弾丸登山/事故多発/トイレ処理限界…

033b4691694487d6f4fb843e5768452992f6cdd6 世界文化遺産に登録された富士山は登山者が急増しています。昨年は7、8月だけで32万人でしたが、今年は7月21日までの入山者数が同時期比で35%増えました。7月末から10日間、1人千円の「保全協力金」を集める試みも行われました。人類共通の“宝物”になった富士山をどう守ったらいいのか考えました。 (青山俊明)

 山梨県側の吉田ルートの登山口となる六合目は、平日にもかかわらず山頂を目指す人でごった返していました。

 「日本一だから、一度は登りたい」という37歳の女性をはじめ、真新しい装備の若者が目立ち、登山経験の浅い人が多いことがうかがえます。

 富士山には富士宮、吉田、須走、御殿場と四つの登山ルートがあります。首都圏からの交通の便がよく、駐車場や観光施設が整備されている吉田ルートは人気が高く、夏山登山者の6割が集中します。

 山頂で日の出を迎えようとする人の多くは午後から夕方にかけて登り始め、途中の山小屋で宿泊します。しかし、山小屋の数が限られるため、十分な休憩を取らずに夜中に登る“弾丸登山”も絶えません。最盛期は登山口から頂上まで人の列がつながり、頂上付近で渋滞。約3000人が斜面で日の出を待っています。

 問題は多発する事故です。静岡県側では昨年7、8月の2カ月間で34件の事故が起き、41人が救助されました。山梨県側では死亡事故も起きており、登山者の増加とともに事故も増えています。

 その内容は、▽雨具を持たず、低体温症に陥る▽下山が遅れて日没になり、道が分からなくなる▽下りを急ぎ滑って転倒▽一気に登り、高山病になる―など。山登りの基礎的な知識がないことが背景にあり、他の3000メートル級の山岳地帯ではまれな事故や遭難です。

 登山者の増加によってトイレも問題になります。山小屋に設置されたトイレは2006年以降、すべてバイオ式や燃焼式などの環境配慮型になりました。しかし、処理能力は20万人分で、限界にきています。

 世界遺産登録の可否を審査したイコモス(国際記念物遺跡会議)が、保全と安全対策の進展状況を含めた報告書を2016年までに提出するように求めているのは、こうした現状があるからです。

 静岡県と山梨県は入山者を規制する目的で、来年の夏から「入山料」の導入を決めました。今年は協力金という形で試行し、3400万円が集まりましたが、使い道は決まっていません。

入山料の前にやるべきこと

 富士学会副理事長で日本大学の佐野充教授(地理学)は、「入山料を取る前に、受け入れ側の体制作りが必要」だといいます。環境保全と安全確保のため、最低限守るべきルールを定め、それを登山者や自治体、地元業者ら関係者に徹底する仕組みが求められます。

 例えば、富士山ではさまざまな団体が認定したガイドがたくさん働いています。しかし、統括団体はなく、登山者への指導内容もまちまち。富士山に精通し、一定の技術水準を持ったガイドの養成は急務です。

 その拠点として、富士学会は各登山口に「ビジターセンター」をつくることを提案してきました。ガイド養成とともに、富士山の特徴や登山に伴う危険を学ぶ場としても活用できます。「富士山は特別な場所だという自覚があれば全然違う」と佐野教授は指摘。そのうえで、入山料という形で環境に及ぼす負荷に対する応分の負担をしてもらうべきだといいます。

多様な魅力学ぶ

 同時に、過剰利用(オーバーユース)問題解決のためには、登山者自身が富士山の多様な魅力を学び、登り方を変えていくことも欠かせません。

 登山家の岩崎元郎さんは、「富士登頂3デイズ・プラン」を提唱しています。吉田ルートのふもとから樹海の中の歴史ある登山道を登り、2日目に五合目から頂上を往復し、翌日下山。時間をかけて高所に体を慣らし、高山病を招くこともある夜明け前の行動を避けるのが「岩崎流」です。

 佐野教授は、駿河湾を見ながら登る富士宮ルートから登頂し、宝永山経由で富士宮口に戻るコースを推奨します。「六合目以上のほぼすべてのいいところが見える」からです。

 欧米のガイドブックの多くは、富士山の歴史や文化・山岳信仰について詳しく紹介しているといいます。外国人登山者は日本人が知らないような古道も歩いています。

 富士山の多様な魅力を掘り起こし、さまざまな楽しみ方を紹介していけば、登山ルートや時間帯を分散させていくことが可能です。それによってさまざまな問題の解決方向がみえてくるはずです。そのためにもガイド育成は重要です。

ルールづくりを

 五合目以下も富士山の重要な構成部分です。豊かな自然に恵まれた広大な裾野は、開発やゴミの不法投棄から十分に守られているとはいえません。登山の領域とは違う課題があります。

 東面には134平方キロ(東京ドーム約2867個分)にわたる自衛隊の二つの演習場があります。そこだけ不自然な形で世界遺産の構成資産から外されました。富士山の美しいスロープの一部で、地元の人たちがカヤ場として利用してきた土地。文化遺産の値打ちは十分にあります。佐野教授は、「演習場がどうしてそこにあるのかを考えるためにも外すべきではない」といいます。

 報告書の提出に向け、静岡・山梨両県は7月に入って富士山の保全・安全対策を推進する体制を発足させたばかりです。「入山料」ばかりが先行し、対策が後手に回っている観は否めません。

 “世界の宝物”として認められた富士山を、どう後世に残していくのか。その明確なルールづくりが、いま早急に求められています。