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ビュロ菊だより 第三号 グルメエッセイ第二回<愛のメッセージはすぐ近く、例えば手元にある>
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ビュロ菊だより 第三号 グルメエッセイ第二回<愛のメッセージはすぐ近く、例えば手元にある>

2012-10-31 02:00
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グルメエッセイ「もしあなたの腹が減ったら、ファミレスの店員を呼ぶ丸くて小さなボタンを押して私を呼んでほしい」


第二回 <愛のメッセージはすぐ近く、例えば手元にある>
 
 
2009年10月7日
映画美学校音楽美学講座メソッド初等科の授業初日。今年は40名以上の大クラスに。終了後、七丁目交差点のロイヤルホストでフライドチキンとシーザーサラダとドリンクバー。誰も指摘しないがロイホはメニューのデザインやコピーが実はとうの昔からとんでもないことになっており(皆、ファミレスのメニューなんてどれも同じだと思っていて気がつかないのである)、それに突っ込んでいるだけで10時間ぐらい爆笑が保つのだが、1章に値すると確信するのでまとめて書いてみたいと思う(念のため。料理自体の話ではない)。
 
 
    *    *    *    *
 
 
 初回(前々号)のテーマが大テーマだったのに続き、今回も大テーマなので、この連載ひょっとすると5回ぐらいでネタが尽きてしまうのではないかしらんと、我が事ながら心配してしまいそう。しかし今回、心配を押しのけるようにして先ず、メランコリーが押し寄せてきます。このテーマが、既にピークを過ぎているからです。私は生活信条としても、単なる生まれつきの自然な成りゆきとしても「昔は良かったなあ」という台詞を滅多に吐きませんが、本件ばかりは、安心して心の底から、ほんのちょっとだけ、溜め息をつかせていただきます。ああ。昔は本当に、本当にちょっと、良かったです。
 
    *    *    *    *

 現在のところ、私の知る限り。としますが、これを肩書きとして名刺に冠することが可能な者は、世界広しと言えど、この私と今回の名脇役である悪友の二人だけ、つまり東京都新宿区というエリアは、世界で唯二人の「ロイヤルホストのメニュー研究家」が両方とも在住する、いわば洋食の奇跡認定エリアということになります(一応念のため「ファミレスのメニュー研究家」ではありません)。
 
 とはいえ再び、世界は広く、もし、ここまでお読みになっただけで総てを察し切ったアナタ――溢れんばかりのロイホ愛と健全な批評精神、そして英国式の正統ブラックユーモアを兼ね備えているであろうアナタは、たった今この瞬間、缶コーヒーのCMのように胸に炎がボワァッと立ち上ったことでしょう――は、以下お読みいただく手間を要しません。すぐさまその端末から「菊地成孔公式ウェブサイト 第三インターネット」で検索し、私にご連絡ください(ファンメール宛て。件名は「我等ロイホメニにて集わん」)。
 
 以下、「ええ何それ?ちょっと面白そう」という市井の皆様に対し、我々研究家の活動報告をお読みいただくことになるのですが、冒頭の詠嘆にありましたとおり、そのピークが、今を去ること約5年前、2008年だったという記録をお伝えしてからでないと、報告はまとめることさえ出来ません。
 
 ああ、此処でもまた、黄金時代が終わった後の世を、我々は生きているのであります。愛の言葉は必ず取り乱しているという摂理に従うのであれば、ロイヤルホストが我々に対して示し続けた、あの激しすぎた愛は、些かなれど醒めてしまったと言うのでしょうか。いえ、決してそうではありません。そう断じてから、我々の報告を始めさせていただきます。
 
        *    *    *    *
 
 そもそも私がこうして、日本を代表するロイホメニ研究家になりおおせたのは、決して独力によってではありません。前述の悪友の存在が不可欠だったのです。現在は共にフリーである我々ですが、偶然にも前キャリアが同じでして、共にあのジュー研職員として、各々別の地区で日々激務に勤しんでいたのでした。
 
 一般の方には馴染み薄であろう通称「ジュー研」ですが、今や総てのファミリーレストランが常設している、所謂「ドリンクバー」に於ける、調合し得る総てのカクテル・ヴァリエーション――例えば、ホットコーヒーとホットティーとホットウーロン茶のカクテル「H3T」等々――の研究を目的としており、正式名称「全日本加工食品最大可能性追求センター/ドリンクバー調合科」と言えば、どなたでもはたと手を打たれることでしょう。
 
「カフェ飯」から「ちょい乗せ(おまかせランキング)」を経て、現在完全に一般化した「コンビニ料理」へと至る動きに先駆け、二次大戦直後の1947年より、安価な食品の「キッチンではなくテーブル上でのカスタマイジング」に関する総合的な研究を行い、戦後日本に於けるその歴史を編む目的で設立された(なんと)文科省の外郭団体である、所謂「全加可セン」は、実に344の部署を有しますが、中でもジュー研は激務で知られ(前述の「H3T」の調合比率変移による雑味変移の報告を三日三晩かけてやる――なぜならカフェインによって誰も眠くならないので――等々)、私も悪友も、共に音楽家活動との両立の厳しさを感じていたのです。
 
「えええ? オマエもジュー研だったの!!!」
「そうだよー。びっくりしたよー」
「H3TとI3Tの雑味変移の報告書、別々に書いた?」
「書いたよー(涙)」
「カルピスウォーターの原液とコーヒーフレッシュでココナッツミルク作らされた?」
「カレーに入れて喰わされたよー(涙)。タイの留学生雇ってさあー! あいつらが教えてくれたんだよーレモンティー用のレモンも入れると更に良いってー(滂沱の涙)」
 
 といった、叫びにも似た開始の合図によって、我々の友情はスタートを切ったのですが、給料だけは良かったけれども辛く苦しかった、あのジュー研時代の思い出は、この連載でもやがてお話ししなければいけなくなるでしょう(私は電話帳のような「調合比率と味覚への効果報告書」を未だに捨てられずにいます)。現在の私は、民間のロイヤルホストのメニュー研究家として、自由業の気楽さ、個人的な研究という無限の充実を謳歌していますが、青春時代の暗黒は自伝的なエッセイの醍醐味とも言えますので、読者の皆様にはお楽しみを取っておくかたちで、話を私が歌舞伎町に越してから3年が経過した2007年にリセットしましょう。「ロイヤルホスト東新宿店」が、「ホテル・サンルート東新宿」の1階に出店した年です。

 
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