歴史認識のゆがみ温床に
「ヘイトスピーチはあかん」「仲良くしよ~や」―。そんなプラカードを手に7月、市民が大阪の町をパレードしました。社会問題となっている民族排外主義をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)に対する抗議行動です。ヘイトスピーチがいまなぜ日本で横行するのか、デモの現場から考えました。
国連が政府に勧告
大阪市の繁華街を南北に貫く御堂筋。民族衣装に身を包んだ人たちや、バラや風船を持った人たち約600人がパレードしました。
形になった差別
娘と参加した女性(42)は父親が韓国人で母親が日本人。在日3世にあたりますが国籍は日本です。最近ヘイトスピーチデモが行われていると知り「衝撃を受けた。差別が形になって見えた」といいます。
デモを行っているのは「在日特権を許さない市民の会(在特会)」を中心とした団体です。今年に入り、各地で頻繁に行われるようになりました。「殺せ、殺せ朝鮮人」「ガス室に朝鮮人、韓国人をたたき込め」などと耳を疑うような言葉を発し、韓国・朝鮮籍の人が多く住む地域でデモをしています。
国会内で開かれたデモに抗議する集会で、社会学者の鄭暎惠(チョン・ヨンヘ)さんは訴えました。
「想像してみてください。皆さんがどこか外国で暮らし、週末自宅で休んでいたら家の前の通りから『日本人は首をつれ』と数十人がデモをしている声が聞こえてきたら、どう思われますか。これが現実に日本で起こっていることです」
鄭さんの夫は日本人。娘も日本国籍ですが、本名は朝鮮の姓を持っています。祖父母の文化も理解したいと東京韓国学校に通っていましたが、安心して暮らしたいと海外での生活を選択しました。時折、涙ぐんで語る鄭さんの姿に被害の深刻さ、無念さが伝わってきて胸が痛みました。
また、排外主義を考える上で見過ごせないのは、一握りの団体だけの問題ではないということです。4月、東京都町田市の教育委員会が新小学1年生に配布する防犯ブザーを、「北朝鮮情勢」を理由に市内の朝鮮学校にだけ渡さなかった事件がありました。抗議が殺到し、市教委はあわてて撤回しました。
『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』の著者でジャーナリストの安田浩一さんは「現政権や保守派の改憲への動き、言動は排外主義グループに栄養を『供給』している」と指摘します。
人権感覚を問う
心ない民族差別が横行している背景には、日本の政治的土壌があります。温床になっているのが安倍晋三首相や「維新」共同代表の橋下徹大阪市長のような過去の戦争を美化・合理化する歴史認識です。
5月に開かれた国連社会権規約委員会は日本政府に、排外主義グループが日本軍「慰安婦」は売春婦だったという趣旨のヘイトスピーチを繰り返していることに対して改善を求め、日本政府が朝鮮学校だけを高校授業料無償化制度から排除したことにも「差別禁止」が図られるべきだとしました。
国連拷問禁止委員会でも、政治家が公に「慰安婦」問題を否定し被害者に心的外傷を与え続けていると指摘され、日本政府は早急に効果的な措置をとるよう勧告されました。しかし安倍政権は「従う義務はない」と勧告を無視する態度です。
戦後の国際秩序はファシズムと侵略戦争への断罪を共通の土台として築かれました。
1948年の第3回国連総会で採択された世界人権宣言は、第2次世界大戦の経験を踏まえ、基本的人権を定めました。
第1条にはこうあります。「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」
侵略戦争を美化する人物が首相や政党の代表を務め、副総理がナチズムを肯定する―。これがいまの日本政府です。問われるべきは、世界の流れから逆行した歴史認識と人権感覚です。