「信仰の対象」「芸術の源泉」―二つの普遍的価値をユネスコ(国連教育科学文化機関)に認められ、6月に世界文化遺産に登録された富士山。しかし、25日の陸上自衛隊「富士総合火力演習」では、例年と変わることなく次々と撃ち込まれるミサイルや砲弾が山肌を吹き飛ばしました。人類共通の遺産として損傷・破壊から守り、後世に残すことが世界遺産条約の本旨ですが、米軍・自衛隊が使う広大な軍事演習場は、登録への準備段階でことごとく関連法の規制から除外されました。
■演習は黙認
「ドーン」「ゴロゴロ」―。富士山麓東側に広がる東富士(静岡県)、北富士(山梨県)の両自衛隊演習場周辺では、頻繁に実弾射撃のごう音が響きわたります。演習場の面積は合計で1万3401ヘクタール(表)。東京ドームの約2860個分に相当します。
世界文化遺産の登録には、構成資産などが立地する核心地帯(コアゾーン)と、その周辺に資産を守るための緩衝地帯(バッファゾーン)を設けることが求められます。文化庁は当初、両演習場も含めて、景観や環境の保全が義務付けられる緩衝地帯に指定する意向でした。しかし、登録後もユネスコの監視下に置かれる緩衝地帯の設定に、防衛省が難色を示しました。結果、演習場は国・地元自治体が自主管理に努める「保全管理区域」に指定されました。
「保全管理区域」とはいうものの、実質的には演習場の“黙認”です。市街地・集落の「保全管理区域」が景観条例などの規制を受ける一方、演習場はこれらの規制すべてから除外されました。「新たな規制は何もない」(文化庁担当者)のが実態です。
■米軍も除外
なぜ防衛省は緩衝地帯を拒否したのか。文化庁担当者は「演習行為そのものに有形・無形の規制がかかることに抵抗があったのでは」と話します。軍事演習の自由を優先させ、景観・環境の保全義務を逃れたことになります。その結果、西麓は広く緩衝地帯に指定される一方、東麓では構成資産と軍事演習場が隣接するいびつな地域設定になりました(図)。
両演習場では、密約で年間最大270日の使用権を認めるなど、自衛隊以上に米軍が優先使用してきた経緯があります。東富士演習場の一角を占める米海兵隊キャンプ富士は今回、「保全管理区域」からも除外されました。
法規制を逃れ、山肌を削る演習場の存在は、世界遺産登録の原動力となった「信仰の対象」「芸術の源泉」という普遍的価値とは相いれないものです。人類共通の財産となった今、富士山をどう守っていくか、これらの矛盾に目を背けずに議論していくことが必要です。(池田 晋)