弱いなら弱いままで。
その日、昭和二十八年八月十五日。ただひとつの声が、日本中を凍りつかせた。ただひとりの神の、ただひとたびの演説。玉音放送。のちに終戦記念日と呼ばれるこの日、日本は遂に敗戦し、人びとは廃墟と化した世界に崩れ落ち、声も挙げずに泣き伏したのだった。物語は、そこから始まる。
死の静寂に包まれた世界で、しかしいつもと変わらず澄んだ空から、大量の夾竹桃が投げ落とされたのだった。青い空から灰色の地上へと降りそそぐ、血のように赤い花々。その枝には仏蘭西語で書かれた免罪符が結び付けられていた。夾竹桃には、毒がある。長い長い戦争を生き抜いた何人かのひとが、この花のために命を落とすことになった。
いったい、だれが、何のために、こんな真似をしたのか? この、あまりにも美しく魅力的な「謎」から、戦中戦後をつらぬく壮大な悲劇は幕をあける。
そういうわけで、はい、傑作です。綾辻行人は「天才連城にして描き得た、美しくも壮大な逆転劇」と称したが、まさに天才の仕事としかいいようがない。わかってはいたけれど、どこまで万能なら気が済むんですか、あなたは。
終戦の日に空から降りそそぐ夾竹桃という、ある種マジックリアリズム的なイメージから始まった物語は、大陸から帰還した男女をめぐる情痴殺人へとつながり、そして最後には有栖川有栖いうところの「あまりにも巨きく、絢爛たるトリック」へいたる。
そのあいだ、わずか200ページたらず。しかし、その想像力の射程は、たぶん推理小説史上でも屈指のものだと思う。凡百の大長編は、この200ページを前にして霞む。
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