主張

科学のノーベル賞

地道な探求が人類に貢献した

 今年のノーベル賞が次々発表され、医学生理学賞は北里大特別栄誉教授の大村智氏に、物理学賞は東京大学宇宙線研究所長の梶田隆章氏に、それぞれ受賞が決まりました。人類への計り知れない貢献をもたらした、日本人研究者の偉業に心から敬意を表します。

基礎研究の重要さを示す

 大村氏は、米ドルー大学のウィリアム・キャンベル氏とともに、中南米やアフリカで流行する寄生虫病・オンコセルカ症(河川盲目症)などの特効薬イベルメクチンを開発した功績で受賞しました。

 寄生虫による感染症の対策は、寄生虫を殺す効果が人体に副作用をもたらすために薬の開発が難しく、国際的な緊急課題となっていました。イベルメクチンは、多くの寄生虫に共通する神経の働きを妨害するため、同じ仕組みを持たない人体には、副作用がほとんどなく、しかも微量で効く特性があります。失明の原因となる線虫症の予防も、年1回の服用で達成できます。共同で開発したメルク社は世界保健機関(WHO)の求めに応じて、大村氏の同意を得て、人への特効薬をアフリカの途上国に無償提供しました。のべ11億人が服用し、寄生虫病の撲滅の見通しも出てきています。

 イベルメクチンの奇跡的な発見は、微生物が作り出す天然物から有用物を探索する地道な研究の積み重ねによるものです。1グラムの土には、10億もの微生物が生息しています。大村氏らは、半世紀近く各地の土壌を集め、毎年6000種に及ぶ分析を重ねて500種の新しい化学物質を抽出、そこから医薬品や農薬の元となる26種の「人に役に立つ」物質を発見しています。

 梶田氏は、素粒子の中でも、多くの謎が残るニュートリノに質量があることを突きとめた功績で、カナダ・クイーンズ大学のアーサー・マクドナルド名誉教授とともに受賞しました。

 ニュートリノの大きさは、原子核の陽子と比べても、地球に対する米粒ほどの大きさもありません。電気を帯びていないために、観測するのが難しく、1956年の発見以来、謎に包まれた素粒子です。宇宙における数は陽子などの素粒子の1億倍以上もあり、ニュートリノの解明は、宇宙の根本的な成り立ちを解く鍵となっています。

 現在の素粒子物理学の「標準理論」では、ニュートリノの質量はゼロとされてきました。梶田氏らの発見はこの定説を覆し、新たな研究局面を開く、まさに「知の地平線を拡大する」ものです。

 今回の2人の受賞は、長期にわたる根気強い探求と独創性のある基礎研究が、人類に大きな貢献をもたらすことを教えています。

長期的展望での支援必要

 今年6月に内閣府が発表した「第5期科学技術基本計画に向けた中間取りまとめ」は、今世紀のノーベル賞受賞が自然科学分野で日本は世界第2位だと強調する一方、ここ10年の研究開発資金の伸びが停滞するなかで、「若手を始めとした研究現場の疲弊、基礎研究力の低迷」など、深刻な事態にあることを指摘しています。

 梶田氏は「基礎研究を重視してほしい」と政府に注文しています。高い水準にある日本の基礎研究を若手研究者に引き継ぎ発展させるには、長期的展望にたって支援を抜本的に強めることが急務です。