


    「まだ無理ね。お隣のおばさんが聞いたら、あなたそんなこと言ったら軍国主義者とか、過激派と言われるわよ。」


    「そろそろ、俺くらいがスタンダードな世の中にしたいもんだよ。」


    「そうね、そのうち目覚めるわよ、日本人も後20年経ったら」


    「アメリカ教育世代がバトンを渡してくれたらな。」


    「あ、ちょっと待って。南雲会長のスポークスマン明智さんの今後の戦略は?」


    「それはメールしますよ。」


    「だめよ。社内メールはおろか、携帯だって、便利なものはすべて管理されている。」


    「言ったら、遊んでくれるのか?個人的に」


    「あなたは好きよ。でも公私混同は私のルールに反するの。」


    0629 1500


    「それじゃあ、お疲れ様でした。」


    長谷川エリーは暗号を理解した。彼女が世論に対する最終導線の要だ。味方の援護射撃に感謝しながらスタジオを出た。次なる導線に火をつけに。


     

     

    マーケティングとは、何だろうか。今日はそれを改めて考えてみる。


    ビジョン、経営戦略が根幹となった商品、サービスの認知、売上げ向上の方法。


    経営者の方が創業理念に基づいて、もしくはマーケット分析の結果を考えた上で、PDCAを企画するので、経営者の方に特にマーケティングを“認知”していただき“活用”してもらいたいと思います。小規模の会社であれば、営業企画(営業マンが企画をかねている)場合と大規模の場合はプロダクト、商品ごとにマーケティング部があります。


    私の経験上、経理、営業、メーカーなら技術畑から出身の社長に大別され、「良い商品を作れば、マーケティングなど必要ない」とか、「マーケティング=広告代理店でお金がかかる」とか「マーケティング会社は理論ばかりだ」「社員はわが社の商品を理解していない」「全部任せたのに効果がない」という声を良く聞く。


    これは経営と現場、外注先との齟齬だと思います。実際に経験したミスマッチの事例をリアルにご紹介しよう。


     

    ①広告代理店とのミスマッチ


    「ドカンとCMを出して、派手にイベントして、アドバルーンを飛ばしましょう。」(バブルの頃の広告代理店だが、メディア枠を代理販売するのが主要目的なので、企画書の主旨は同じである)


    これは予算5000万円の会社でよくあることで、広告代理店でも分析調査がしっかりしている会社でなれれば、つまり長期視点でクライアントが利益を出す志向であれば問題はないが、単発の広告で盛り上がって、効果がなかっためにアレルギーを起こす担当者及び経営者の方がいる。


    広告代理店のイベント感覚もさることながら、経営者にマーケティングの視点がないために起こる悲劇である。現在経済における金融のめぐりが悪くなって(不景気で)気がつくというわけである。


    ②社内ミスマッチ


    「社員はわが社の商品を理解していない」君は部長なのにまだわが社の商品を理解していない。君が社長だったらどうするか、無駄遣いはしないだろう。もっと安上がりの広告をだすはずだ。こういわれたことがある。


    「良い商品を作れば、マーケティングなど必要ない」


    一本木で職人、創業経営者にはあまりお会いしたことがないが、カリスマもしくは怖い経営者に部下が萎縮しているケースを見てきた。証券時代、経営陣には為替一筋30年の強面や、相場師経験者を相手にマーケティングを実行していた。彼らは好きが高じてプロになった(客観視すればマニアな職人)。ファイナンスに関しては彼らのフィールドである。これが創業社長なら、なおのこと部下は大変だろう。「トレードに興味がない君が、トレードを始めさせる」的を得ている。私はそこに教育コンテンツという解答を出した。


    これなら自分の土俵にもちこめる。なおかつ、投資力を鍛えることは銀行、証券会社の優先課題なのだから。日本の投資家が素人で、勉強や実践もしないまま“投資に手を出し”失敗して「ほらみたことか、投資なんかせずにまじめに働くべきだよ」となる。それはそうだ。欧米人投資家のように、狩人気質で金融になじみが深い連中を相手に素人がいきなり勝てるわけがない。「良い商品を作っても、その使い方、認知がなければ作った意味がない。エジソンの発明はボランティアではなく、ビジネスのためだったのだから。」こういうスタンスで職人社長はマーケティングの土俵に乗せるべきではなかろうか。


    (実際エジソンは貧しい家庭に生まれ、良く知られているごとく学校に行かなかった。そんな彼は良い物を作れたら食えなくていいと思うはずがない。世間に自分を認めさせたいと同時にリッチになりたい。というのがモチベーションである。動機不純といわれても、事実エジソンの会社はGEという巨大グループ企業として金融業も営んでいる。発明家というより、宣伝家だったという記録もある)


    ③まるなげミスマッチ


    一番最悪のミスマッチがこれで、クライアントがマーケティング及び広告を理解せず、言葉をきつくすれば、職務怠慢で広告代理店以下にまるなげするときに起こる悲劇である。


    「全部任せたのに効果がない」という最悪の言い訳になる例である。(広告代理店に責任転嫁する。)


    ④惜しいミスマッチ


    「マーケティング会社は理論ばかりだ」と言う会社は4つのパターンの中では一番まともな失敗である。この台詞は広告代理店との取引があり、有る程度の効果はあるが、それが頭打ちになって、広告屋でなく、マーケティングとコンサルティングの両方が分かっている会社が必要だと考えているケースだから。


     

    正論では経営企画がブレーンとなり、経営サイドの理念、数値目標と利益計画をひいて、商品企画の段階でマーケティング部と戦略立案から部署連動、PDCAの実施を行ない、


    その上で客観的ブレーンが必要ならコンサルやマーケティング会社に依頼し、いよいよ広告宣伝を開始するときに広告代理店を利用すればいい。


    あくまで正論であり、世の中そうはうまくいかない。社風(トップダウンの風潮など)や部署間連動(組織がスムースに動かないなど)、で調整が必要になる。


    そういうわけで、経営とマーケティングは綿密に行動をともにすることになる。


    そうすれば、上記のようなミスマッチは少なくなりはしないだろうか。


     

    小林は生意気といわれるのを覚悟で自分なりのマーケティング本を書き始めていた。


    最初は帝国ホテルのスイートに“住むこと”でとにかく心と身体をデトックスすることに全力だった。だがこの貴族のような暮らしはどうだろう。19世紀パリの内装を現在建築で実現した室内には、シャンデリア、使用しない暖炉、豪奢な机、まるで天国の雲のようなベット、どれもアンティーク家具で値段は小林の年収ほどもする。それらが既に私のモノになって3日。住めば都、いやそもそもここは都なのだが。休暇は3日までだったが株主総会に向けて“張り込み場所”兼臨時事務所としてこの部屋は機能していた。小林はもう1週間以上スイートを自宅としたゴージャスな暮らしをしている。実家は裕福ではあったっが父が質素倹約、堅実を絵に書いたような人間だったので贅沢な暮らしはしたことがない。


    ロンドン留学でもインフレ経済のさなか、ボロアパート暮らしを経験し、社会人成り立ての一年目で“明智MK”に弟子入りしてからも、給料はそこそこで1k10畳のつつましい暮らしをしていた。これが貴族というものなのね。朝食は果物、焼きたてのパン、ベーグル、日本食も、バイキングで出されるメニューが全て部屋に運ばれてくる。オーク製の10人掛けテーブルに所狭しと並ぶ料理をおいしいところだけ食べて、後は残して下げてもらう。


    時にはプリン、ケーキなどあらゆるスイーツだけ食べておなかがいっぱいになった日もある。マリーアントワネットの気分だ。質素倹約の父に見られたら即連れ戻されること間違いなしだろう。昼食はサンドウィッチだが、中に挟む野菜や肉の種類は豊富だった。私ここのままじゃ、デブの仲間入りだわ。友人の中でもスタイルはよいほうではないが、太って大変ということもない。ただしこのままホテル暮らしのセレブを続ければ確実にデブになる。そこでホテル付のプールとジムで身体をしぼることになる。西洋人とくにアメリカ人が何故あれほど肥満体になり、ジム通いをしなければいけないかが分かった。必要以上のエネルギーをとりすぎているからだ。狩猟採集民族は常に何か食べている印象がある。そもそも寒く、農耕に適した大地に恵まれない欧州ではハンティングや牧畜が主流になるのだろうが、何故にそれほど食べるのか、そしてそのカロリー=エネルギーを消費できないために、スポーツジムに通う。こんな無駄なことはない。和食一筋の父親なら一喝するだろう。午後1315分。そろそろ後場が始まる。東都銀行や個人投資家が電子ボード上で、鎬を削るマネーゲームをwatchしなければいけない。プールから部屋に戻りテレビをつけるとcnbcbllombergで株価をおった。同時に机の上の30インチのパソコンでも板情報で敵方の動きを監視した。日経平均の雄たる大正電力株の南雲社長の電撃解任、会長勇退、社長空席で経営権の争奪が始まってから、連日100up高値をつけながら、機関投資家、おそらく東都銀行やCITYS、ファンドなどの売り浴びせにより、1,200円近辺で落ち着く日々が続いている。発行株式数13千、株価は12001300円。東都銀行つまり、沼田専務陣営してはできるだけ安く大量に株を取得しておきたい。そのためにはCITYSなど外資やファンドなどを通じての空売りも辞さない。自社の株の価値をおとしめて、数を取りに行く手法は投資家では許されても、当事者たちは許されない。沼田が自社株売りができないために、そのバックにいる銀行群が空売りを連発。当事者ではない外資系投資銀行が便乗していくる。PC画面に写される昭和証券の取引画面には、大量の塊になった売り注文が爆発的に増えた個人投資家の買い注文と対峙していた。新興市場の小型銘柄ならこのようなことはありえない。個人投資家のわずかな買いに、機関投資家主に株主が売りで利益をとりにくるだけに、新興市場バブル、サブプライム問題下では軒並み株価は1/5以下に低迷している。大正電力、大和自動車などの大型銘柄も南雲体制の行方を巡って、日本人投資家マネーが市場に戻っている。証券市場はにわかに活気づいているのだ。政権がかわっても、地震が起きても変動しない日本市場を南雲個人の進退が動かしていることに驚きを隠せない。市場には良し悪しは別にして、“ニュース”が必要とされる。市場はファンダメンタルやテクニカルで分析できるものではなくなっている。投資家の心理、思惑が市場を動かしている。部屋の電話がなった。「昨日の音を流して、携帯に切り替える」明智の指示で3秒後にふるえる携帯をとった。


    「はい、小林です。」


    「どうだ、調子は。少しは太ったか」


    「おかげさまで、ちょうどいいぐあいに。」


    「大正電力内部の様子は?」


    明智が贅沢な帝国暮らしを小林に許した理由。それは大正電力から近い場所での監視、明智とは別の人間がそれを行えること。社内のセキュリティ用モニターを小林のいる帝国のスイートにひいている。


    「役員たちの部屋以外はこれといった動きはありません。」


    「そうか、その方がいい。おそらく動かないのでなく、動けないのだろうが。」


    「杉並執行役員屋、経営企画室は静かです。ただ営業部がこの時期にストをおこそうとしてはいます。」


    「内容は?」


    「労働環境の改善と、経営者不在を糾弾しています。」


    「賃金値上げと、沼田社長担ぎだな。」


    「そうですね。」


    「おそらく沼田の指示を受けて社内世論を一気に作り上げようって思惑だろう。」


    「手を打たないんですか?」


    「銀以下“駒”の動きは放っておいて問題ない。杉並さんや、北条さん、水先さんら金がしっかり玉を守っていれば。」


    「相手は確かに王なし、銀以下の陣営ですが、飛車角のかわりにビショプとルークが乱入してきていますけど、大丈夫ですか。」


    「そこなんだ。今俺もお前さんと2kmも離れていない証券会社ビル内で板とにらめっこしているが、こいつらの容赦ない売り浴びせは個人の買いの数倍の強さがある。日本の代名詞とも言える大正株にして互角には戦えない。」


    「予想通り、山が動いたら、風がふきました。南雲新三郎に個人投資家がエールを送っています。でも株主総会まであと4日、そろそろ体力も限界じゃないですか。東京興業銀行さんはまだ動きませんか。」


    「栗林さんは明日には“参戦”する。」


    「良かった。」


    「飛車が一つ増えたようなものだ。でだ以前お願いした件だが。」


    「お断りします。」


    「日本の行く末がかかってるんだぞ?お前は我々陣営の銀だ。」


    「分かっています。その件は上司命令でもお受けできません。」


    「自由党は味方してくれないのか。」


    「分かりません。」


    「何とかお父上を口説いてくれないかな。」


    「父と私の関係はさわらないという約束のはずです。」


    「いかにも。ただ今回の件は相手方も政治家を利用しているからな。」


    「民業への政治介入はあってはいけないことです。」


    「そうだ。だが毒には毒をもって対抗する。そういうこともある。」


    「意志は固いか。」


    「はい。父が私を政治家にしたいことは今でも代わらないでしょう。でも半ば絶縁状態になってもそれを拒み、母の実家の援助でロンドンに行ったんです。」


    「小林幹事長はあまり体調がよくないとの噂だ。あの人がいなくなれば自由党はなだれをうったように崩壊するだろう。そうすれば今まで光星さんが守ってきた日本の国益が傷つけられる。」


    「明智さんはフェアな紳士だと思ってます。だがら私を政治家の娘だと知って利用することはないと信じています。やはり私ではアシスタント以上のことができないようですね。」


    「そんなことはない。君は総務省官僚より良い調査官だし、経営とニアリーイコールのマーケターとしてどこへ出しても恥ずかしくないぜ。」


    「次の指示ですが、大正電力内部の監視と、株価、ニュースのチェックでいいですか。」


    「よろしくな。俺は大野証券のディーリングルームにはりついているわけにもいかないから。現場はしっかり見ていてくれ。」


    電話が切れらた後、日比谷から愛宕の先に見える霞が関国会議事堂を見つめた。もう10年以上口を聞いていない。連絡をとっている母からは、年々衰えが見え政治力にもかげりがみえはじめた父小林光星のことを聞いてはいた。何度か人を通じて会いたいという連絡もあったが無視し続けている。往年を過ぎても、息子のいない光星にとって“跡継ぎ”である自分に戻ってきてほしいことはわかる。しかしあれほど荒れた家庭を作った父親を許せない私的なわだかまりがある。小林には二人の妹がいる。いずれも父の政略結婚の道具に使われた。門閥という政治家、官僚、経済界でのパワーポリティクスには欠かせない常識だったが、小林には許せなかった。家族もプライベートまでも政治に変えてしまうことが。そういう父に反発して海外に飛び出した。どこまでも自由をもとめて。小林は自分の力で独立して生きていくことを目指した。キャリアエリート崩れの明智MKに入って、マーケティングどころか、経営のコンサルまで現場で覚えた。20代そこそこの小娘が会うことさえできないお偉方とも話すことができた。スパイのようなことも、カーチェイスもやった。明智も才能を認めてくれている。同時に思うのは大人しく、小林の家のためにつくす妹たちのことだ。次女節子は戦前から続く森田派の5代目の御曹司と結婚、三女の貴子も世襲で成功している恩田自動車の息子との縁談が進んでいるという。物思いにふけっている小林をメール音が現実に引き戻した。メールの送信者は大正電力経営企画室次官 北条静香、「栗林“中将”ご出馬も・・・」とある。とっさにパソコンの取引画面を見入った。


    売り注文が10,000本単位で数秒ごとに入っている。


     

    大興証券ディーリングルームでは沼田が手をたたいて喜んでいた。


    「南雲将軍も、盟友栗林頭取に見限られた。これで我々の経営権奪取もより磐石になったというものだ。」


    その浮かれぶりを慎重な面持ちで榎田が制した。「私の邪推ですが、まだ栗林頭取が南雲会長を見限ったと捉えるのは早計かと。」


    「何?いくら天下の東興の頭取でも、自分の金じゃない。1100億単位で金を動かせたとしても、株主として資産価値下落には耐えられない。社内調整が難航したんだろう。買い支えは不利とみて、売りに回ったんだ。」


    「確かに大正電力株価を下げたところで、我々が買い集めやすくなりますが、それは相手にとっても同じことでは?」


    「いいんじゃないか。蛭田さんとCITYSの資金バックがあればいずれにしても資本力で圧倒できる。」


    解せない、という表情を崩さないまま榎田は携帯で部下に指示を出し始めた。


    「俺だ。数値はどうだ?うん。前場と後場の時間帯の反応がいいのは予測通りだ。大正株は老人株だからな。総会までにできるだけ垂れ流せ。それからメインバンク東京興業銀行の大正株売りのニュースを速報と、シルバータイムで流せ。南雲将軍、盟友栗林に離反される。タイトルはなんでもいい。ネガティブキャンペーンだ。」


    「相変わらず動きが早いですな。」


    「栗林頭取の真意は別として、今はどれだけ大正株を安く買い叩けるかが重要ですから。」


    「南雲ファンの個人投資家の失望感は相当だろう。投売りが始まるぞ。」


    「はい、ここまでは思惑通りです。」


    「ここまではか・・・このまま51%を取得して株主総会を迎えたいね。」


    「現時点での当方陣営の取得数は全株式の25%。おそらく今回の東興の売り向かいで、明後日には35%を超えるでしょう。CITYSが底値で買いに回れば45%超となるでしょう。」


    「君は本当に広告屋かね。」


    「ええ、キャリアとしては広告屋より金融の方が長いですから。ビジネスのオリジネーターたれ。そう思っています。金融で始まり、広告で終わる。ビジネスの血流である金融を元に有形無形のものをつくり、広告で世相をも作る。金融と広告は資本主義戦争では最強のタッグです。」


    「私もバンカー(銀行員)でなければ、今の地位にもつけなかった。所詮世の中は金だ。90%のことは金で片がつく。政治も経済も、君の言う“血流”を握るんだからな。大正電力の“血”も新しくいれかえねばならない。」


    「日本全体の血もね。」


    「そうだ。戦時世代に頭をおさえつけられ、下克上を狙う若年層にたたかれ続けた、我々学生闘争世代が天下国家を動かさねば。」


    「珍しく雄弁でいらっしゃいますね。」


    榎田が、本音とは言えない冷たい口調でおべんちゃらを使った。


     7日前 大磯の南雲別邸

     

    「栗林、今なんと言った。」


    「東京興業銀行は、大正株を売りに回る。そういった。」


    「それがどういうことか、どういう印象を世間に与えるか」


    「お前の怒りはもっともだ。安定株主である我が銀行が大正株を売り出せば、株価は大幅下落する。東京興業銀行は、大正電力を“見限った”といわれるだろう。週刊誌などは、南雲将軍、盟友栗林中将に裏切りられる。そんなところじゃろう。」


    「とても許されることではないぞ。」


    「いいか、新三郎。大正株がマネーに翻弄されるのは、俺たちが戦後に味わった屈辱感とやるせなさと同じようなものだ。それは分かっている。しかしここは、情を捨て、理を取ることで最終的に情を引き出す戦略なんじゃ。」


    「どういうことだ。東都やCITYSと同じ側に立って利益を上げるのではあるまいな。」


    「違う。大正株を売り出すことで、安くして買取やすくすれば反転買いしやすい。」


    「理解はできる。が、納得しかねる。」


    「大正は南雲新三郎そのものだ。だから気持ちは痛いほど分かる。だがこれはマネー戦争のパフォーマンスにすぎん。実際の大正株の価値を落とすのではない。」


    「よしんばわしには理解できても社員が納得せん。マネー戦争になることは覚悟しているがな。」


    「そこだよ。敵をだますにはまず味方から、そう思ってくれ。」


    「信じよう。その作戦に。」


    0625 東京興業銀行は売りから、大正電力防衛線に参戦する。」


    「ありがたし。わしの株はどうする。」


    「栃木銀行が株と貴公の全財産と社屋を担保に100億用意する。底値で買いまくれ。」


    「分かった参謀殿。」


    「後はバランスシート上でも少々傷をつける。いいかな?」


    「自身はおろか、社員、会社全てのプライドはかなぐり捨てる覚悟だ。」


    分かりました。では今期の決算発表を総会前25日に出してください。設備投資などを前倒しして経常利益を減らし、負債、CPを増やした状態で公表くだされ。」


    「死に体であると、フェイクをかけるのか。」


    「お察しくだされたく。」


    二人は海軍25期生で出世も同じくらいだった。ともに終戦時は中尉で房総の駐屯地で玉音放送を聞いた。海軍は西郷隆盛の育てた薩摩出身が多く、山本権兵衛(日露戦争の海軍大臣のちに内閣総理大臣)やバルチック艦隊を破った東郷平八郎(日露戦争時連合艦隊提督)、秋山真之(日露戦争時作戦本部長)、終戦内閣鈴木貫太郎、、国際感覚に優れた人物を擁していた。


    陸軍が過激で暴走しアジア諸国を占領していき、戦争を拡大。海軍は英語を公用語とするほど、親米英で戦争終結を主張という、単純な構図が現在でも一般的であろう。黒澤明監督の終戦間もない衝撃作「日本の一番長い日」(814日御前会議の日本閣僚の奮闘、混乱ぶりを描いている。)そこでは海軍の方がむしろ、アメリカに通じる背信行為を行い、太平洋で意図的に負けることで終戦に導くハト派の行為を欺瞞としている、三船敏郎演ずる阿南陸軍大臣は部下たちに追い腹(殉死)を許さず、日本の敗北を認めて抵抗せず、終戦決議に賛同して切腹をとげるが、米内海軍大臣を殺せとまで言っている。


    南雲たちは、そのような雲の上のリーダーたちのやりとりなぞついぞ知らず、房総沖を眺望する海軍駐屯地で終戦を向かえた。海軍はイギリスにならって瞬く間に西洋化した部門であり、戦時中でも英語を話しジャズを聴き、西洋流の生活を楽しむことがあった。南雲や栗林は戦後、政府の公式文書を目にする機会が増えると海軍のほうがアメリカやイギリスに通じていたことが感じていた。あくまで推測に過ぎないが、ガダルカナル島で戦死した山本五十六連合艦隊司令官が追撃された偵察機の遺体は本人のものではないこと、ミッドウェー海戦以降戦う様子すら見せず硫黄島、最後は沖縄まで取られてしまうお粗末な米内、@@など海軍首脳の姿勢は南雲らが一下士官が見ても不自然であった。


    親米派として戦中にマークされていた吉田茂も陸軍や特高警察から追われたというが、


    東京裁判では何故か終戦時の閣僚ではなく、開戦時の内閣(東条英機元陸軍大臣)や陸軍首脳が多く裁かれている。


    戦勝国にによる敗戦国の一方的な私的暴挙であり裁判と呼べるものではない。だが戦後電力普及に努める大正電力で仕事を始めたときもGHQの幹部が臆面もなくお前は海軍だったからラッキーだった。陸軍なら今頃闇市で小銭稼ぎに汗水たらしていただろう、としきりに言われた記憶がある。


    南雲はイギリス式の正攻法、王道の戦術を好んだ。一方栗林は奇策を常道とするようなゲリラ的戦術を好んだ。


     という訳だ。明智は他人事のように言った。日比谷公園から丸の内方面へと歩く道すがら。
    「今回の我々の報酬は?」
    「さっと、2億といったところだ。」
    「私、死ぬ思いをしました。」
    「そうだなあ。いくらほしい?」
    「3000万」ふっかけても撥は当たらないと思う。ほとんど、わたしが働いたのだ。
    働いたのだが、肝心な情報と仕掛けはこのむかつく上司が決めた。試合終了間際、ゴール前に突如出てきて、ゴールを決めたのはこいつだ。
    「ナイスアシスト」
    うう、本当に何もかも見透かしたように。分かっているなら、教えろ。無駄に疲れた。
    「5000万円振り込んでおいた。確認しとけ。」
    「だから、何でアシストしたのに、そんなに少ない・・・今いくらって言いました?」
    「また、自分会議していたのか?引き出しておがめ、そしたら、複数口座に振り分けろ。」
    唖然としていながら、5000万円が頭をこだましている。目の前に銀行がある。
    これも明智の仕掛けかと、思いながら窓口で一言告げる。銀行員は少し動揺しながら支店長に相談している。
    「いいか。これは銀行屋も絡んでる。政治屋もだ。だから、現金を金、国債、株式、外貨に分けろ。ポートフォリオはこれだ。読んで実行したら焼け。・・・・聴いてないな。俺は次の会社に潜る。新しい携帯だ。じゃやな。それから、これからしばらくホテル住いだ」
    「これが50000万。」
    「はい、さようでございます。」支店長が変わり者を見る目で慇懃な手もみをしている。
    「数えていいですか。」
    「どうぞ、ご随意に」
    銀行の奥の部屋でしばらく数え終わった札束を前に一服つけていた。
    「案外、多いのね。いつも古い紙幣みてるからしら。」
    「ようやくお済みですか?では、危ないので金庫の方へ」
    「いいえ。すぐこの証券口座へうつします」
    領収書の束はざっと計算しても、1億はある。
    感情の振り幅に目を白黒させて銀行を出る。ポートフォリオですか。ありがとうございます。
    「しばらくホテル住い。ていうくらい身の危険があるんですね。」
    1億の経費。2億の収入。私の5000万。てことは、明智さんと私は同じ取り分。
    自然と笑みがこぼれる。身の危険・・・眉間にシワが寄る。
    「タクシー。とりあえず、一番高いホテルへ」
    ケース2に続く。

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