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菊地成孔さん のコメント

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菊地成孔
>>1

 お買い上げいただきありがとうございます! 「小早川家の秋」はなかなかにスンバラシイですよね!「女優を綺麗に撮る」というのは、監督とキャメラと照明だけではなく、床山やメイク、衣装部も大きく関わってくると思いますし、年間、多いと四本撮りだった東宝の「社長シリーズ」は、むしろそっちの芳醇な実力を感じます。とはいえ新珠三千代も司葉子も、プログラムピクチュアの時の違う「文芸作に出るんだ」という余所行き感がすごくて、川島雄三が撮る新珠三千代や、黒澤が撮る司葉子も、女優の覇気が違うんで笑、綺麗っぷりがハンパないですね笑。

 ジョジョメイヤーとBIGYUKIは良いラインんアップですね笑、ライブが復活するかどうか、僕はフジロックに全てがかかっていると思いますが、とにかく今、ライブは、「お客様が拘束状態にいる」ことは確かで、これが全開放される時、が復興だと思いますが、復興する前に、現在の熱量が平熱になっているのではないかな、とも思います笑、よきライブライフを!
No.2
33ヶ月前
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 「東京の合唱」は、1931年にキネマ旬報のランキング3位になり、小津のブレイクスルー作品となった名作だけれども、のちに完成する小津の、半熟状態のような映画だ。単純に、欧米文化への伸び伸びした素振りがあり、後に結晶化される、純日本製、純東京性=小津という図式が固まりきっていない。カメラはルビッチのように、ウォルシュのように動き、ハイアングルも、ドリーによる移動もある(小津が完成すると、なくなる)。状況も極端だった。なにせ1931年、世界大恐慌の翌年であり、関東大震災の9年後である。    僕はエノケンのファンで、観れる限りは観ているけれども、 PCL 映画を観ていてつくづく思うのは、太平洋戦争の敗北によってイマジネーションとその表現が、受動的にも、また能動的にも制限されていたのが戦後社会で、今は戦前社会なので、また PCL みたいな感じになっているという実感である。    アニメのイマジネーション
ビュロ菊だより
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