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『ハクション大魔王』のハンバーグにまつわるエッセイ
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『ハクション大魔王』のハンバーグにまつわるエッセイ

2012-08-21 16:06
     TLで『ハクション大魔王』のハンバーグの話題が流れていた。アニメスタイルの小黒編集長のブログ(http://animesama.cocolog-nifty.com/animestyle/2012/01/post-b731.html)が話題のもとの様子。
     それを見ているうちに、今はなきWEBマガジン「トルネードベース」に連載したエッセイ、「アニメ喜怒哀楽」で、『ハクション大魔王』のハンバーグの話題を取り上げたことを思いだしたので再掲。この連載は結構気に入っていたので、どこかでまた続きを書きたいなぁと思ってたりします。『フリースタイル』みたいな雑誌とかで書けるとうれしいですね。

    (タイトル)
    第1回 「美味そう」の理由
    (本文)
     アニメを通じて喜怒哀楽にまつわるつれづれを書いていこうと思う。第一回目は「喜」なので、食べる喜びについて。

     もし「食べてみたいアニメの中の食べ物」を選ぶとしたら、

    『アルプスの少女ハイジ』の「溶けるチーズ」
    『はじめ人間ギャートルズ』の「マンモスの輪切り」
    『ハクション大魔王』の「ハンバーグ」

     この三つが「アニメ味の殿堂」に入るのは間違いないだろう。この原稿を書くために何人かに話を聞いたり、ネットでいろんな人の意見を見てみたが、この3つの食べ物は実に多くの人――特に一定の年齢以上の世代――から支持されていた。

     とはいうものの、セルアニメという表現は食べ物を描くのは決して得意ではない。不得手といってもいいだろう。塗り分けで表現されるセル画調の事物は、質感が均一でつるつるしており、シズル感――食べ物などの美味しそうな感じ――に欠けることおびただしい。特殊効果で焼け焦げをつけ、ハイライトを足しても、「精緻」には見えても「美味そう」にはあと一歩足りない。このあたり、ブラシやハイライトを加えるだけで、グッと“リアル”になるメカとはずいぶんと事情が違う。さらに、食べるという仕草を作画することの難しさもあるのだが、それはここではひとまずおいておこう。

     さて、『ハイジ』のチーズがどうしてうまく見えるのか、その理由については、DVD『『もののけ姫』はこうして生まれた。』の中でヒントが語られている。このDVDは6時間にも及ぶ『もののけ姫』のメイキング映像で、オーソドックスなメイキング映像以外にも、スタジオジブリの日常を垣間見させるような場面も多く見ることができる。

     その中に出てくるのが、新人動画マンの研修風景。動画マンといっても作画ではなく、研修の最後の課題ということで研修生の皆さんは、各々食べ物の絵を描き、それをトレス、彩色するという内容に挑戦している。
     そこに現れた宮崎駿監督。ある新人さんの塗り上げたステーキを見ていろいろと指摘をする。指摘のポイントはいくつかあるのだが、一番興味深かったのは「彩度が高い色のほうがうまく見えるんだ」というもの。彩度が高いと色は鮮やかに見え、彩度が低いとくすんだ渋い色に見える。

     その新人さんのステーキは、肉はリアルな焦げ茶色。むしろ鉄板を乗せる木の台のほうが鮮やかな色合い。宮崎監督は同じ文脈で「肉の焼け焦げも、黒とか灰色でははないほうがいい」というようなことも言っていた。さすが、美味い食べ物を描かせたらかなうものがないといわれる宮崎監督である。

     確かにこの言葉通り。ハイジのチーズは、オレンジがかった黄色で実に色鮮やか。しかもチーズだから、セル画のつるつるした質感でも違和感が少ない。さらに火にあぶられると、ハイライトも描かれる。ハイジのチーズは、まず絵が動いていない状態でも、美味そうに見える条件が既に整っていたのだ。
     そこにさらに、暖炉であぶられてトロッと溶けていく「動き」が加わるのである。この動きがダメ押しとなって、多くの人が「『ハイジ』に出てきたチーズを食べたい!」と強烈にすり込まれる結果になったわけである。

     では、残り二つ「マンモスの輪切り」と「ハンバーグ」はどうだろう。
     「マンモスの輪切り」は、それを食べるゴンたちの食べっぷりが豪快だからでしょう。園山俊二のキャラクターが持つおおらかな雰囲気と、野性の動物をガツガツと食べるというワイルドさな動きが、組み合わさることで、「ああ、あんなふうにガツガツ食べたい」という効果を生む。『ハイジ』が「食べ物そのものが美味そう」だとするなら、こちらは「食べっぷりがいいので美味そう」だ。

     ところがここで、はたと困ってしまう。『ハクション大魔王』の「ハンバーグ」。これは一体どこがあれほど美味しそうに見えたのか。ハンバーグそのものは、焦げ茶色で彩度は低め。お手玉のようにひょいひょいとハンバーグを口に放り込んでいく大魔王の食べっぷりは、ユーモラスではあるけれど、美味そうに見えるとかというといま一つパンチにかけるような……。
     と、そこまで考えて、はたと思いついた。『ハクション大魔王』のハンバーグにはそもそも非常に有名な謎が一つある。

     それは、大魔王がハンバーグを作る時に、油で揚げているという点である。一説には当初、大魔王の好物は「コロッケ」という設定だったが、スポンサーがレトルトハンバーグで有名な食品メーカーだったため、アフレコの段階で、ハンバーグになったのだという(ホントかどうかは知りません。念のため)。

     それはともあれ、大魔王はハンバーグを作る時に必ず油で揚げているのである。

     ここで最初に書いたシズル感という言葉を思い出してほしい。実はこの「シズル」というのは、もともとステーキを焼くときの「ジュージューいう音」のこと。となると、油で揚げるというシチュエーションは、ほかにないほど「シズル感」溢れるシチュエーションであることになる。しかも、ハンバーグを焼く場面をアニメで描いたことを想定すれば、「シズル感」では「揚げる」にあっさり軍配があがる。

     それに『ハクション大魔王』はギャグアニメ。少々現実と違っても、それもまたよし、だ。スタッフは、ハンバーグの作り方としては邪道と知りながら、「シズル感」溢れるシチュエーションを手放すのがしのびなく、そのままにしたのではないかしら。想像だけど。

     かくして、一風変わった作り方の「ハンバーグ」は、「アニメ味の殿堂」に入ることができた――と考えると、なかなか愉快である。
     さて、あなたの「アニメ味の殿堂」には、どんな料理が入るだろうか?
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