記事へ戻る さとPin。さん のコメント さとPin。 未だに「忘れられない恋のうた」がフィクションなのかノンフィクションなのか分からない。 この本に出逢ったのが2011年4月。東日本大震災後、連日の報道に萎え無性に本が読みたくなった時だった。まさか、阪神淡路大震災が舞台とは知らなかった。時間をかけて読むつもりが一気に読み終えてしまった。その後まさか登場する女性と同姓同名の方と会うとは鳥肌がたった。 22年…早いのか遅いのか人それぞれだけど、忘れられない月曜日の朝だった。 No.9 95ヶ月前 Post このコメントは以下の記事についています 「泣いたりしないで」 今もこの日を忘れないのは、 25 歳だったあの朝と、この記憶が地続きであることを噛みしめる為でもあるのかもしれない。 草の根広告社 『草の根広告社』は、放送作家を生業とする僕が、2004年からとある番組サイトで日々の想いを徒然なるままに綴って来た「人生日誌」です。大都市東京の通勤圏にある海辺の小さな町「秋谷」で暮らしている現在は、本業の傍ら、浜でビーチグラスを拾い、畑を耕し、海沿いを走りながらの日々の思索と 「海辺暮らしのミニマリズム」について書いていこうと思います。ともに掲載する「海と空の写真」が読んで下さる方の深呼吸になればと願っています。 » このブロマガへ
さとPin。 未だに「忘れられない恋のうた」がフィクションなのかノンフィクションなのか分からない。 この本に出逢ったのが2011年4月。東日本大震災後、連日の報道に萎え無性に本が読みたくなった時だった。まさか、阪神淡路大震災が舞台とは知らなかった。時間をかけて読むつもりが一気に読み終えてしまった。その後まさか登場する女性と同姓同名の方と会うとは鳥肌がたった。 22年…早いのか遅いのか人それぞれだけど、忘れられない月曜日の朝だった。 No.9 95ヶ月前 Post このコメントは以下の記事についています 「泣いたりしないで」 今もこの日を忘れないのは、 25 歳だったあの朝と、この記憶が地続きであることを噛みしめる為でもあるのかもしれない。 草の根広告社 『草の根広告社』は、放送作家を生業とする僕が、2004年からとある番組サイトで日々の想いを徒然なるままに綴って来た「人生日誌」です。大都市東京の通勤圏にある海辺の小さな町「秋谷」で暮らしている現在は、本業の傍ら、浜でビーチグラスを拾い、畑を耕し、海沿いを走りながらの日々の思索と 「海辺暮らしのミニマリズム」について書いていこうと思います。ともに掲載する「海と空の写真」が読んで下さる方の深呼吸になればと願っています。 » このブロマガへ
この本に出逢ったのが2011年4月。東日本大震災後、連日の報道に萎え無性に本が読みたくなった時だった。まさか、阪神淡路大震災が舞台とは知らなかった。時間をかけて読むつもりが一気に読み終えてしまった。その後まさか登場する女性と同姓同名の方と会うとは鳥肌がたった。
22年…早いのか遅いのか人それぞれだけど、忘れられない月曜日の朝だった。
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