• このエントリーをはてなブックマークに追加

菊地成孔さん のコメント

userPhoto
菊地成孔
>>8

あけましておめでとうござます!どこまでも堕ちて、老いさばらえて、何年も何年もループのような変わらない日常を送っても、フレッシュでいることは可能です。僕はこのことを、入院中に学んだし、まだ大久保にゲトーめいた地区があった頃、ホームレスの人々から教わりました。また、どんなに目まぐるしく、ジェットコースターのような日々が、フレッシュさを失わせてしまうこともあります。福音は自分の腹次第で簡単に手に入ります。不屈であることに、超人的な体力とかはいりません。今年もよろしくお願いします!
No.21
24ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
 今年のクリスマスの夜、僕と山下洋輔は、ステージで一言も言葉を交わさなかったし、目線さえ一度も合わせなかった。その方が音がよく聞こえるからだ。そして今年のクリスマスイヴの夜は、いつものように大友とリミッターを外し(彼は自分からは決して外さないので、僕が外すのを毎年待っている)、大いに語り合った。しかし、演奏が始まれば、言葉も視線も交わさなくなってしまう。    大友良英とも山下洋輔とも、実の所したことは同じだ。それは調性という堅牢な社会と、無調という危険極まりないゾーンとを往復することで、要するにボーダーラインを跨ぎ続ける。小学生の頃に、休み時間女子がスカートをたごめてゴム跳びに興じていた。あのステップが音楽には必要だ。ある意味、ボクシングのフットワークと同等に。    ゴム跳びもボクシングもそうなのだが、開始し、ゲームに参加したら抜けられない(休憩はある)スキルは個人的に成長したり停滞したり、落ちたりするものだが、「1年ぶりに会った。その、今日のスキル」は、ゲームが始まらないとわからない。  
ビュロ菊だより
「ポップ・アナリーゼ」の公開授業(動画)、エッセイ(グルメと映画)、日記「菊地成孔の一週間」など、さまざまなコンテンツがアップロードされる「ビュロ菊だより」は、不定期更新です。