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海燕さん のコメント

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海燕
 コメントありがとうございます。

>これは大きな武器ではないでしょうか。海燕さんならば、この武器で今後も生きていけると信じています。

 ぼくもそうしたいと思いますが、というかそれ以外道はないのですが、現実的に何とかなるかというと、どうかな? まあ、なるべく努力しますし、何をしても生きていくことくらいはできるでしょうが。まあ、はい、頑張ります。

>ブログを1000本書いている人が、自分は空っぽなどと思っているとは信じがたい。

 信じがたいといわれても、事実ですからね。たしかにまあ、1000本記事は書きましたけれど、それと自己存在の空虚さとはぼくのなかではまた別ですね。ぼくなどより遥かに著名なブロガーのfinalventさんも、自分の人生は空っぽだと認識しているそうですよ。

http://diamond.jp/articles/-/32827

 いくら空っぽでも、文章を書くことはできるんですよ。ぼくの場合、何かを創造しているわけではなく、ただ既存の作品に脚注を付けているに過ぎないのですからなおさらです。しかし、まあ、そういう意味では、何かを消化して言葉を吐き出すフィルターとしての「自分」はたしかにありますね。

>非モテかどうかさえ怪しいものです。

 いやまあ、たしかに女性に交際を申し込んで断られた経験がそう何度もあるわけではありませんが、申し込んでも何も得られない上に心が傷つく羽目になるという確信がぼくにはあるんですよ。ぼくみたいな生き物を好きになってくれるひとなんて、いるわけがないと。傷つくのは怖いので、消極的に生きているのです。

 もちろん、ひょっとしたら、その認識は間違えているのかもしれません。必死にがんばれば解決する問題なのかも。でも、そこからの一歩を踏み出す勇気がないんですよね。ようは勇気がないんでしょ、ではありませんが……。

 実際のところ、桜木花道みたいに何十人もの異性に声をかけてそのたびに断られているなんて非モテはほとんどいないんじゃないかなあ。大半の非モテはぼく同様、ただ自意識をこじらせて、ひとりよがりに苦しんでいるんだと思いますよ。

>海燕さんは数百人の読者を持つ文筆家なのだから、結婚相談所にでも登録すればすぐに縁談が舞い込むことでしょう。

 いや、普通に無理でしょう。「数百人の読者を持つ文筆家なんて素敵! ぜひ結婚したい!」なんていいだす女性はちょっと想像できません。ましてこのブログの内容じゃね。

>海燕さんの知性、文才。これらのタレントを以ってすれば、「人に必要とされる」仕事に就くことなど他愛もないことでしょう。

 いや、全然他愛もないことじゃないですが……。どうやったらそんなことができるのか見当がつきません。仮にぼくに知性や文才なるものがあるとして、いまのところ、それをうまくお金に変える手段は思いつきませんね。

 たしかに将来的にはどうにかなるかもしれませんが、だからといって、いまのぼくが、自分に自信を持てないということには変わりはありません。当然、ぼくよりさらにずっときつい環境にいる人もいるでしょうが、ぼくはもともと精神の骨格が脆弱なので辛いものは辛いのです。

 それでも、気分が良いときは「なんくるないさー」と考えますが、周期があって、落ち込む時は海より深く落ち込みます(ブログの更新を長く休んでいるのはだいたいそういう時です)。まあ、性格としかいいようがないですね。そうご理解ください。
No.4
124ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
 すっかり秋になりましたね。ぼくはようやくワードローブから長袖の服を取り出して着ています。この季節は体調を崩しやすいので注意が必要です。  今週の『3月のライオン』が爆笑の超展開を迎えていて、その話をしたいのですが、さすがにネタバレなので自粛します。いやー、おじさん、びっくりしちゃったわー。いったい何がどうしてこうなった。うーむ。  ちなみに『ベルセルク』がそれに輪をかけた素晴らしさだったので、今週の『アニマル』には満足です。展開はなかなか進まないけれど、やっぱりこれ、凄い漫画ですね。  さてさて、きょうは特に語ることもないので、自分語りをさせてもらおうと思います。どこから話したらいいものか。  そう、ぼくは長い間、自分は「他人の人生」を覗き見ることが好きで、それに特化した人間だと思って来ました。小説でも漫画でも映画でもいいのですが、他人の人生を垣間見てそこに共感することのほうが自分の人生を生きることよりも優先順位が高いタイプの人格なのだと。  じっさい、いままではひたすら本を読んでいればそれで幸せになれたのですよ。しかし、三十代半ばにして、それも行き詰まりました。いくら本を読んでいても、それだけではいまひとつ楽しくなくなって来たのです。  この世には無数の物語があり、数えきれないほどの娯楽作品が存在しているのに、それらを順に消化しているだけでは物足りない自分に気づいた。  それならどうすればいいのかと七転八倒して考えた結果、結局は「自分の物語」をアップデートしなければならないという結論に至りました。  つまり、自分の人生という物語の主役となって、自分の人生を充実させなければならないんだと。それまで放置していた自分の物語を充実させないことには、もうどこにも行けない、他人の物語を楽しむこともできない、そう悟ったわけです。  しかし、いざ、自分の人生を生きようと考えると、自分が何も持っていないことに愕然とさせられます。学歴もない、キャリアもない、結婚もしていない、恋人もいない、収入も少ない、容姿にも人格にも自信がない。通常、自尊心の根拠となるものが何ひとつないんですね。  つまり、ぼくは空っぽの人形でしかなく、何の「根拠」も持っていないだという事実と向き合わなければならなくなったのです。  幸いというか、それでも趣味はあり、友達はたくさんいるので、「これでもまだマシ」なのかもしれませんが、それにしても30年以上も何をして生きて来たのかと呆然としてしまいます。  つくづく思いました。この「自分の空っぽさ、何も持っていなさ」に直面することから逃げ、ひとを攻撃し、排斥し、侮辱し、安い優越感にひたってむなしさをごまかすことを覚えた人間が、「非モテの暗黒面」に堕ちていくんだろうなあ、と。 
弱いなら弱いままで。
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