
青木真也が朝倉未来戦をほぼ語らずに朝倉未来戦を語る24000字です!(聞き手/ジャン斉藤)
【1記事から購入できるバックナンバー】
・吉田豪が語る「スマッシング・マシーンとPRIDE、紙プロの狂った時代」<前編18000字>
青木 あれは何年ぶりですか?
青木 ボクの32歳がRIZINの桜庭(和志)戦なのよ。
――へー、あのとき32歳。
青木 青木vs桜庭戦が2015年で、2016年に1回目のエドゥアルド・フォラヤン戦でONEの王座を失ってるんですよね。で、2017年がベン・アスクレンにいかれて。そう考えると30代前半である種、終わってるんですよね。
――なるほど。一区切りついたってことですね。
青木 プロ格闘家になったのは2006年からだから、ちょうど10年目ですよね。2006年がPRIDEデビューだから。
――今年で20年目ですね。そのあいだに青木真也という格闘家にどういう考えの変遷があったかといえば……。
青木 まあ、理解が追いつかないかもしれないですね。相当好きで見てくれてないと。
――RIZINファンはDREAMのことを知っているわけがないし、PRIDEの頃から見てる人でも、わからないことが多いはずですね。
青木 DEEP事務所、もうないんですけど。いまは「まいばすけっと」だけど。
――あのときなんで揉めたのかも覚えてない。
青木 なんか「俺の答え方が悪い」ということで斉藤さんがブチギレたんですよね。
――俺がブチギレたんですか?
青木 そう、斉藤さんがブチギレて。「え、なんで? じゃあ帰れよ」と帰した思い出があります、ボクは。
――家を探せば、そのときの音源はあるんですよ。ボクの記憶だと「これなら取材にならないから帰る」と。
――揉めたあとも何回か取材はしてるんですけど、なんで取材しなくなったのかはわからないです。
青木 あいだを取り持ったのがRIZIN RADIOじゃないですか。
――あれは取り持ってないですよ(笑)。
――本来だったら触りたくないのに。
青木 そうそう。佐伯、笹原はやっぱりそこが立派だなと思うんですよね。
――あのときは業界関係者のあいだでは、青木さんの件より、ボクが諸岡(秀克)さんと揉めたことの反響も意外と大きくて。
青木 俺は諸岡会長、好きですよ。諸岡会長のことをいろいろいう人がいるんだけど、俺はめちゃくちゃよくしてもらった。かわいがってもらったほうなんです。韓国人選手をアテンドしてる諸岡会長の奥さんにもよくしてもらって。この前、修斗の後楽園ホールに韓国人を連れてきたときに、1時間半ぐらい諸岡さんとの馴れ初めから聞いたから。で、ジュースをおごってもらったんです(笑)。
――ハハハハハハ。諸岡さんというのは韓国方面から日本の格闘技界をサポートしてくれた方ですね。
青木 初めて韓国人を日本で起用した人ですよね。ジョン・チャンソン、コリアンゾンビ、キム・ドンヒョンとかを連れてきて。
――これだけ時間が経つと、青木真也という人間にも変遷があって、当時といまでは捉え方が違うことは絶対にあるじゃないですか。
青木 まあ、ありますね。ボクって「ブレてる」とか「軸がない」とか、主張がコロコロ変わるみたいなこといわれるんだけど、逆に2006年の価値観のまんまとかずっと同じだったら、それは老害でしょ。
――よく「逆張り」って言われますけど、それはイライラします?
青木 だって「俺は、こう思うだもん」って。
――それはホントに思ってる?
青木 那須川天心に言われたんですよ。「俺は青木さんが逆張りというか、青木さんの理屈として通ってるじゃないですか」と。逆張りや老害といえばいいみたいな安直な批評というか。
――老害を自称するのもイヤだなと思ってて。最初から言い訳しちゃってるというか。
――たとえば「一流の老害」って誰ですか?
青木 憧れるのは田原総一朗とか。
――田原総一朗は一流の老害(笑)。
青木 戸塚校長とか。
――戸塚校長はまた違ったジャンルの危険人物じゃないですか(笑)。
青木 戸塚校長のYouTubeとか見ちゃうんですよ。
――おそらく青木真也という人間と格闘技観が変わるポイントになってるのが『空気を読んではいけない』。あの本で言語化されたことによって生きやすくなったことあります?
青木 『空気を読んではいけない』で、わりとマスに対して理解をされたところはあると思うんですよ。「こういう人なのね」みたいな。ただ、生きやすくなったというか、どうなんだろう。離れていくことをあんまり気にしなくなりましたね。ライターの中川淳一郎さんが『縁の切り方』という本を出してるんですよ。「縁を切るということはすごいポジティブだ」と言ってるんですけど、「縁を切ってもいいんだな」と。
――自分自身の生き方がわかりやすくなったわけですよね。縁の切り方、空気を読まなさも。
青木 そこを含めて「なんのためにやってるんだろう」みたいなことを格闘技を通じて考え続けてるので。だから、あんまりブレてるとは思わないですよね。逆張りだとも思わない。ちゃんと自分のルールのもとに生きてるんですよ。そこはUFCに行かなかったこともそうだし、いまの選択もそうだし。
――青木真也の歴史を振り返ると、いわゆる「冬の時代」が語られるじゃないですか。いま振り返ると大変な時代だったとは思うんですが、そこまで切羽詰まった雰囲気はなかった気がするんですけど。
青木 俺も冬だと思ったことないですよ。DREAMがなくなったあとに避難したのはONEだし、むしろ暖かくなった。
――シンガポールは南国だし。
青木 ちょうどボクがONEと契約したと同時に、安倍政権のアベノミクスが始まって外貨も変わったし。ボクに「冬の時代」はないんですよね。
―― DREAMのときはどうですか? ONEが南国なら、こっちは夢の国ですよ。
青木 DREAMのときも、みんな未払いがどうこういうんですよ。ボクはその意味ではよくされてきたし。
――DREAMって運営はK-1(FEG)だけど、制作は旧PRIDEスタッフ。K-1と契約している選手はK-1が直接支払うけど、 旧PRIDEの選手はPRIDEから支払われたんですよね。PRIDE組には制作費が降りてこなくなったときも、なんとか賄って。
青木 正直にいったらボクと川尻さんはめちゃくちゃよくされてきたと思うんですよ。だから未払いも1度も受けてないし、むしろ重用を受けてたんですよね。そこで「川尻は義理を通したけど、青木は裏切った」という見方をする人がいるんだけど、川尻さんはあのときケガをしたんですよ。1年間ケガで休んでて、そのカムバックのタイミングでUFCに行ったんですよ。むしろあのタイミングではUFC以外、選択肢はなかったんですよね。
――そこは条件にだいぶ違いがあったわけですね。
青木 条件に違いがあったからというだけですね。
――ボクはべつに青木真也がDREAMを裏切ったというふうには見えなかったですけどね。
青木 ONEと契約したあとに『DREAM18』があったんですよ。そこには出たんです。
――DREAM最後の大晦日ですね。
青木 あの『DREAM18』のあとも加藤さんたちが続けるという雰囲気が微妙にあったから、それによって裏切り者みたいにされて……岸(博幸)さんが騒いでましたね。
――DREAMの頃から格闘技と繋がりがあった岸さん。
――その前にDREAMは死に体でしたからね。最近もXで議論になってましたが、「青木真也と川尻達也にスター性がないからDREAMがダメになった」みたいな声もあるじゃないですか。
青木 ごもっともですよ。
コメント
コメントを書く