※今回の実験では,和光純薬工業社のルミノール反応実験キットを用いています(図1)。
http://www.wako-chem.co.jp/siyaku/product/education/luminol_experiment_kit/index.htm
このキットは,2種類の粉末を水に溶かすだけで,ルミノールと過酸化物のアルカリ性水溶液になります。あとは触媒を入れるだけで化学発光が観察できますので,ルミノール反応の溶液調整でもっとも面倒なルミノールが溶解しないという問題が解決し,小学生でも簡単に実験が可能です。
図1 ルミノール反応実験キットは簡単に溶液が調整できます(和光純薬工業社より)
1 ルミノール反応は起こる?起こらない?
ルミノール反応は,犯罪捜査にも使われる有名な化学発光です。犯罪捜査では,血液にふくまれるヘモグロビンを検出しています。では,ヘモグロビンの『なに』が化学発光に必要なのでしょうか?
科学とは『なぜ』を問いかける学問です。そこで,以下の7つの条件について,ルミノール反応がどうなるかを予想しました。図2にヘモグロビン水溶液でのルミノール反応の画像を載せました。あなたは,ほかの6つの発光はどうなると思いますか。発光の強さ,時間,色を予想してみましょう。
図2 ヘモグロビン水溶液でのルミノールの化学発光
この予想をするためには,それぞれの条件について,共通項でグループ分けするとよいかもしれません。そのためには,光ることがわかっているヘモグロビン水溶液でなにが化学発光にかかわっているのかを知る必要がありそうですね。
実験の結果は,発光するものしないものがありました。ここでは簡単に発光するしないだけを示します。
発光した :(1),(3),(4),(6),(7)※
※(7)は一瞬で小さな発光だった。
どうでしょうか。予想どおりだったでしょうか。おなじ銅を用いている,銅アンミン錯体と硫酸銅水溶液の発光がちがうのは不思議な結果ですね。なぜそうなるのでしょうか。科学はそれを考える学問です。光ったか,光らなかったかという現象を観察することはとても重要です。しかし,現象がなぜ起こるのかを考えなければ,化学反応を制御することはできないのです。
2 フルオレセインを加えたときの発光色の不思議
ヘモグロビン水溶液にフルオレセインを加えると,化学発光の色が変化しました(図3)。一体何が起こっているのでしょうか。そこが重要です。発光する色が変わる理由は,ちがう反応が起こっているのでしょうか。それともルミノール反応はおなじで,別の理由で色が変わるのでしょうか。これについて考えるためには,事前学習動画で学習したケミカルライトの原理が参考になりそうですね。
フルオレセインは,私たちに身近な蛍光物質です。たとえば,蛍光黄色ペンの色はフルオレセインです。このフルオレセインの粉末を溶液に加えると,ルミノールの化学発光の色が変わるのです。この方法をつかえば,化学発光の色を自由に制御することができるようになるのでしょうか。
図3 ヘモグロビン(左),フルオレセインとヘモグロビン(右)
実は図3の実験では重要な発見がありました。図3は,少量のフルオレセインを加えて行った結果です。一方,フルオレセインを溶けなくなるまで大量に加えて,おなじ実験を行うと発光色はヘモグロビンとおなじ青色なのです。どうして色が変わらなかったのでしょうか。思ったとおりの結果がでないときに,単なる実験ミスとしてデータを破棄するべきなのか,それともそのデータの意味を考えるべきなのかは重要な点です。
フルオレセインの量によって化学発光の色が変化するのは,化学反応なのでしょうか,それともちがうのでしょうか。それを考えるためには,固体フルオレセインの色が参考になりそうです。固体のフルオレセインは赤茶色をしています。それを水に溶かすとき,少量を溶かすと蛍光色が見えるようになりますが,多めに溶かすと茶褐色になります(図4)。
図4 フルオレセインの濃度による見え方のちがい(左)蛍光色(薄い),(右)茶褐色(濃い,左から4番目)
ふたつを見くらべるとわかりますが,フルオレセインが薄いときに見える蛍光色は,濃くなると見えなくなります。そして,もっとも濃度が濃い固体では蛍光色はありません。何かひらめきそうですか。蛍光物質の蛍光色は,その物質の濃度と関係があるようです。それは,蛍光物質の発光が「なぜ」起こるのかと関係があります。では化学発光と蛍光物質の発光は,何がおなじで何がちがうのでしょうか。どうでしょうか。実験から学ぶことは多いですね。手を動かすことで,紙の上(我々科学者は自分の目で確認していないことをよくこのように言います)だけではわからないことがたくさん見つかります。大事なことは,それを見逃さず,なぜそうなるのかという疑問を持ち続けることです。
3 化学発光の色を制御する
フルオレセインに加えて,さらにローダミンB,エオシンYという蛍光物質を用いて,化学発光の色がどのように変わるのかを実験しました。以下の4つの条件で発光する色,強さ,時間を測定しました。
- ヘモグロビン水溶液のみ
- フルオレセインを加える
- ローダミンBを加える
- エオシンYを加える
図5 (左)エオシンY,(真ん中)ローダミンB,(右)フルオレセイン
それぞれの蛍光物質を加えたときの水溶液の色を図5に示します。図5はすべて泡が立っていますね。これは化学発光の反応後だからです。では,どうして泡が立つのでしょうか。これを考えるためには,どのような化学反応が起こっているのかを考える必要がありますね。化学発光は,ルミノールの分解反応です。この反応は,複雑ですばやい反応が起こりますので,最初と最後だけ図6に示しました。図6だけではわかりにくいかもしれませんが,この反応では気体が発生します。ルミノールにふくまれているふたつの窒素原子が外れるのです。気体が発生するために,化学発光後の水溶液は泡が立っているのかもしれません。では,この泡が,化学発光で発生したかどうかは,どうすれば確かめられるでしょうか。
図6 ルミノールの化学発光で起こる化学変化
そう。実験で観察すべき事,考えるべき事はたくさんあるのです。わかったと思うのは早すぎます。私たち科学者は,このようにみなさんとおなじ現象をちがった視点から見ているのです。エオシンYとローダミンBを用いたときの発光はどうなるのでしょうか。話に聞いたり,動画や画像を見て「わかった」と思う危険性については,いままで述べた通りです。科学者は,自分の目で見たこと以外は信じない,懐疑主義者です。「わかった」と思わずに,みなさんで体験してみてください。
今回はここで時間が来てしまいましたが,化学発光の強さや発光時間を自分たちで制御する実験を計画していました。どうすれば自分の思うとおりに化学反応を制御できるのでしょうか。科学者は,自然現象を私たちにとって便利なように制御して,さまざまな物を創り出し,また現象を予測しています。それは紙の上のできごとではなく,あなたが手を動かすべき現実のできごとです。そして,手を動かすだけでなく,紙の上のできごととの関係を理解しなければなりません。まだまだ頂は遠いのです。