「あつーい…」

 扇風機の真ん前を陣取りながら、彼女が言う。

「ほんとに暑いよなぁ。あ、あれ食べようよ、スイカバー」

 毎日のように部屋に来ては一緒にスイカバーを食べるのが日課だったので、自然と冷蔵庫のストックも増えていた。が…。

「…ごめん、いらない…」

 申し訳なさそうに、体育座りをしながら彼女が言う。

「えっ、珍しい! 最近食欲ないよな、大丈夫か?」

 この前夕ご飯を食べに行ったときも、明らかに食べる量が少なかった。夏バテなのだろうか。今年の夏の暑さは異常だから、それも仕方ないのかもしれない。

「大丈夫大丈夫! ごめんね、心配かけて!」

 取ってつけたような笑顔。

 あの海の一件から、なんとなく気づいていた。彼女の様子がおかしい、と。

 何かを隠している。でも、それについて彼女は頑なに口を閉ざし、何も語ろうとはしなかった。僕が詮索しても、乾いた強がりを見せるだけだ。

 急に不安になることが増えた。

 彼女の様子が気がかりで、ともすれば問い詰めたい気持ちを呑み込んで無言になることが増える。そのたびに、また彼女は更に不安そうな表情を見せる。悪循環だった。

「公園行こうよ」

 最近外にも出たがらない彼女を半ば強引に連れだした。ある作戦があるためだ。



「わー…懐かしい! なんか、久しぶりだねっ」

 出会った日に寄り道した公園。

 小さな町の公園だが、夏休みなのもあり親子連れも多かった。

「あ、シーソーでもやろうぜ」

 二人でクスクス笑いながら年甲斐もなくシーソーに向き合って座り、漕ぎ始める。童心に返るとはこのことかもしれない。

「すごいすごーい!」

 まるで初めてシーソーにのるかのように、ガッタンゴットンの動きに感激する彼女。幼い頃に比べ体が大きくなった今では、振動もなかなかに激しい。

 

「わっ…」

 急に彼女が左右のバランスを崩し、地面に倒れ込んだ。かなり強くぶつけたはずなのに、軽さのせいかあまり音がしなかった。慌てて彼女を起こしたが、へなへなと座り込んでしまって立てそうにない。

「ど、どうした? 大丈夫か?」

 明らかに不自然だ。あの状況でバランスを崩して倒れるなんて、絶対におかしい。

 出会ったころの公園に連れ出して異変の理由をなんとしてでも聞き出すつもりだったが、頭の中でさらに不安が渦巻き始める。

「大丈夫、だよ…」

 血の気が失せた唇から、乾いた声が漏れる。

「嘘だ!」

 僕は泣きそうになっていた。

「何か隠してない? 明らかに変だよ。なんでそんな時に頼ってくれないんだよ? 僕たち、付き合ってるんだよ?」

 彼女がゆっくりと僕を見た。透き通るような、無垢な瞳がどこか陰っている。無理に笑顔を作ろうとしているのが痛々しかった。

 彼女を蝕むものが何なのか、何を恐れているのか、そもそも彼女はいったい何者なのか。

 この暑さなのに、僕はいつの間にか冷や汗をかいていた。肌着が気持ち悪い汗でじんわりと湿っている。

 でも。僕は、彼女を心から愛している。それだけはゆるぎない事実だ。

「ごめんね、ごめんね…」

 わっと彼女が泣き出した。

 泣いた女性のなだめ方なんて知らない僕は、ただただ焦ってしまう。

「ご、ごめん…。責めてるわけじゃないんだ…心配すぎて…」

「…ごめんね。大好きだから…」

 残暑の残り香を残した風が頬を撫でる。

 夏の終わりを感じさせる風だった。そろそろ、夏が終わってしまう。

 抱きついてきた彼女のか細さに驚く。頭を撫でてみても、抱きしめてみても、彼女との距離は縮まりそうに思えなかった。

 忍び寄る秋の気配に、僕らは怯えていた。この秋の訪れが、僕等から大切なものを奪うのではないかと。