が、自分は、昔からこの伝説に、より深い意味がありはしないかと思つてゐる。何故と云へば、悪魔は、牛商人の肉体と霊魂とを、自分のものにする事は出来なかつたが、その代に、煙草は、洽く日本全国に、普及させる事が出来た。して見ると牛商人の救抜が、一面堕落を伴つてゐるやうに、悪魔の失敗も、一面成功を伴つてゐはしないだらうか。悪魔は、ころんでも、ただは起きない。誘惑に勝つたと思ふ時にも、人間は存外、負けてゐる事がありはしないだらうか。
奥仲 禁煙しようという方は、やっぱり自分の健康に危機感を持っておられるんだと思うんです。最近では、吉田拓郎さんや柴田恭平さん、忌野清志郎さんとか、喫煙歴の長い芸能人の方のがん告白が話題になっていますが、そういう話を聞いても、太田さんは、これはまずい、やめようかなという気にはならないですか。
太田 ならないですね。だって、僕らRCサクセションを聞いていた世代ですけど、忌野清志郎はタバコを吸っている方がずっと魅力的ですよ。今はやめているのかもしれませんけど。
太田 僕が言いたいのは、がんになっちゃいけないんですかという話なんです。だって、がんになった人の感動的なドラマがいっぱいあるわけで、僕自身は、がんがなきゃつまんないだろうとすら思うんですよ。極論すれば、人間、死ななくなったら面白くねえよってことです。たとえば、今は肺結核は不治の病ではなくなったけれど、昔の文士とか、結核が死に至る病だったからこそ生まれた文学というのもいっぱいあるじゃないですか。そういうことは、どう考えるのかと僕は言いたいんですよ。果たして長生きすることが、そんなにいいことなのかと。
――身分があれば身分によって、思想があれば思想によって、宗教があれば宗教によって、国家があれば国家によって、人は自らを囲い、他を蔑(なみ)し排撃する。そのように思えてなりません。
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この理論を少し借りると「タバコのないスリルのある生活」を選択した人間にタバコの煙を押し付ける。それ自身が物理的なファシズムではないのか?
巷に溢れる喫煙者の煙をそれぞれの喫煙者が「自分のリスク」としてきちんと管理しコントロールできているのか?そんなことができるようになってからでないとその「喫煙のリスクを楽しむ」なんてことはできない。
なぜ禁煙論が「健康論」になっているかというと喫煙者自身に訴えかけることで喫煙者を減らすことができるからだ。その理論はあくまで喫煙者に呼びかけ喫煙者を減らすためのもの。非喫煙者の意見は「煙が有害で煩わしいからやめてほしい」というだけの話。
だから要約すると無人島でタバコを何箱もあけようがどうぞご勝手に、ただ自分で煙などの管理はしてこちらにもちこまないでください、ということ。
>>29
これは同意
ネットだからって分煙してる人が見てるかもしれない所で喫煙者批判する嫌煙者さんも分煙してない方と同列だってことを認識してほしいわ
12番のような人がたくさんいるなら世の中はもっと平和なんだろうね
経験上、愛煙家というのは吸いたくなったら我慢することが出来ない。
喫煙者と非喫煙者が同席する打ち合わせの場などでは、喫煙者の「煙草吸いたい」で中座することが頻繁にある。
こういった事実を日常で目にしているからこそ『愛煙家は自らリスクを~』という文言には同意できない。
非喫煙者にとって喫煙者はやはり煙草の奴隷にしか見えないというのが現実。
喫煙者は煙草を吸いたいと全く思うことがない人間がいるということをもっと重く受け止めるべき。
コメントで議論する前に本を買って記事を踏まえて読んでみよう、って思わないのかな?今コメントでやってる事は自分の意見を主張するだけのまさに安易な反発だと思うけど…
ということで今から買ってこようと思います。これってこの記事から買った方がいいのかな?
自分なりにこれを相対化してみたいのですが、やはりそれぞれの立場で意見が噴出して、タバコ論争同様になりそうなのでやめます。
単純な感想でいえば、絵で見る喫煙者と実害はギャップが大きすぎるということですね。意識の乖離はまさに不毛なほど激しくなります。
結局完全なる分煙と、臭いに関しては消臭剤やら着替えるなど現実的な方策があるので、政策にしろ個々人での努力にしろ身につくのが当たり前になって欲しいです。
臭いについては、自分も体臭がきついのでそれくらいはプライドとしてやっていますが。
反喫煙運動の根本はまさに情緒的に不愉快だという思いであり、
権利の問題であって健康云々は反喫煙側の武器の1つに過ぎない
そこだけにとらわれてる時点で海燕ちゃんも視野が狭い
自分は筆者と違い、喫煙していた時期がありました。
19歳の夏から17年間吸い続け、36歳で止めました。
ですから、煙草の魅力も正体もわかります。
煙草の魅力なんて、煙草を止めた魅力に比べたら屁のような物でした。
これは、喫煙経験がない人よりも素晴らしい体験かもしれません(笑)
ただし、こればっかりは喫煙習慣を止めないかぎり体験できません。
頭の回転が速い人ほど、素晴らしい屁理屈を生み出してしまう、ある意味才能のせいで煙草を手放せないのですね...
私はアホで幸せだったかもしれません。
現在47歳、お陰様で健康に家族と暮らしています。
煙草を止めたあの日から「吸わないメリット」がずっと、ずっと増え続けています。
健康に関しては論点が異なるとは思うが
「けむりが出る装置」をそのけむりを吸いたくない人にまで広げていいという根拠の
提示が難しい。
私は喫煙者だけど、多くの人が煙草を嫌うのは「臭いから」だと思う。
私の友人も嫌煙家が多いんだけど(煙草以外の所で気が合うので今でも仲良くやっている)彼女達が嫌っているのは喫煙による健康へのリスクではなく喫煙者が纏う煙の匂いなんだ。
特に敏感な子は体調まで悪くしてしまう。
なので私も彼女達に会う時は細心の注意を払うように心掛けている。
必要なのは全面禁煙じゃなくて徹底した分煙と喫煙者側の配慮なんじゃないかな。