主張
ヘリ墜落事故10年
新基地断念し普天間撤去急げ
沖縄の米海兵隊普天間基地(宜野湾市)に配備されていた大型輸送ヘリコプターCH53Dが同基地に隣接する沖縄国際大学に墜落してから13日で丸10年になります。
学校、病院をはじめとする公共施設や住宅などが密集する市街地の中心部を占拠する普天間基地が「世界一危険な基地」であることを示した事故は、同基地の一刻も早い撤去が緊急の課題であることを突きつけています。
出撃拠点の危険明白
政府は普天間基地の閉鎖・撤去に背を向け、県内「移設」=名護市辺野古(へのこ)への新基地建設に固執し、今なおその危険性を放置したままです。それどころか、開発・試験段階などで墜落事故を繰り返し多数の死者も出している垂直離着陸機MV22オスプレイの普天間基地への配備まで強行し、沖縄県民は事故への不安を一層強めています。これは10年前の事故の教訓に背く姿勢というほかありません。
事故は、整備中のCH53Dが点検飛行のために普天間基地を離陸した後、宜野湾市上空でテールローター(尾部回転翼)が制御不能となり、沖縄国際大学の校舎に激突し墜落・炎上したものです。死者は出ませんでしたが、一歩間違えば大惨事になるところでした。
米海兵隊の調査報告書によると、事故は、整備要員が長時間・過密勤務を強いられたことなどを背景にした整備不良が原因でした。沖縄の海兵隊は当時、戦闘が激化するイラクへの出撃準備を急いでおり、事故機を含むCH53Dヘリ部隊は翌14日までに強襲揚陸艦に搭載しなければなりませんでした。このため、整備要員は1日17時間の勤務が3日続くなど異常な状態に置かれ、「睡眠不足で手の震えを止められない」者もいました。
事故は、普天間基地が地球規模での侵攻作戦を迅速に展開する“殴り込み部隊”=米海兵隊部隊の出撃拠点であるために起こったことは明らかです。
老朽化した普天間基地に代わる最新鋭の出撃拠点を辺野古に造り、航続距離や積載能力などで従来のヘリよりも優れているとされるオスプレイの配備によって“殴り込み”能力を飛躍的に強めようとすることは、新たな危険を県民にもたらすものです。
海兵隊の調査報告書によると、事故機が当初、「オートローテーション」で着陸しようとしたことも注目されます。オートローテーションとは、エンジン停止などの緊急事態で、落下時に生まれる風力で回転翼を回して揚力をつくり緩やかに着陸する方法です。事故機はこの方法でサッカー場に降りようとしましたが、子どもが競技中だったため断念したといいます。回転翼を上に向けたヘリモード時のオスプレイはオートローテーションで安全に着陸する能力がありません。惨事に直結するおそれは一段と高まります。
オスプレイ配備撤回
安倍晋三政権は、辺野古への新基地建設を推進する仲井真(なかいま)弘多(ひろかず)知事が主張する「普天間基地の5年以内の運用停止」に対応するためとしてオスプレイを佐賀空港に一時移転する案を示しました。ところが、米側は早速、難色を示したと報じられています。普天間基地の危険性を取り除くには、県民の総意となってきた同基地の閉鎖・撤去と県内「移設」断念、オスプレイ配備撤回しかありません。