菊地成孔「料理店の寝椅子──彼女たちとの普通の会話」3-2 ソプラノ歌手菊地成孔の林正子さんと

 


 


■日本酒でデギュスタシオン


 


給仕 ヒラマサとヒラメの造りになります。今日は店内が騒がしくてすみません。(臨席の団体様は)もう少しでお帰りになられるかと思うのですが……。


 


菊地 景気が良くて結構な話ですよ(笑)。ぜんぜん大丈夫です。造りに合わせて、玉川のVINTAGE(*菊地注 実際にこういう名前なんです)でもいこうかな……。


 


給仕 睡龍の純米酒も超オススメです。


 


菊地 おお、では睡龍をお願いします。


 


給仕 かしこましました。


 


林 ここは料理のお皿に合わせてお酒を変えるスタイルですか。和食屋さんでは珍しいですね。


 


菊地 ええ、まあ、この人数で1合づつだったら、いわゆるデギュスタシオンになりますね。っていうか、一皿で1合ずつ消化するように飲んでるんですよ、われわれが無意識のウチに(笑)。


 


林 フランスの自宅の傍にあるレストランもそうなんですけど、デギュスタシオン形式はイタリアに多いですよね。トリノを見下ろす丘の村に泊まったとき、村にはレストランが1軒しかなくて、予約の手配をしてくれたホテルの人が忠告するんです。「店に着いたらテーブルの上に山ほど野菜が載っているが、半分しか食べるな。あとは行けばわかる」って。


 


菊地 押しの強い店ですね(笑)。


 


林 客は全員19時半に集められて、メニューはありません。で、ワインも料理もわんこそば状態で、お店のオススメが延々と出てくるんです。3時間ずーっと前菜が続いて、プリモピアットが22時半。それも4種類のパスタが出てきました。途中で、やめたいって言ったんですけど、ダメだって。


 


菊地 ダメだって言われるんですか(笑)。ラテン系の人がとにかく食べるというのは話に聞きますが、まわりの人はどのくらいついていっているのでしょうか。


 


林 これが、まったく余裕でついていくんです。私はメインを半量にしてもらったりして、なんとか終わったのが午前2時。その夜は満腹で眠れませんでした。


 


菊地 アジア人だからついていけないんでしょうかね。


 


林 いえ、うちの旦那(フランス人)もついていけてませんでした。おそらく、イタリア人の胃袋がすごいんです。ただ、お店自体はエル・ブリにも匹敵する味でしたから、菊地さんもぜひ(笑)。私が生まれてはじめて「あと何皿出てきますか」と弱音を吐いたのがエル・ブリでした。


 


菊地 エル・ブリは1皿が少ないじゃありませんか。スプーンにひとくちとか。


 


林 でも2030も出てくるでしょう。うんざりですよ(笑)。


 


給仕 睡龍をお持ちしました。


 


林 あら、きれいな色ですね。


 


菊地 ヴァン・ジョーヌ(黄ワイン)みたいですよね。前回の対談で出てきたウンブリアの白も黄色っぽかったし、この対談、書籍化するんだったら「(黄色い)酒と(黄色い)薔薇の(黄色い)日々」にしたらどうですかね。ダメか(笑)。いただきましょう。