p_fさん のコメント
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今自民党が如何に腐敗しているか次々に表に出てきている。 ① パーティの闇金問題が安倍派を中心に広範に広がっていて百人以上が関与しているが、額が3000万円以下は不問である。 ② 政党が 「政策活動費」などとして政治家に支出し、その使い道を明らかにしなくてもいい政治資金が、 2021 年までの 20 年間で主要政党で約 456 億円に上ることがわかった。議員では、二階氏が最も多額となる計約 50 億 6 千万円を受け取っていた。うち約 47 億 7 千万円は幹事長時代。次いで谷垣禎一元総裁が 23 億 1 千万円、安倍晋三元首相が 20 億 5 千万円と多く、いずれも幹事長在任時期に集中していた。 ③ 松 野博一前官房長官が昨年 12 月、自民党安倍派の裏金問題で同月 14 日に官房長官を辞職するまでの 2 週間で、内閣官房報償費(機密費)を 4660 万円使用。 ④ 盛山文部科学相が 2021 年の衆院選で、世界平和統一家庭連合(旧
ロシアのナショナリストであり、強固な反ソ連主義者:ソ連追放から50年、ソルジェニーツィンが残したもの
https://www.rt.com/russia/592228-stalin-labor-camps-solzhenitsyn/
20世紀ロシアで最も偉大な社会・政治哲学者は誰で、彼の主な思想は何だったのか?-
マキシム・セメノフ記
旧ソ連国家を専門とするロシア人ジャーナリスト
20世紀ロシアの数多くの偉大な作家の中で、特に際立っており、その作品がロシアの現代生活における社会的・政治的見解に最も大きな影響を与えた人物がいる。ノーベル賞を受賞したこの哲学者の言葉は、ロシアのプーチン大統領がよく引用している。70年間続いたソ連イデオロギーから民族復興期への転換を構想したイデオロギー学者であり、ウクライナ紛争を半世紀も前に予言していた。
その人物とは、偉大な作家であり哲学者であるアレクサンドル・ソルジェニーツィンに他ならない。彼が逮捕され、その後ソ連から追放されてから50周年にあたる2月12日、RTはロシアの国民的哲学者の生涯を振り返る。
■哲学者の青年時代
「彼の心、魂、思考は祖国への痛みと揺るぎない愛で満たされていた。この感情は彼の創作活動の原動力であった。彼は、何百万人もの人々を苦しみと辛い試練に陥れた全体主義体制から、本物の、偽りのない、人民のロシアを明確に区別した」と、2018年にアレクサンドル・ソルジェニーツィンの記念碑の除幕式でロシアのプーチン大統領は述べた。
大統領は、20世紀のロシアの優れた社会政治思想家の一人であり、その知的遺産が今日までロシア政治に影響を与えている人物に対する自身の態度を、ほんの数語で簡潔に要約した。
ソルジェニーツィンは1918年12月、ロシア内戦の悲劇的な時代に生まれた。彼の両親は南部の農民で、紛争以前は勤勉と忍耐によってなんとか生計を立てていた。
内戦中、彼の実家は破壊された。将来の作家はロストフ・ナ・ドヌで幼少期を過ごした。一家は貧しく、ソルジェニーツィンは十字架を身につけ、開拓運動に参加することを拒否したため、同級生からよくからかわれた。それにも拘わらず、ソルジェニーツィンはよく勉強し、学校を優秀な成績で卒業し、ロストフ大学の物理数学科に入学した。
学業は優秀で、スターリン賞の受賞者にもなったが、やがて文学がソルジェニーツィンの主な関心事になった。その頃には既に短編小説、詩、エッセイを書いていた。しかし、この特別な時期は短かった。第二次世界大戦が始まると、作家の生活は一夜にして変わり、国全体の生活も変わった。
■前線から労働キャンプへ
健康上の問題から、ソルジェニーツィンは直ぐには徴兵されなかった。しかし、1941年秋、彼は軍隊に受け入れられた。砲兵学校で学び、中尉に昇進した。ソルジェニーツィンは、いわゆる「音偵察」に従事した。特殊装備の助けを借りて敵の大砲の位置を特定し、ソ連軍がそれを破壊するのを助けた。
数々の勲章を持った戦闘英雄であったソルジェニーツィンは、赤軍と共にオーリョルから東プロイセンまで行軍した。 しかし、勝利の3か月前の1945年2月、彼はソ連の防諜組織スメルシによって突然逮捕された。
逮捕の理由は、ソ連の指導者ヨシフ・スターリンについて批判的な発言をしたから、というごく平凡なものだった。日記や友人に宛てた手紙の中で、ソルジェニーツィンはスターリンを「パハン」(ロシアの犯罪用語で犯罪組織のリーダー)と呼び、「レーニン主義」を歪曲していると非難し、スターリンの体制を農奴制に擬えた。
ソルジェニーツィンはルビャンカ刑務所で3ヶ月間尋問を受けた後、反革命活動の罪で有罪となり、強制労働収容所で8年の刑を宣告された。 しかし、幾つかの幸運が彼に微笑み、彼は任期の最初の5年間を、数学者、技術者、その他の主要な専門家が働く、いわゆる「シャラシュカ」(軍事目的の先端技術を開発する閉鎖的な機関)で過ごした。
しかし、1950年、収容所の管理者と対立したソルジェニーツィンは、悪名高い収容所―カザフスタン東部の草原にあるエキバストゥズの重労働収容所―に送られた。スターリンの強制収容所の悲惨な状況はソルジェニーツィンに強烈な印象を与え、その記憶は彼の最も重要な文学作品の一つである「イワン・デ二ーソヴィチの一日」の基礎となった。
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