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いわゆる書評のコーナーです。実際には書評というより小飼弾がその本から何を読み取ったのかを語っていることになりますが。
今回はサンプルとして「ビアンカ・オーバースタディ」を紹介します。
サイセイの書: ビアンカ・オーバースタディ
「太田が悪い」、作者のおっしゃるとおり。
本作の上梓をこんなに待たせるなんて。
作者は知っている。作者がこの国でいちばん美しい、いちばん綺麗な作家だということを–。
本作「ビアンカ・オーバースタディ」は、筒井康隆「初」の「ライトノベル」。
およそ日本語でものを読む人にとって筒井康隆という名は、音楽にとってのモーツァルトの名に劣らぬ重みを持つはず。これほど日本語に愛されている作家を私は知らない。
作者紹介より
1934年生まれ。1960年の衝撃的なデビュー以降、半世紀以上の長きに渡って常に文芸の境界を飛び越える作品を発表しつづけて来た日本文学界の巨匠。
作者を巨匠たらしめているもの、それは作者の作品に一貫している反巨匠、反権威の姿勢。なにせ目次からしてこうだもの。
- 哀しみのスペルマ
- 喜びのスペルマ
- 怒りのスペルマ
- 愉しきスペルマ
- 戦闘のスペルマ
本作は主人公たちが採精する話で、それがきっかけで未来を済生する話で、ライトノベルを再製する話で、「わたしは知っている。わたしがこの高校でいちばん美しい、いちばん綺麗な女の子だということを」というモノローグを再生するお話で、そして全体としてライトノベルを再製するというお話なのだ。
権威という言葉で私が真っ先に想起するのは、これまた反権威の権威の代表、アインスタインの言葉。
To punish me for my contempt of authority, Fate has made me an authority myself.
【拙訳】運命は私の権威への蔑視を罰するべく、私自身を権威に仕立てあげた
しかし真の巨匠は、自らが権威となってもなお、権威への蔑視を飽く事なく続けるのだ。その視線から、権威となった自らもまた逃れることはない。
背表紙より
わたしは知っている。 わたしがこの高校でいちばん美しい、 いちばん綺麗な女の子だということを――。 あらゆる男子生徒の視線をくぎ付けにする超絶美少女・ビアンカ北町の放課後は、ちょっと危険な生物学の実験研究にのめりこむ生物研究部員。そんな彼女の前に突然、“未来人”が現れて――。 文学界の巨匠・筒井康隆が本気で挑む、これぞライトノベル。 21世紀の“時をかける少女”の冒険が始まる!
これ自体、時をかける少女のパロディでもあり、涼宮ハルヒシリーズの「未来人」に対するオマージュにもなっている。
日本沈没には日本以外全部沈没、サラダ記念日にはカラダ記念日(薬菜飯店収録)、バカの壁にはアホの壁…作者ほどの「いちびり」が存在するのか、鏡にたずねてみたいものだ。
本作はそんな作者によるライトノベルであると同時に、ライトノベルというジャンルそのものへ対するメタライトノベルでもある。
この本にはふたつの読みかたがある。通常のラノベとして読むエンタメの読みかた、そしてメタラノベとして読む文学的読みかたである。どちらでもお好みの読みかたで読んでもらってもよいが、できれば両方の読みかたで読んでいただければありがたい。
そこで俎上に上がる「原作」がこれまたすごい。「時をかける少女」と「涼宮ハルヒシリーズ」は想定の範囲にしろ、人類は衰退しましたに虚構船団とは!「ビアンカ・オーバースタディ」というタイトル自体、モナリザ・オーヴァドライヴのもじりにしか思えないし…
しかしその「遊び」を引き立たせているのが、「学び」の部分。遊びまくっているのにヤワでなくてワヤな筒井作品の剛性感を支えるのが、現実成分の科学描写。
哀しみのスペルマより
わたしが研究しているのはウニの生殖だ。なんでウニなんか、と思うだろうけど、ウニは手に入れやすいし、観察しやすいし、成長過程も早いというのがその理由だ。バフンウニは一月から四月、ムラサキウニなら六月から八月、コシダカウニなら七月から八月、アカウニなら十月から一月が発生時期だ。みなが食べているのはウニの生殖巣で、だからウニの中身のおいしいところ、あのほとんどは生殖巣、つまり精子か卵なのだ。
サイエンス・フィクションではっちゃけるには、サイエンス・ファクトをしっかり抑える必要があるのだ。「最高級有機質肥料」(ベトナム観光公社収録)執筆にあたって、自ら検便した作者にとって、ビアンカのオーバースタディーぶりはあまりに当然ともいえる。
ん?
あ、そうか!
ビアンカは、作者だったんだ!!
ということは、本作は筒井康隆自身の美少女化ということでもあるのだ。いとうのいぢの絵を一年待つのも太田が悪い、ではなくて必然中の必然。日本一の作家を美少女化を、日本一のラノベイラストレーターにやらせななくてどうするよ。
きれいだろ?これ…喜寿の作品なんだぜ?
喜寿の作者に萌えさせられるなんて、採精された男の子たちのとほほぶりを追体験させられるようではないか。
こんな77歳に、私もなりたい。