2018年8月に掲載した記事です。2026年7月をもってシンサック・ビクトリー・ジムが閉鎖されたので、あらためて再掲します。


「新生UWF社長・神新ニのブレーンにして、船木誠勝ら多くの選手の名前を改名させた占い師がいる」――『1984年のUWF』を契機に続々と出版されるUWF関連書籍。それらの誌面をときおり賑わす「シンサックさんの奥さん」が気になって仕方ないUマニアは多いのではないだろうか。Uの重要人物でありながらも情報量が少ないことや関係者たちの一方的な証言もあり、オカルトチックなイメージができつつあった謎の女性、それが今回登場していただいた高岡左千子氏だ。「Uのミライを見た女」にとって新生UWFとはなんだったのか? 




――高岡さん、今日はよろしくお願いいたします。

高岡 どういう話を聞きたいの?

――高岡さんは数多くの格闘家やプロレスラーの占いをされて、ためになるアドバイスを送られていたそうなので、そのへんのお話を……。

高岡 そういう話ね。でも、占いだけではないのよ。簡単に言葉にするのは難しいんだけど、その人間の運気を見てあげるのね。人間の運命というのは努力と実践で変えていくことができるから、悪いときには悪いときの過ごし方、良いときには良いときの過ごし方があって、どういう過ごし方をすればいいのか羅針盤を示してあげるわけ。

――なるほど。“気づき”を与えてあげるとでもいいますか。

高岡 いまでも見てあげてるのよ。ジムを開こうとしている場所、日時とかね。

――もともとそういうお仕事をされてきたんですか?

高岡 仕事としてはやってない。趣味でやっていたんだけど、最初は大学のときに心理学を必須科目で始めたのがきっかけ。あとウチの父親が姓名判断をやっていて。

――そういった血筋を受け継いでるんですね。

高岡 私の場合、全部独学なんだけどね。

――旦那さんであるシンサックさんは有名なムエタイファイターであり、前田憲作さんをはじめ多くのキックボクサーを指導した伝説的なトレーナーですけど。どういう縁で知り合ったんですか?

高岡 誰かの紹介。格闘技は全然好きじゃなくて、試合を見に行くこともそんなになかったんだけど。このジムだって、もともとやるつもりはなかったんだけど、旦那がUWFの選手にキックを教えたり、セコンドに付いていたりしてたんですよ。

――安生洋二さんがチャンプア・ゲッソンリットと引き分けたのは、シンサックさんの指導力もあったそうですね。

高岡 最初はここにジムがなくて、高速道路の下にある公園で練習をやってたの。

――松葉通りのところですよね。

高岡 どこも貸してくれなかったのよ、あの時代。べつに壁を叩くわけじゃないのに「壁を壊されるから」とか言われてね。重機ミシンの大きな会社の大きな体育館が国領にあって、交渉して貸してもらうことになったんですよ。そこで2年くらいやったかなあ。たまたまいまのジムの大家さんが昔キックが好きで、借りられることになって千歳烏山の駅前で20年近くやってる。年中無休深夜3時まで。

――タフですね!(笑)。高岡さんがUWFのアドバイザー的な役割を務めることになったのは、何がきっかけだったんですか?


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