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ビュロ菊だより 第五号 グルメエッセイ第三回
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ビュロ菊だより 第五号 グルメエッセイ第三回

2012-11-16 21:40

     グルメエッセイ「もしあなたの腹が減ったら、ファミレスの店員を呼ぶ丸くて小さなボタンを押して私を呼んでほしい」


    第三回「最初期の奴隷は、自主的に主人の悪徳を軽減させるため、楽しそうに笑った」

     

     2006年10月2日

     

     山中湖に行って、演奏し、日帰りで帰宅しました。雨で非常に寒く、ワタシは踊り狂っているのでホカホカしていたのですが(注*DCPRG/Mt.FUJI CALLING in 山中湖06)、立ちっぱなしのメンバー等は、演奏中にたまらず暖をとりに行く始末(笑)。いつもはクラウドのガキ共の失神の心配をするワタクシですが、本日ばかりは「全員風邪ひいて帰るのではないか。天の定めとはいえ」と心配するような一日でした。

     

     フェスと言えばフードコートで美味しい店を見つけるのが、楽しみの重要な一角を担っていることは言うまでもありません。しかし残念ながらここ最近のワタシの嗅覚(店の前に立って旨いかどうか直観で見定める力)は伊仏料理と和食一般、この数年で鍛えられたアジア料理のみしか働かず、「絶対一番旨い店を見つけたね。俺にはわかる」という確信が得られないまま、なんとなく行列の多い店に並んでしまいます。

     

     本日はトルコ料理店の「豚のバジル炒めライス」とタイ料理店の「チキンカレー(所謂イエローカレー)」をいただきましたが、それは「そこそこ美味しくはあったものの」という程度に留まりました。なんと言っても「この設備と店舗と価格設定だったら、自分のが旨く作れるな」という気持ちが払拭できなかったのは大きいです。

     

     真のグルメは自らは決して料理はしないものですが「自分が作ったほうが旨く作れるな。まったく同じシチュエーションでも」と一瞬でも思ってしまう。というのは、自ら料理するグルメ諸氏にとって一種の構造的な不幸であり、ワタクシも(星付きレストランでさえ)その不幸に日々苛まれておりますけれども、神社の縁日や高速のインターチェンジのように、最初からこれはキッチュやガジェットよ。料理としてマジで評価するのは野暮でっせというハンデが与えられているのならば兎も角、レイブやフェスというのは「ちゃんとフードが旨いんだ」という押し出しがあるだけに、ここはキツいところであります。

     

     フェスにまつわるフードと言えば、インターチェンジでのそれも大変重要でして、今回、面白がってツアーバス借りて全員で移動したのですが、今後インターチェンジというものが、猪瀬直樹先生の尽力によって市場競争という熾烈な激戦状態に参入することは間違いなく、そうした前夜に起こりがちなマヌケな物件と言えばそれっきりなのですが、本日ちょい寄りしたインターチェンジにモスバーガーがどかーんと竚立しているのを発見した際には、キッチュやガジェットをノスタルジーとセットにして大いに嗜むのだという勢力から大ブーイング大会が起こりました。

     

     「インチキなアメリカンドッグはどこに行った!」「味のしないオデンが喰いたい!」「座って喰うのに立ち食いより不味い、あの意味不明のうどんを出せ!」「モスなんかうちから歩いて3分のとこにあるからほぼ毎日行ってんだよ!!」「もういいやそれだったら海鮮かきあげライスバーガー5個!!」といった阿鼻叫喚のなか、一瞬ワタシが妄想したことは「それならばいっそのこと、アメリカのトレーラーハウスみたいな、キッチン付きのワンボックス・カーを開発すれば良いのに」ということでした。そしたらワタシは全員の注文を聞き、ツアーはワタシの料理付きでないと行かない。というメンバーが続出すること間違いなし。神社のお祭りや高校の文化祭にまでモスバーガーが出店するようになったら、いくらワタシが偉大なる統率力を誇るリーダーだとしても、インチキなアメリカンドッグだの、味気ないうどんを求めるメンバーの暴動は止められないでしょう。猪瀬先生の統率力に期待します。

     

     

     

     *    *     *     *      *

     

     

     

     06年の記述ですから既に6年も前になります。基本的に、執筆時にインターネットの検索を使わないので、曖昧な記憶という、ある種の甘やかさを頼りに今回も過去を想起するわけですが、この――「非常に牧歌的だった」とするのにやぶさかでない――06年当時、猪瀬先生のインターチェンジ改革(道路公団民営化による、市場競争の開始)などと並び、世間を騒がせていた、田中康夫先生の脱ダムだのなんだかんだの、みーんなひっくるめた「結局どうなったんだよ、あの事やこの事」の山を懐かしく思い出すだに、自分が心理的にどうなるかと言うと、何とびっくりとても癒されるという(笑)、最近の、SNS等によって国政への批判をガチで行う怒れる若者等から見たら、真っ先に糾弾され、殲滅されるべきバブル世代の救いがたいバカさ加減を誇らしく、胸を張って高らかに謳い上げることに些かな躊躇もない私でありますが、「55年体制の終わり(忘れもしない09年)」という、思い出すだにゲラゲラ笑うしかない(当時から私は、あんなもん何の意味もないと思っていましたし、今も思っています。諧謔でもなんでもなく、国民が国政を本当に変えられたら、総ての神はびっくりして地上に落下してくるでしょう。SNSなんてアナタ、餌も餌でして「インターネットの呼びかけで集まったデモ」が世界を変えることは原理的にあり得ません。スマホ片手にデモに向かう彼らにかける言葉は、私のバカ頭をしぼっても「全員が一斉に自分のスマホを踏みつぶしてみせたら国会議員も少しはたじろぐかも」ぐらいしか浮かびません)あの騒ぎの更に3年前、既にフェスの飯は不味く、インターチェンジの飯は旨くなりはじめていたのだなあ。というのが今回の感慨です。

     

     ご存知のとおり、あれから幾星霜「フェスに於けるフード」は、その二つ(そこに行くまでに喰うものと、そこで喰うもの)とも大分変わりました。今やインターチェンジの充実ぶりは、フードのみならずあらゆるサーヴィス同様、目を見張るものがあり、一方、フェスのフードというものは、堕落し切ったとまでは言わないものの、一部の好事家(フェスを完璧で重要なイベントだとしている、極右フェス愛の人々)の皆様にのみ価値が存在する食い物になっている気がします。

     

     文化論や歴史観はめんどくさいですから全部ふっとばしますが(<*追記と宣伝>とはいえ私は「ユリイカ」誌の「B級グルメ特集」に、6000文字に及ぶ寄稿をさせていただきまして、我が国に於ける「洋食」「カフェ飯」「コンビニ食(ちょっと前「ちょい乗せ」と言われていたやつ)」の関係について、「C級グルメ」という虚数概念の提示を基に、かなり丁寧で熱烈な考察を展開しているのですが、どうやら特集の主眼はラーメンやカレーやとんかつを楽しく論じるものだったらしく・笑・ものすごい寒い仕事をしてしまったと反省しきりです。この話に御興味ある方は、是非バックナンバーをあたってください)、私は「フェスのフードが旨い」とするコンセプトは、実際に旨いかどうかとは別に、最初から何か危なっかしいなと思っていました。

     

     というわけで、以下、猪瀬先生の偉業(私は、冷凍麺の発達によって「のびきった不味いうどん」という存在が地上から消えうせたという歴史的事実さえも、猪瀬先生のおかげなので、次の都知事は是非猪瀬先生になっていただきたいと思っている、中世の農民のような情報貧者です)のほうは泣く泣くカットさせていただき、「フェス」に対する、私が見つけた構造的な問題に批判を加えようと思います。

     

     

         *      *       *       *

     
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