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真面目に目一杯高いランチを探したけれど、聖夜協会員と長ったらしいコースを食う気にもなれなかった。
だんだんどうでもよくなって、オレはホテルからそう離れていない駅前にファーブルを呼び出した。直接店を指定すると、事前に仲間を送り込まれる可能性があるように思ったのだ。一応、警戒した。
13時になる頃、ファーブルは真面目ぶった濃紺色のスーツで現れた。一度みたら忘れられない、薄気味の悪い笑みを相変わらず浮かべていた。
「こんにちは、久瀬さん。ランチのお店はお任せしても?」
オレは頷く。
「その前に、名刺を貰えるか?」
「私たちにそんなものが必要ですか?」
「そっちだけが一方的に、オレの素性を知っているのが気持ち悪い」
「なるほど。ですが、申し訳ありません。今日は名刺の持ち合わせがないもので」
「どこの会社の人?」
「ある税理士の事務所に勤めています」
「税理士って、金曜の昼から動き回れるものなのか?」
「会社にはクライアントに会うと言ってきています。実際、1時間少々でそちらに向かわなければなりません」
「クライアントに会うのに、名刺も持ってないものなのか?」
「何度もお伺いしているところですから」
「手荷物さえない」
「駅のコインロッカーに預けています」
オレはファーブルの微笑みを消してやりたかったけれど、それは上手くいかなかった。まぁ、こいつが笑みを引っ込めたところで、事態が好転するわけでもない。
「本当になんでも奢ってくれるのかい?」
「ええ。お好きなお店をお選びください」
頷いて、オレは歩き出した。
入ったのはよくみかけるチェーンのファミリーレストランだ。
意味があるのかはよくわからないが、なるたけ防犯カメラがありそうな店を選んだ。あとエビフライを食べたい気分だった。
オレはエビフライつきのハンバーグの定食を、ファーブルはサバの味噌煮定食を注文する。ふたりともドリンクバーをつけた。
ドリンクバーの味気ないアイスコーヒーを飲みながら、ファーブルは言った。
「久瀬さん。貴方は、聖夜協会員ではありませんね?」
一通り調べはついているのだろう。
オレは素直に頷く。
「ああ。でも、親父は昔所属していた」
「ええ。存じ上げております」
「会ったことがあるのか?」
「記憶にはありません。どこかで、ご挨拶しているかもしれませんが」
「そうかい」
「なんにせよ貴方は、強硬派ではない。なら、どうして貴方は悪魔を手に入れたんですか?」
その辺りの言い訳は、とくに考えていなかった。
「いちいち説明するわけないだろ。自分で考えろよ」
とオレは答える。
ファーブルは頷いた。
「ドイルに金で雇われている、というのがもっともシンプルです」
「どうかな」
「実は私も懐疑的です。経歴を追っても、貴方はただの真面目な大学生にしかみえない。借金もない。ドイルが貴方を信用した理由がみつかりません」
「なるほど」
「一方で、別の線を考えるなら、事態は少々ややこしくなる。つまり貴方は、悪魔の罪を知っていることになる」
――悪魔の罪?
以前、八千代が言っていた。「悪魔はセンセイを奪い、英雄をたぶらかして血を流させた」。その辺りのことだろうか?
気にはなったが、深く追求もしなかった。
「オレに探りを入れたくて呼び出したのか?」
「もちろん、それもあります。ですが簡単にはいかないようですね」
テーブルに注文したメニューが運ばれてくる。それで、一度会話が途切れる。オレはエビフライにたっぷりとタルタルソースをつけてかみついた。
ファーブルは料理に箸をつけずに言う。
「いいでしょう。本題に入りましょう」
「ドイルのことか?」
「ええ。きっと、貴方の知らない彼のことです」
オレはエビフライを尻尾まで食って、頷く。
「聞こう」
ファーブルは笑みを大きくした。
「彼はすでに、プレゼントを貰っている」
それは。驚かざるを、得なかった。
「本当に?」
プレゼント――あの不条理なニールの瞬間移動。ああいう能力を、八千代も持っているのか。
ファーブルは笑顔のままで首を振った。
「やはり貴方は、聖夜協会についてよくご存知のようだ」
「ドイルのプレゼントってのはなんだ?」
「私も詳細は知りません。わかるのは名前だけです。ドイルの書き置き、と呼ばれるプレゼントを、彼は受け取っている」
ドイルの書き置き――まったく、効果を想像できない。
「あいつがドイルになったのは、最近だときいている」
プレゼントが欲しくて、聖夜協会に潜入した。そんな話だったはずだ。
ファーブルは頷く。
「ええ。その通りです」
「センセイはもういない。あいつはどうやって、プレゼントを手に入れた?」
「ずっと昔から持っているのですよ」
でも、それなら。
「あいつがドイルになる前から、ドイルの書き置きなんて名前のプレゼントを貰っていたっていうのか?」
ファーブルは笑う。
「プレゼントの名前を、誰がつけたのかご存知ですか?」
だがシンプルに考えれば、答えはいくつかに絞れるように思った。
「センセイ」
とオレは答えた。
あるいは、メリーだろうか?
ファーブルは否定も肯定もせず、かわりに言った。。
「彼のイコンに心当たりがありますか?」
イコン。
また知らない言葉だ。
一瞬、迷う。
――その言葉を知らないことを、こいつに伝えてもいいのか?
ファーブルはオレについて、なんらかの推測を立てているはずだ。きっとその推測は間違っている。オレがただ、みさきとの約束を果たしたいだけだなんて、きっとこいつは想像もできないはずだ。
でもオレは、ファーブルの推測に乗る必要がある。聖夜協会員でもないのに悪魔を掻っ攫った人物として、こいつの推測よりも説得力のある嘘を、思いつけるとは思えない。
やはりこちらからは、極力情報を出すべきではないだろう。
「心当たりがありますか? ありませんか?」
とファーブルはまた言った。
オレは口をつぐんでいた。男と無言で見つめ合っていても仕方がないから、ハンバーグを口に運ぶ。きっと緊張しているのだろう、美味いとも不味いとも思わなかった。
「まあ、いいでしょう」
とファーブルが言った。
「なんにせよ、貴方がプレゼントを受け取りたいのなら、ドイルに手を貸すべきではありません」
オレは尋ねる。
「どうして?」
「決まっているでしょう。プレゼントをふたつも欲しがる子供は、良い子ではない」
オレは首を傾げる。
「でも、あいつはメリーに褒められる方法を知っているらしいぜ」
八千代から聞いた魔法の言葉だ。
でもファーブルは、少なくとも表面上は余裕を崩さなかった。
「そんなものははったりです。あり得ない」
それでも八千代が言う通り、確かに、ファーブルの口数が減った。
「ともかくドイルが疑わしいと感じたなら、いつでもこちらにおいでなさい」
そう言ったきり、彼は黙々と食事を始めた。
しながわりんこ @yuzuyuzuyuzuppe 2014-08-08 13:23:37
エビフライは尻尾まで食べる派
サトウ地依図@sato @siam1224 2014-08-08 13:40:58
@http
ニールの足跡(瞬間移動)
グーテンベルクの描写(原稿用紙の冊子)
リュミエールの光景(映像投影)
ノイマンの???(異世界への干渉)
ドイルの書き置き(?)
まだ出てくるのかしらね、んー。。。
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