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「視点を変える②」
オールの持ち方と漕ぎ方を習い、ボードを抱えて浜に出る。予感は見事に的中していた。氷が張ったように穏やかな凪の海だった。水底まで見渡せるくらい透明度も高い。海鳥が小魚を求めて水面に集まっている。黒鯛の魚影が岸辺からでも確認できる。
11月の朝だというのに23℃もあった。空は澄み渡り、伊豆半島まで見渡せる。
「いこうか」
中腰でボードの上に乗ってオールで漕ぎ出していく。水の上を滑るように沖に出ていく。
「ゆっくりでいいからね」
妻が立ち上がって振り返る。
「うん」
娘が中腰のままついていく。
「遠くを見るんだよ」
ぼくも立ち上がって背中に告げる。
「わかった」
自転車も車も手元ではなく遠くを見て運転するのがコツだ。そして目線を向けた方へ車体は進む。SUPも同じです、とショップの方が教えてくれた。
「ママの背中を見て」
娘が先をゆく妻の背中に視線を固定する。
「掴まり立ちだと思って」
海に突き立てたオールを -
「視点を変える①」
いつもそばに海がある。そのしあわせを娘にも実感して欲しかった。
生まれたときから公園よりも近い浜辺で砂遊びをしていた彼女にとって海は当たり前にそこにあるものだ。朝採れの生しらすも、歯ごたえの強い黒鯛の刺身や紋甲烏賊など新鮮な海の恵みも、彼女にとっては当たり前の日常だった。 -
「あの頃に戻りたいなんて思っているわけでもないのに」
エスカー待ちの行列を避けてひたすら石段を昇っていく。滲む汗を秋の潮風が拭う。踊り場に出るたびに眩し過ぎる陽射しに目を細める。
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