弱いなら弱いままで。
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> 繰り返しますが、だからあなたはマシなほうなのだ、といっているのではありません。そうではなく、ひとの幸不幸なんて簡単に比較することはできないはずだ、といいたいのです。
> 人間が生きるということは社会のカーストでランクを上げていくということじゃない。そんな貧しいくだらないものではありえない。
まさにおっしゃる通りです。
実はネット上に「女性は弱者だ」「それはカーストの下だからだ」と言って憚らない人がいるのですが、その人物にガツンとおっしゃってはいただけませんか?
……などと皮肉るのは逆効果でしょうか。
しかしあなたは「聖なる弱者」を既に特権化しておきながら、一方で別な特定の存在に対しては、今回のようなソータイシュギを説く。
やっぱりそういうのって矛盾していないでしょうか。
ぼくは以前、今回言及されたあなたの記事、「ほんとうはリア充なオタクたち」のレビューめいた記事を書きました。すると、大変なコメント数がつき、一時期は人気トップ記事になってしまいました。
そのコメントがほとんど、非常に感情的かつヒステリックな「俺たちオタクは不幸じゃない、わかったようなことを言うな!」というもの。言わばあなたの記事に対するリアクションと、その筆致はまるきり同じだが、主旨としては正反対のものでした。
これって危険だと思いませんか?
「俺って不幸だ不幸だ!」が全面的に素晴らしいわけでもないけれども「俺は不幸じゃない不幸じゃない!」の方がより危険だと、ぼくは思います。
察するにその人たちはろくすっぽ、記事を読んでもいないのですが、とにかくぼくの記事がウエメセでオタクをバカにするもののように見えたようです。
が、その中の比較的冷静な人と話すと、やはり「バカにされているようでカッとなり、乱暴なことを書いてしまった」と漏らしてくれました。
今まで男というものは弱音を吐くことを許されず、あなたのおっしゃるような「正論」にずっと感情を抑圧されてきたのです。
そこにあるのは「不幸を認めてなるか、哀れまれてなるか、何となればラノベの主人公でないぼくには、どこからも助けの手を差し伸べる者、愛してくれる者などいないのだから。」という直感です(そして残念ながら、その直感は正しい)。
そしてこれはいささか先走った想像だけれども、彼らもまた一方では「リア充爆発しろ!」とも言っているのではないか。
今回の記事を拝見して、ぼくは『吼えろペン』の流れ星超一郎のセリフを想起しました。
「あいつら(読者)は俺たちの先を行っているよ」と。
不幸な自分が好きな人っていますよね
それが楽しいうちは好きなだけやったらやったらいいと思うんですけど
あきたらちゃんとやめないとだめですよね
](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51qbBRr0WDL.jpg)
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