めるまがアゴラちゃんねる
2014年2月第2週号
めるまがアゴラちゃんねる、第076号をお届けします。
今号、新清士氏の原稿は週刊アゴラだけで読めるものです。
コンテンツ
・ゲーム産業の興亡(89)
注目すべきValveの新型ゲーム機「Steam Machine」の動向
新清士(ゲームジャーナリスト)
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特別寄稿:新清士(ゲームジャーナリスト)
ゲーム産業の興亡(89)
注目すべきValveの新型ゲーム機「Steam Machine」の動向
過去、このシリーズでは、何度かゲーム会社の米Valve(バルブ・ワシントン州ベルニュー)の、02年に開始したコンテンツ配信サービス「Steam」の存在を紹介してきている。同社は、ゲーム会社から、ソフトウェアプラットフォームへと拡張することに成功した希有な企業だ。社員数は330人の決しては大きくはない企業だが、任天堂に比類するほどの高いゲーム開発力を持つ企業として、特に欧米圏では認識されている企業だ。
■330人の企業が開発する新型ゲーム機向けOS
昨年9月に、Valveが、独自のLinuxベースのOSの「Steam OS」をリリースすると発表が行われたときには、私自身も驚いた。さらなる、企業の拡張戦略として、マイクロソフトやグーグルに対抗するような戦略で対抗できる数少ない可能性のある企業だが、正面から勝負に出るという点で、新しい時代を迎えることになると強く感じられるからだ。
Valveは、今年の春から、そのOSを搭載した「Steam Machine(スチームマシン)」を発売する環境を整えようとしている。Valveは独自開発しているLinuxベースの独自の「Steam OS」を無料でPCベンダーに提供し、Steam OSを搭載したハードの普及は、各ハードウェア会社に任せるという方式で普及を目指すという、過去には存在しなかったビジネスモデルを取るゲーム機だ。1月の米ラスベガスで開催されたCESで、まず、各PCベンダーから12種類のハードが発表になった。
全世界で3700万人の登録ユーザーを抱えているSteamの存在は、いまだに欧米圏のコアゲーマーの高い支持を受けている。アジアでは3%のユーザーしか抱えていないため、Steam Machineの影響は、日本では限定的になる可能性が高いが、ソニー・コンピュータエンタテインメントのPlayStation 4や、マイクロソフトのXbox Oneの普及に対して、一定の影響を与えると考えていいだろう。
■マイクロソフトの経営入りさえ囁かれる
同社のCEOのゲイブ・ニューウェル氏は、ビジョナリーな人物として知られている。わざわざマネジメントディレクターという名称でインタビューなどに答える。会社のスタッフと自らの会社内の立場を、他の従業員とフラットな位置付けにしておきたいという意思表示でもあり、独特な同社の文化を形成している。
同社の売上規模は大きいと思われるが、上場する意思はまったくなく、売上なども一切公開しないという全く変わった企業戦略を採っている。アメリカの調査会社も含め、売上規模や収益性は全く謎に隠されており、データを推測する場合にも悩まされる1社だ。それでも、着実に成長を続けていると考えられている。その経営手腕を買われて、マイクロストのスティーブ・バルマーCEOが08月頃に退任後、何らかの形でマイクロソフトの経営に関わるのではないかという評価もある。
マイクロソフトは現在、Xbox事業部の責任者は事実上いない状態になっており、Xbox Oneなどの戦略が混乱している。その建て直しに、という可能性だ。Valveとマイクロソフトの距離は、非常に近く、車で10分ほどの距離だ。ニューウェル氏のところには、当然、マイクロソフト側から提案は行われていると思われる。マイクロソフトがValveを買収するようなサプライズが今後起きてくるかも知れない。一方で、ニューウェル氏はあくまでプライベートカンパニーであることを維持したいと考える可能性もあるため、現状が変わらないかもしれない。今後、Steam Machineが、Xbox Oneの一定数のコアユーザーを獲得して優位になる可能性さえある。
■元々違法コピー対策から始まったサービス
現在では、各ゲーム機では、ネットからゲームを購入するコンテンツ配信サービスは一般的になっており、めずらしいことではなくなっているが、Steamが本格的に軌道に乗り始める05年ぐらいまでは、こうした動きは一般的ではなかった。ValveがSteamを押し進めた背景には、もちろん、このサービス分野での先行者利益を狙った物だが、元々はPCゲームの分野は、常に違法コピーに悩まされたという理由もある。
90年代にも、PCゲームにはシリアルナンバーなど、違法コピーを防ぐ方法が提供されていたが、そうしたセキュリティは容易に突破されてしまう。新作ゲームを発売すると、すぐにコピーが蔓延するようになり、販売本数が下落するという悪循環に陥っていた。
94年にPlayStationが登場したことで、90年代後半以降は、欧米圏のゲーム会社は、そでまで中心的な市場だったPC向けゲーム機から、家庭用ゲームへと軸足を移していく。専用ゲーム機では、違法コピーの問題から解放されるため、エレクトロニックアーツなどの大手企業が急成長をすることになり、PlayStation2世代では、日本のゲーム会社よりも収益を追い抜き始める。
ValveのPC向けの人気ゲームには、99年に登場した対戦型シューティングゲームの「カウンターストライク」が存在しており、全世界で1500万人が遊んでいた。現在でも、韓国のネクソンが「カウンターストライクオンライン」という名称で、サービスを展開しており、人気が高いオンラインゲームとしての地位を維持している。
当時、「カウンターストライク」は、大半が違法コピーによるもので、Valveの収益にはならなかった。ゲームを起動する際のユーザー認証の仕組みがどうしても必要だったのだ。Steamは起動時にユーザー認証を必ず行う仕組みになっており、違法コピーを原理的には起こせない仕組みになっている。
■コンテンツ配信サービスのハード戦略が変わる
PCであることの最大のメリットは、オンライン対戦が容易であるということだ。また、ユーザーはゲーム内容を自由にカスタム化できる点も大きい。ゲーム内の重力を変え、キャラクターの動きを変更したりすることは、よく行われる。ゲームそのものの長寿命化を果たすことに成功できるのだ。この点の優位性は、PS3やXbox360が登場する05年頃までは、PCと比較して優位になることはなかった。
これがハードウェアの切り替えの時期である、今のタイミングで、新型ハードをぶつけてきた。この背景には、ゲームのみならず、コンテンツ配信サービスが一般化する中で、リビングルームの場所を手に入れなければ、今後、自社のビジネスの広がりはないとの判断もあると思われる。
現在発表されている、Steam Machineは、最も安い物で499ドル、メインの価格帯は1000ドル前後、青天井の機種だと6000ドルする。高級ゲーム機といったおもむきだ。ハードウェアの内部構成は、Linuxを搭載している以外は、完全にWindowsマシンと同じ構成で、リビングルームで、ハイビジョンテレビに接続するという点だけが違う。家庭用ゲーム機の戦略と大きく違う点は、PCであるため、性能違うものが市場に混在することになる。ユーザーのハードの切り替えは、緩やかに変化していくことになるため、家庭用ゲーム機のように5年あまりスペックが固定したハードとなることはなくなる。
これはコンテンツ流通サービスが、ハードウェアのサービス自体が決められた環境になるのではなく、クラウドサービスを中心に、多様なハードへと広がる可能性を示している。もちろん、時間が経過するにしたがって、ムーアの法則の影響で値段は下がっていくことになるだろう。これは、iPhoneなどのスマートフォン分野で、すでに当たり前のように起きていることであり、家庭用ゲーム機の分野で起きても全く不思議ではなかった現象とも言えるだろう。
Steam OSは、リビングルームで成功すれば、当然、モバイルなどにも進出を考えていると思われる。Valveはテコの原理を上手く利用して成長する企業でもあるため、グーグルのアンドロイドOSの様に、今後自由にハードを拡張することを認めるといった動きを見せてくるかも知れない。その点でも、既存の家庭用ゲームと直接競合することになるだろう。私自身は、Steam Machineは、過去のゲーム機競争と全く違う物へと変化させる象徴的なハードウェアになると考えている。
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新 清士(しん きよし)
ジャーナリスト(ゲーム・IT)。1970年生まれ。慶應義塾大学商学部、及び、環境情報学部卒。他に、立命館大学映像学部非常勤講師。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)名理事。米国ゲーム開発の専門誌「Game Developers Magazine」(2009年11月号)でゲーム産業の発展に貢献した人物として「The Game Developer 50」に選出される。日本経済新聞電子版での執筆、ビジネスファミ通「デジタルと人が夢見る力」など。
Twitter ID: kiyoshi_shin
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