久瀬視点
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 今ごろになって、睡魔がやってきたようだった。
 まぶたが重い。何度か重力に負けて、首が傾いた。ここの時間は停滞している。静かで、まどろんでいる。
 この2時間ほどで起こったのは、犬の散歩をする女性と、ランニング中の初老の男が目の前を通過していったことくらいだ。
 彼らは何度も、ちらちらとこちらをみていた。こんな時間に、もうバスのやってこない停留所に座っているのだから、仕方のないことだ。
 蒸し暑い夜だ。どこかから夏の虫が、か細く澄んだ音で鳴くのがきこえた。
 オレは眠気に負けて、目を閉じて、夏の空気のせいだろうか漠然と昔のことを思い出す。
 幼いころ、友達が少なかったというのは嘘じゃない。父親の転勤が多かったせいで、あまりひとつの場所には留まっていられなかったのだ。
 ――友達、か。
 オレはある少女を思い出す。
 もう記憶にもやがかかっているくらい、幼いころ仲の良かった女の子。
 そのもやの向こうで、彼女が笑ったような気がした。側頭部がずきんと痛む。
 なんだ? 風邪をひいたのだろうか? でも、そういう痛みじゃ――
 直後、強い光が射した。
 それが眠気を消し去って、オレはまぶたを持ち上げる。
 目の前にバスが停まっていた。
 空に浮かんだ半月が、そのバスを照らしている。
 ――月なんて、出ていたか?
 覚えていない。日常的に空を見上げるほど詩人じゃない。
 バスは鮮烈なライトで、時刻表を照らす。
 ――時刻表?
 おかしい。それがないことは、確かに確認したはずだ。
「乗らないのかい?」
 と声が聞こえた。バスからだ。
「乗れよ。もうすぐ出るぜ?」
 バスのドアが開いている。
 中は暗くてよくみえない。運転席の窓の上に、行き先が表示されていた。奇妙な行き先だった。
 そこには、『7月25日行き』とだけ書かれていた。

 オレが乗りこむと、空気の抜けるような音が聞こえて、ドアが閉まった。だがまだ発車はしない。
 バスには2人の乗客がいた。
 一方は、乗車口のすぐ横の席に座っている。ほっそりとした色の白い女性だ。髪が長く、うつむいていて、顔はよくみえない。どうやら眠っているようだった。
 彼女の膝の上には、原稿用紙を折り畳んで作った小冊子が載っている。暗くてあまりはっきりとはみえない。
「こっちにこいよ」
 と声が聞こえた。
 オレに声をかけたのは、もう一方の乗客だった。最後尾の広い席に腰を下ろした、巨大な人型の影。
 それはきぐるみだった。
 赤い帽子を被っている。目つきはあまりよくない。口元は不敵に笑い、そこから尖った歯が覗いている。お世辞にも可愛いとはいえなかった。ゆるキャラブームに乗って生まれた、迷走気味のマスコットキャラクターのような印象だった。でも、いったいなんのキャラクターだろう?
 その着ぐるみはぼろぼろに傷ついていた。あちこちがほつれ、汚れ、特に片側の頬が大きく裂けていた。それでも笑う気味の悪い姿が、窓の外の街灯の光で照らされていた。
 彼――もちろん性別なんてわからないが、声も容姿も、そいつは少年のようだったから、とりあえず彼とする――が、最後尾で手招きする。
「ほら、こっちに来てはやく座れよ。もうすぐバスが出るぜ?」
 オレはしばらく通路に突っ立っていた。
 正直なところ、あのきぐるみに近づきたくはなかった。
 どうしてバスに乗り込んでしまったのだろう? 好奇心は猫を殺す、という言葉を思い出す。だがおそらく、好奇心が死因になった数なら、人間の方が多いのではないか。
「水曜日の噂を追いかけているんだろう? いいぜ、オレが教えてやる」
 オレはゆっくり通路を進み、きぐるみの隣に腰を下ろす。
「お前、だれだ?」
 と素直に尋ねた。
「さあな。きっとそのうちわかるさ」
「このバスは終点に辿り着かないって聞いたぜ。本当なのか?」
「どうかな。でも辿り着かない方がいいかもな」
「どうして?」
「行き先はバッドエンドだからさ」
 意味がわからない。
 オレはぼやく。
「このバスに乗っちまったことを心底後悔してるよ。2、3分前のオレをぶん殴ってやりたい」
 きぐるみが応える。
「乗らずに後悔するよりはずっといいさ」
 腕時計に視線を落とす。秒針がちょうど真上を指して、24時になった。
読者の反応

OMG ‏@omg_red
ホラー展開ktkr


悠(らいゆー/てっしー/月泉)・烟夢 ‏@Yuu_souku
そわそわする……そろそろかぁ


フミ ‏@ayn_l_k 
ロケットさんなんですかー、なっとく。 


しゅんまお@くま ‏@konkon4696 
バスの女の人、佐倉さんではないな
佐倉さんはミディアムヘアぐらいだし


capo ‏@caporello 
始まりのベルまで1分をきった!





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