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めるまがアゴラちゃんねる、第021号をお届けします。
発行が遅れまして申し訳ございません。
また、今週号は「ゲーム産業の興亡」が増大版のため、
『世界金融バブル 宴の後の二日酔い』藤沢数希氏×池田信夫
は一回お休みさせていただきます。
すみません。
コンテンツ
・ゲーム産業の興亡(31)
【特別篇】任天堂Wii Uの持つ強みと弱みを分析する
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特別寄稿:
新 清士
ゲーム・ジャーナリスト
ゲーム産業の興亡(31)
【特別篇】任天堂Wii Uの持つ強みと弱みを分析する
任天堂のWiiの後継機種となる「Wii U」が12月8日に日本でも発売が始まった。今回は特別篇として、Wii Uが抱えている可能性と課題について検討していきたい。
「Wii U」の滑り出しは、日米を含め非常によい形でスタートしたといってもいいだろう。任天堂が計画している年度内550万台という目標の達成はほぼ間違いない。「ニンテンドー3DS」の際に高い価格設定で販売をしたことによって、立ち上げに失敗した反省から、Wii Uの立ち上げに対してはなりふり構わない必死のプロモーション体制を感じさせる。
山手線内の駅構内への大きなプロモーション、TV CMの大量投下など、11年2月「ニンテンドー3DS」のローンチ時に比べ、その必死さのレベルは違っているように感じられる。
Wii Uは、家庭用ゲーム機のサイクルである5〜6年で新しいハードに切り替わるというサイクルで、最初に投入されるハードウェアになる。今後、最速で来年後半に出てくると考えられるXbox360の後継機(Xbox720といった噂が多い)、Playstation4といった次世代機がまだまったくアナウンスが行われていない中で、先頭を切って投入を開始されたハードということになる。
スペック的には、Xbox360とあまり変わらないと考えられるために、ハードウェアの性能としては、すぐに他社に追い抜かれることになるだろう。
もちろん、アップルのiPad等、アンドロイドのNexus7といったスペック的には家庭用ゲーム機と並ぶ、若しくは来年以降追い抜いてしまう可能性の高いタブレットPCといった新ハードウェアとの競争も激しくなる点が、これまでの家庭用ゲーム機のハードウェア戦争と大きく違っている。そういった環境のなかで、Wii Uが抱えている状況を整理してみよう。
■Wii Uが持つ強み
・リビング競争を最初に先行できる
低価格で、リビング内のセカンドモニターを提供することによって、YouTubeやニコニコ動画といった無料で見ることができ、また、ニーズの高い機能を少なくとも日本では早期に展開することで、有利に展開することが可能になる。
サブモニタとなる「Wii U Game Pad」で、テレビのチャンネル切り替え、番組表表示といったものも新しい強みを生む。スマートTVを実現できるハードになりうる。テレビを占有することなく自由に遊べる点も、有利な点だ。ゲーム専用機+αというシンプルなコンセプトはわかりやすいだろう。
ただし、You動画サービスは任天堂のサービスではない点には注意がいる。また、Playstation3のトルネといったハードウェアを持っていないユーザー限定という弱さを持っており、リビングのメインになるかどうかは現時点では不明な部分がある。
・新しい体験に対して期待を持っているユーザーは多い
新規ゲームが登場した際には、そのハードウェアが生みだす新しい体験を享受したいと考えるユーザーは少なくない。Wii Uの最大の特徴である。「Wii U Game Pad」が生みだす新しい体験に期待するユーザー多い。新ハードのローンチが成功した場合には、それらの新機能を早く体験したいというガジェット好きのアーリーアダプターを惹きつけるだけの強い競争力を持っている。
ただし、「Wii U Game Pad」では本格的なゲームを遊び続けるには限界があるのではないかという指摘は、すでに欧米圏のコアゲーマーから出ており、また2画面化はゲームにとって必然性が弱い点は、今後、課題となる。
・Wiiを所有しているユーザーは多数いるためアップデートコストを受けやすい
Wiiのコントローラーを使用して、他のプレイヤーも遊ぶということが前提になっているハードという特徴を持っている。すでに、Wiiを所有しているユーザーは、Wii Uを所有するユーザーとかなり重なっていると考えられるため、有利に働くだろう。Wiiは現世代で最も普及したハードだ。一方で、Wiiを所有していないユーザーにとっては、新規に追加のコントローラを購入しなければならない点はネガティブな要素になりうる。
任天堂は、ハードウェアを時前で作れる強みを持っているが、それらのハードウェアを多数展開するものの、すべての機能を使い切れないことが少なくない。例えば、「バランスWiiボード」は、Wii Fit専用化しており幅が他のソフトが対応しているものの、サードパーティのヒットタイトルは出ておらず、広がっていない。「Wii ヌンチャク」など他の周辺機器にもそうした傾向がある。
・任天堂の「安心」という点は強い
任天堂が持つブランドイメージである「安心」という点での消費者の評価は販売する上では大きな優位性を持つだろう。任天堂は特に日本国内では、子供だけでなく、世代を超えてゲームを一緒に行うという想定でモデルを組んでおり、自社のゲームは全年齢向けで「ゲーム人口の拡大」というコンセプトを掲げ、Wiiでは非常に成功した。この点の優位性は今回の争いでも有利に働く可能性の高い点だろう。
■Wii Uが抱える弱み
・ハードウェアの赤字を賭けた勝負に出ざる得ない
Wii Uの価格設定のプレミアム版3万1500円、ベーシックセット2万6250円は、ハードウェア単体ではなく、その内部のOSやサービスなどの設計が複雑化しているにも関わらず、無料で提供しなければならない部分が多いために、コストで考えるならば赤字である可能性が高い。
今後とも、自社開発をメインに置いた自社開発のクローズドなモデルを取り続けるという姿勢のため、ソフトウェアサービスの部分の開発は単体での黒字化を達成するためには、どうしても時間がかかるだろう。また、ゼロからハードの普及をはかるところからはじめる必要性は厳しい条件になるだろう。
・恒常的なタイトル不足が起きる
Wii Uは来年以降、タイトル不足に悩まされると考えられる。すでに世界的にパッケージ型の固定価格による販売用ゲームの開発プロジェクトは中止される傾向が進んでいる。任天堂はそのため自社タイトルで市場を牽引していかなければならない。
ただし、任天堂のタイトルの質の高さは変わっておらず、「マリオ」、「ピクミン3」などブランドタイトルは長期にわたって売れ続ける可能性が高い。それらのものが、どれだけ利益に貢献できるのかが、Wii Uの成功の絶対条件といってもいい。
・ライフスタイルは他社にすぐに追いつかれるリスク
Wii Uの優位性は、リビングでネットサービスを容易に受けられる点にあるが、この点はアップル、グーグル、マイクロソフトといった企業が追従してくるだろう(すでにXbox360は日本ではほとんど利用されていないがYouTubeの視聴に関しては質の高いサービスの実現に成功している)。
例えば、アップルの場合は、Apple TVという形で、iPad等の画面をテレビに映すハードウェアを販売しているが、現状価格が高く、連携はあまりうまくいっていない。しかし、いずれこれらを低価格で販売したり、セット販売したりすることで、Wii Uと同じサービス環境が提供される可能性はぬぐえない。そうした際に、Wii Uがライフスタイルで打ち勝てる競争力を持てるのかは、現時点では評価できないものの、特にアップルのブランドが高くなっている北米では不利に働く可能性がある。
・ガジェット好きが一通り購入すると息切れを起こしてしまうリスク
Wii Uは、任天堂が主力としておいていると思われるプレミアムセットは世界全体で供給不足に陥っているが、ベーシックセットは日本国内では、発売日直後にも関わらず、一部店舗で購入可能な状態になっている。ライトに遊ぶ人を想定していたと考えられるが、あまり良い兆候ではない。任天堂が得意とするライトユーザーが購入を控えていると考えられる。
一通り、クリスマス〜年末商戦を過ぎると、Wii Uへの需要は一段落すると考えられるが、アーリーアダプターが購入してしまうと、その後、息切れをする可能性は否定できない。すでにアメリカでは、急いで購入する必要もないといった論調も出てきている。また、ニンテンドー3DSとの競合が起きる可能性は否定できず、特にその傾向は日本国内では顕著になることは、普及の上では障害になるだろう。
・ソーシャルシステムやネットビジネスモデルの次が見えにくい
アップルやグーグルが、ソーシャル機能に入れているのは、広告などユーザーデータを収集し次のビジネスモデルへの展開の可能性を意識しているためだ。リスクを持っても、アップルがiOS6でグーグルのYouTubeや地図機能を切り離したのは、将来的にユーザーデータが最も資産になることを見越していると考えられる。
任天堂も、クラブニンテンドーなどを通じてユーザーのデータを積極的に収集しているが、それらのデータを使って、どんな新しいビジネスモデル、もしくは収益モデルを生みだしていくことを想定しているのかが、現状はっきりしていない。任天堂はネットワークサービスの部分では過去何度も失敗してきている。
どうしても、ネット流通といったパッケージモデルの代換えという位置づけ以上の設計がうまいとは言えず、新しいビジネスを切り開くことが苦手だ。これが、特に無料型でアイテム課金が中心になりつつあるゲーム市場では不利になる可能性は高い。
■現状のWii Uから考えられること
任天堂は、Wii Uのビジネスを引っ張るには、ハードウェアでは利益を出すことが難しいため、自社タイトルで収益を出す必要性がある。ネットワークモデルへは、小売店との関係を維持しながら緩やかな移行を進めようとしているが、こうしたアプローチが成功できるかどうかは、すでに急激にスマートフォンやタブレットPCの普及が進み、それらのサービスのカバー領域が進む中では、懐疑的にならざる得ない部分がある。
最も悪いケースでは、任天堂はゲームキューブ時代のように、優れたハードではあるが、自社タイトルで市場を引っ張り続けなければならない厳しい状態に置かれる可能性がある。
任天堂は、既存のパッケージモデルを守るレガシーモデルに固執している点も、現在のオープンビジネスモデルが速度で強くなっている時代には、適正かどうかは疑問が残る。もちろん、ハードウェアを自社で開発しているからこその優位性は変わらないものの、自社で収益モデルがみえないまま、ソーシャル機能を自社コストによって開発し続けなければならない点はどうしても今後ハンデになり続けるだろう。
Wii Uは、次の世代のハードとしては期待のかかるハードで、アーリーアダプターには受け入れられる可能性が高いハードだが、年末商戦以後のキャズムを越えられると、断定できる材料は現状では乏しいそのため、それらの施策が年明け以降に打ち出すことができるのかが、今後の勝負を決めていく重要なポイントになるだろう。
今後の焦点は、優位に勝負ができる時間がどれくらい残されているかだ。例年であれば3月にぶつけてくると思われる、任天堂を仮想敵の一つとして考えているアップルの新製品が、スマートTVを意識した類似のコンセプトをどのように出してくるのか、また、6月のE3に発表になると考えられるXboxの後継機がどのような位置づけを取ってくるが評価を定める重要な点になるだろう。
Wii Uが他社よりも優位に展開するためには、発売からの今後の半年間が重要で、ローンチ後の普及台数が、例え赤字前提であっても、急激な普及に成功できるかどうかが、勝負の明暗を分けると考えられる。
□ご意見、ご質問をお送り下さい。すべてのご質問に答えることはできないかもしれませんが、できる範囲でメルマガの中でお答えしていきたいと思っています。連絡先は、sakugetu@gmail.com です。また、既存の執筆記事情報をまとめたサイトもスタートしました。「新清士オフィシャルブログ」http://blog.livedoor.jp/kiyoshi_shin/ ご参照いただければ幸いです。
新 清士(しん きよし)
ジャーナリスト(ゲーム・IT)。1970年生まれ。慶應義塾大学商学部、及び、環境情報学部卒。他に、立命館大学映像学部非常勤講師。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)副代表。日本デジタルゲーム学会(DiGRAJapan)理事。米国ゲーム開発の専門誌「Game Developers Magazine」(2009年11月号)でゲーム産業の発展に貢献した人物として「The Game Developer 50」に選出される。連載に、日本経済新聞電子版「ゲーム読解」、ビジネスファミ通「デジタルと人が夢見る力」など。
Twitter ID: kiyoshi_shin