後期開始まで少々時間がありますので,この機会に,このプログラムが考える科学者に必要とされる能力などについて述べたいと思います。長くならないように,数回に分けて書いていきます。
科学を専門としていないひとの考える科学者は孤独な変人というイメージが強いようです。たとえば,バック・トゥ・ザ・フューチャーのドクのように,実験室や工作室,野山などで,ひとりで作業に没頭していて,他の人とはうまくコミュニケーションできない人々を,「科学者」としてイメージしていないでしょうか?
図1 爆発して顔が真っ黒。科学者って,そんなイメージ?
しかし,科学者から見ると,それは大きなかんちがいです。現代の科学者は孤独な変人ではありませんし,孤独な変人であることは科学の才能でもありません。現代は,他者と協働できないひとは科学者にはなれないのです。今回は,科学者のイメージと現実について考えてみたいと思います。
たしかに教科書にのっている科学者には,孤独な変人としか思えない人もたくさんいます。有名なところで言えば,ヘンリー・キャベンディッシュでしょうか。キャベンディッシュは,18世紀の英国の科学者です。彼自身は貧乏でしたが,大きな遺産をもらって大金持ちになりました。ひきついだ館につくった研究室にこもって,ひとりで研究を続けたことが知られています。キャベンディッシュは,人嫌いの科学者で,研究成果について質問されることすら嫌い,研究について他人に知られないようにするためにノートを暗号で書いていたと言われています。かれはアルゴンを初めて発見しましたが,その事実を誰にも言いませんでした。そのため,アルゴンを発見したことはだれにも知られず,ウィリアム・ラムゼーとジョン・ウィリアム・ストラットが発見するまで,アルゴンは未知の元素だったのです。
そう。たしかに,歴史上には,キャベンディッシュのように,ひとりで作業に没頭する,すぐれた科学者がいました。ここで大事なことは「いました」という過去形であることです。孤独な変人である科学者が活躍したのは18〜19世紀,いまから2〜3世紀も昔の話です。それから2世紀が過ぎ,科学は大きく進歩しました。
この2世紀の間,科学者は何もしていなかったわけではありません。科学者は自然への理解を深め,自然をうまく制御する方法を考え続けてきました。まだまだ研究の余地はありますが,現在の科学者は2世紀前よりもはるかに自然の基本的な法則について知っています。その結果,現在の科学があつかう内容は,キャベンディッシュが生きていた時代のような,ひとりでできるものではなくなりました。現代の科学者は「その先」を見ているのです。
私たち科学者にとって,孤独な変人がたったひとりで世界を変える研究をするというお話は,(夢はありますが)過ぎ去った昔々のお話です。現代の科学は,多くの科学者が知識と経験をもちよって進められています。良い例がクォークの研究でしょう。図2に最初の2ページだけ引用しました。最初のページはタイトルと著者を紹介しています。著者は何名いるでしょうか?
http://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.74.2632
図2 トップクォーク発見の論文(Phsy. Rev. Lett., 74, 2632, 1995.)
なんと,この論文には著者が403名もいます。ひとつの研究を400人以上で行っているのです。私の専門とする化学では,ここまで人数が多い研究はありませんが,10名程度の著者がいる学術論文は珍しくはありません。現代の科学は高度であり,ひとりで新たな謎を解明することは,きわめてむずかしいのです。キャベンディッシュのような孤独な変人では,このように他の科学者と協働して研究を進めることはできません。現代日本がNINJAとSAMURAIの世界でないのとおなじように,科学者の世界も大きく変わったのです。そして,日本をNINJAとSAMURAIの世界に戻したいと考えるひとがほとんどいないように,科学者も孤独な変人が重要視される未成熟な時代に戻りたいとは思っていません。
現代の科学者は,自分自身の専門をきわめ,他の専門分野の科学者と協働することで,あらたな謎を解明しています。そうした分野は学際領域とよばれていて,活発に研究が進められています。今後は専門と専門をつなぐ研究が益々重要になっていくでしょう。他の研究者と協働して,新しい謎を発見できる科学者が,いま求められています。
もし,現代にキャベンディッシュが生まれてきたとしても,かれは科学者としてやっていくことはできないでしょう。現代では,孤独な変人は求められていないのです。
有名どころではポールディラックなど、最近でも、いくらでもそういう人はいます。
ヴェイユの共鳴箱の話もあるし
凡人が寄り集まっても大した事は・・・
というのは言い過ぎとして
特殊な思考ができる変人を否定する本記事もどうだろうと思うがな