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oldjapさん のコメント

私は昭和天皇は1人の人間として、あれ以上の芸当はできなかったと思うだけ。たまたま天皇家に生まれたために、いわれるままに軍服をきてくれというから軍服を着て、白馬に乗って閲兵したり、勅語を発行した役者さんですから。「天皇陛下万歳」と叫んで死んだ人がいても、天皇を責めるわけにもいかないでしょう。天皇が「おまえはわしのために死ぬべし」と言ったわけではないですから。要は、大方の日本人が、清国、ロシアと戦い、満州を属国にすることに賛成し、果ては独、伊と協定を結んでその他のほとんどの国と戦うことを決断したのですから。官僚と軍部だけが、と言うのは逃げ口上であり、その点では天皇と同罪。しかし、罪というのは、定義が難しい。2つの国が交戦するとき、どっちにも罪はない。戦争とはヤクザの出入りと同じで、要は両方とも自己の権益の拡大を望む活動にすぎないから。早い話が、いつも人間に殺され人間どもの餌食となっている、動物(鶏、牛、豚など)や魚類(イワシ、マグロなど)からみて、日本と中国とどっちが善でどっちが悪なんていう設問は無意味。要は一方の戦争国から見て自分のやっていることは善、ないし正義の戦いというにすぎない、なぜなら、善とは自国が更に権益を増す行為にすぎないから。善悪の定義はそれにつきる。要は、自分が生きることが善であり、自分の生を止めようとする相手の行為を悪と呼んでいるにすぎない。
No.12
118ヶ月前
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一九三三年熱河作戦(張学良の拠点を叩く作戦)の時に、天皇がこの作戦の中止を指示しようとした際に、奈良侍従武官長は「陛下の御命令にて之を中止せしめんとすれば大なる紛擾を惹起し政変の因とならざるを保ち難し」と述べました。天皇の中止への動きを止めています(「奈良日記」)。「大なる紛擾を惹起し政変」は天皇の排除も意味します。この言葉で天皇は中止の指示を取りやめました。 天皇と軍部の最大の危機は勿論、日米開戦直前です。 『昭和天皇独白録』で天皇は次を述べています。 「私が主戦論を抑えたならば、陸海の与論は必ず沸騰し、クーデターが起こったであろう」  更に、『昭和天皇独白録』は(注)として次をとして加筆しています。 「(上記の発言に加え)ジョン・ガンサーの『マッカーサーの謎』に奇妙なほど一致する一節がある。真偽を確かめるべきもないが、戦後の昭和20年9月27日天皇が初めてマッカーサー元帥に会った時
孫崎享のつぶやき
元外務省情報局長で、駐イラン大使などを務めた孫崎享氏。7月に発行された『戦後史の正体』は20万部を超えるベストセラー、ツイッターのフォロワーも13万人を突破。テレビや新聞が報じない問題を、日々つぶやいている孫崎氏。本ブロマガでは、日々発信。週1回別途生放送を発信。月額100円+税。【発行周期】日々。高い頻度で発行します。