めるまがアゴラちゃんねる
2013年9月第2週号
めるまがアゴラちゃんねる、第057号をお届けします。
発行が遅れまして、大変申し訳ございません。
コンテンツ
・言論アリーナ ご報告 2013年8月6日放送分
アベノミクスの幻想 ─ 日本経済に魔法の杖はない
・ゲーム産業の興亡(67)
ビジネスモデルを持った「オープン・イノベーション」
新清士(ゲームジャーナリスト)
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・言論アリーナ ご報告 2013年8月6日放送分
アベノミクスの幻想 ─ 日本経済に魔法の杖はない
アゴラ運営のインターネット放送の言論アリーナでは、8月6日に(火曜日)に「アベノミクスの幻想」を放送した。アゴラ研究所の池田信夫所長が、8月9日発売の自著『アベノミクスの幻想-日本経済に「魔法の杖」はない』(東洋経済新報社)を紹介しながら、現在の経済政策の問題点を語った。聞き手はジャーナリストの石井孝明氏。
アベノミクスは「三本の矢」と称して、「積極的な金融緩和」「機動的な支出による財政政策」「大規模な規制改革」の3つを柱とする。今回は後ろ2つについて、特にテーマにした。別に金融について言論アリーナで取り上げたためだ。
アベノミクスについて池田氏は批判派の中心的な存在の一人。「今までうつむいていた日本人の気分が明るくなったのはいいが、今のところこの心理的な効果以外には日本経済が本質的に改善した兆しはみられない」と指摘している。
参議院選挙後、昨年末から上がった株価は頭打ちになり、長期金利も上昇の気配だ。バラマキによる財政破綻リスクへの懸念も再びささやかれている。アベノミクスによってもたらされる日本経済のリスクを、どのように見るべきなのか。7月の参議院議員選挙が自民党の勝利に終わり、冷静になる中での放送となった。視聴者は事後視聴も含めて約3000人まで膨らんだ。
・「からかい」が評価へ転換
アマゾンで検索すると、「アベノミクス」をタイトルに入れた本は約50冊を越える。首相の名前が日本でついた経済政策は珍しい。これは安倍首相自らが言ったわけではなく、メディアが名付けたようだ。当初、新聞は「からかい」のつもりで、アベノミクスという言葉を使ったらしい。「レーガノミクス」というレーガン大統領が1980年代に打ち出された経済政策が、批判を集めた。それを参考にしたと思われるためだ。
しかし肯定的に受け止める人も増え、安倍首相も自ら使うようになった。「よくも悪くも印象に残るほど個性的に見える」と、池田氏は指摘した。
民主党は「コンクリートから人へ」とスローガンを掲げ、自民党の公共事業政策を批判した。しかし、実際の財政の割合をみると、公共工事は1割以下にすぎず、3割が社会保障費だ。「財政悪化の中で、コンクリートだけではなく人への支出もカットしなければならない。問題設定を間違え、バラマキを行ったことは問題だ」と池田氏は民主党を批判した。
さらに安倍首相は、「企業を元気にすることが、経済再建につながる」と繰り返す。これは「アンチビジネス」の動きをした民主党とは違う動きだ。これも、池田氏は評価する。
■アベノミクスの懸念
しかし問題は多い。今年度予算は10兆円積み増し、1−3月の補正予算と円安も加わって、同期のGDPの伸び率は年率換算で、4・1%と高い数字だった。これをアベノミクス成功と評価する人がいるが、池田氏は「財政出動による一時的な上積みにすぎない」と述べた。
安倍首相は、どうも経済政策にそれほど関心がないらしい。それよりも麻生副総理財務大臣などが、確信犯的に財政出動を行い、自民党の旧来の支持層である土建業を選挙前に潤そうとした気配がある。「200兆円の財政出動による『国土強靭化計画』などは、名前を変えたバラマキ」(池田氏)という。これまでの政策を繰り返すことになりかねない。
また日本では成長戦略という言葉が使われる。これは中身を見ると、特定産業に補助金などで支援を行うもの。60年前の高度経済成長時代にうまくいった例があるものの、最近では成功していない。
日本では2000年代の生産年齢人口(働く人)の一人当たりGDPは年1・5%と、先進国でかなり高い伸びを示している。しかし、その人口が少子高齢化の影響で、毎年1%減っている。また世界的な競争の激化の中で、雇用調整が起こり、働く人の賃下げ、非正規労働者の増加が起こっている。
アベノミクスはデフレ退治が唱えられる。「現象としてデフレが経済をおかしくしているように見えるが、デフレをもたらしている経済の構造変化を見るべきだ」と池田氏は批判した。
そのためには規制改革が必要という。正社員を過剰に大切にする雇用制度などはその一つだ。女性の社会進出が遅れる、若年失業が増えるなどは、雇用制度の規制が一因という。「成長には規制改革しかない」と池田氏は結んだ。
最後のアンケートはアベノミクスでどれが大切かと聞いた。最初の金融政策が15%、財政政策が7%、規制改革が78%となった。多くの国民はしっかりと現状の問題点を認識しているようだ。
言論アリーナは毎週火曜日午後8時からニコニコ生放送で放送している。
(アゴラ編集部)
特別寄稿:新清士(ゲームジャーナリスト)
・ゲーム産業の興亡(67)
ビジネスモデルを持った「オープン・イノベーション」
エリック・フォン・ヒッペルの「イノベーションの民主化」に何度も言及しながら、ゲーム分野の成長が一つの牽引役となっていたことを紹介してきた。ただし、ヒッペルへも批判はある。多数のユーザーが参入しやすい環境でイノベーションを引き起こす「オープン・イノベーション」を研究してきてきたカリフォルニア大学ハース・スクール・オブ・ビジネス客員教授のヘンリー・チェスブロウは、ヒッペルの考え方には「ビジネスモデルが欠落している」と指摘している。(※1)
ヒッペルの考えでは、ユーザーや個人開発者が引き起こしたイノベーションは、やがて企業が学習し、製品へと反映していく。その過程で、ユーザーが最初に思いついたアイデアであっても、企業は自分たちが最初に考えていたと勘違いするようになる。そのため、ユーザーが得られる経済的恩恵は限定的だ。
イノベーションの民主化で、最も成功したモデルとして紹介されることが多いOSのLinuxの開発は、ユーザーには間接的に恩恵がもたらされるが、開発したエンジニアに直接的な収益を生み出すわけではない。また、やはり同様に成功したケースとして、よく紹介されるWikipediaのケースでも、ユーザーが製作に関わった物であっても、それがユーザーに直接的に金銭的な恩恵をもたらすわけではない。
そのため、チェスブロウの考えでは、単にイノベーションの民主化を行えば、優れた製品が登場してくるのではなく、ユーザーが自由にイノベーションを生み出し、収益化が可能なビジネスモデルの環境を整えないと、継続的な発展は難しいと考えた。iPhone 3Gはそういう意味では、本格的かつ大規模に誕生した、「オープンビジネスモデル」という側面も持つ。
■個人開発者と企業開発企業との垣根の消滅
アップルはiPhone 3Gを通じて、個人開発者や開発企業の差がなく、直接的にユーザーにアプリケーションを開発して、流通させ、収入を獲得できる仕組みを整えた。これは既存のビジネスモデルに対して、決定的なインパクトをもたらしている。
開発者・企業の差がなく自分で開発した製品を、有償で公開したり、無償で公開したりしてソフトウェア内でバナー広告などの表示を通じて、直接的に収入を得ることができる。もちろん、アップルが一定のソフトウェア内容に対して、審査を行うプロセスが存在し、その後、一方的な規約改定などを通じて何度となく開発者・企業は振り回されることになるが、それでも、参入障壁がゼロに等しいものに変わった。
余談だが、どういう経緯で、この戦略が採用されることになったのかは、明らかにされていないが、意外なことに、当時のアップルのCEOのスティーブ・ジョブズは、当初はこの戦略を行うことには否定的だったようだ。(※2)既存のビジネスモデルに近い、アップル自身が開発したようなアプリ以外は、当初はiPhoneに乗せる事ができないという07年のiPhoneの初期モデルを踏襲することの方を望んでいたようだ。
ただ、iPhone 3Gがオープン型のモデルを結果的に採用したことで、iPhone 3Gの大ヒットを引き起こす要因の一つともなった。誰もが参入できるということは、それだけ、たくさんのアプリを生み出すことを可能にするため、イノベーションを持ったアプリが登場しやすい環境が整ったのだ。
■イノベーションを持つアプリが既存企業を圧倒する
実際、これまで考えられなかったようなアプリが次々に登場する。
例えば、iPhone 3Gの発売直後、イヤホンを付けてジャンプをするだけの無料アプリ「9の1」(Nao Tokui)が公開された。ジョークアプリの類いに属するアプリだ。何をするアプリなのかは、起動しただけではわからないが、イヤホンを付けてiPhoneを持ったままジャンプをするとわかる。そこでは「スーパーマリオ」で、ブロックを破壊した際にするコインの音がするのだ。単に、iPhoneのジャイロセンサーを利用して、その動作を検出して音を鳴らしているに過ぎず、3分も遊ぶと飽きてしまう。ただ、短い時間に、自分がマリオになったような気分を味わうことができる。こうしたアプリは、これまで登場することは考えられなかった。
また、08年10月には、初期の傑作ゲームで、新しい分野を切り開いたゲームとして知られる「Fieldrunners」が発表される。「タワーディフェンス」と呼ばれるジャンルを切り開いた代表作の一つだ。
画面の端から攻めてくる敵を様々な塔を建設して、侵入してくる敵を攻撃し、敵が目指すゴールへと決して近づけないようにする2Dのゲームだ。塔の配置は、タッチパネルを通じて行うため、ハードの特性をうまく利用したインターフェイスで、既存の家庭用ゲームでは存在しないタイプのゲームだった。
3ドル(当時360円、現在は1ドル・85円)で発売になったゲームにもかかわらず、熱中度の高いゲームで、1日中遊んでも、なかなかクリアできない。遊び終えた後に、難易度の高い設定で遊べるようなやり込み要素もあり、ボリューム感もたっぷりあり、十分に、携帯型ゲーム機水準のゲーム質を持っていた。
このゲームを開発したのは、わずか二人。本業でソフトウェアエンジニアをしながらの開発であったために、開発コストは極端に低い。しかし、これまで家庭用で開発されていたゲームと比べて、遊びとして十分な質がある。
このゲームの成功後、二人は小規模スタジオのSubatomic Studios(米・マサチューセッツ州)を設立。ニンテンドーDS、プレイステーション3、プレイステーション・ポータブル、アンドロイド端末用に移植したりして、小規模企業だからできる小回りの強さを利用して、収益化をさらに続けている。12年7月には、続編の「Fieldrunners 2」(3ドル・250円)を発売した。
当然、50ドル(5000円)程度でゲームを販売してきた既存企業は、その価格設定に挑まれ、その後の数年間、これらの小規模企業との争いで、非常に厳しい戦いを強いられることになる。
(※1)ヘンリー・チェスブロウ『オープンビジネスモデル 知財競争時代のイノベーション』(翔泳社),2006(原著)
(※2)ウォルター・アイザックソン 『スティーブ・ジョブズ II』(講談社),2012
□ご意見、ご質問をお送り下さい。すべてのご質問に答えることはできないかもしれませんが、できる範囲でメルマガの中でお答えしていきたいと思っています。連絡先は、sakugetu@gmail.com です。「新清士オフィシャルブログ」http://blog.livedoor.jp/kiyoshi_shin/ も、ご参照いただければ幸いです。
新 清士(しん きよし)
ジャーナリスト(ゲーム・IT)。1970年生まれ。慶應義塾大学商学部、及び、環境情報学部卒。他に、立命館大学映像学部非常勤講師。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)名理事。米国ゲーム開発の専門誌「Game Developers Magazine」(2009年11月号)でゲーム産業の発展に貢献した人物として「The Game Developer 50」に選出される。日本経済新聞電子版での執筆、ビジネスファミ通「デジタルと人が夢見る力」など。
Twitter ID: kiyoshi_shin
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