「神去村の住人は、「なあなあ」「なあなあ」って言いながら、山と川と水に包まれて毎日を過ごしている」
横浜育ちの主人公・平野勇気が、神去なあなあ日常(徳間文庫)山に囲まれた100人ほどの集落で1年間、山仕事を手伝いながら過ごす。小説『神去(かむさり)なあなあ日常』(著・三浦しをん)の集落の住人の大半は60歳以上、生活用品を売っている店は一軒だけ。郵便局も学校もない「不便を絵に描いたような場所」を舞台に、いきいきと暮らす山人の日常が描かれている。

読書記録シェアサービス「読書メーター」の感想をみてみると、「身近なように感じるものの、よくよく考えると有り得ない世界でのお話」「高校を卒業したばかりの若者が、田舎の林業の重労働にこんなにすんなり入り込めるはずはないだろう」という感想が並ぶ。山間部に馴染みのない人には、中山間地の暮らしは非現実的で「ファンタジー」のように映るようだ。

小説の舞台のような、傾斜地が多く平坦な地が少ない「中山間地域」には、現在約1400万人、日本の全人口の約12%が暮らしている。その中山間地域で、今、どうやって暮らしをつくっていくかが大きな課題になっている。そこで注目されているのが小説にも取り上げられている林業だ。

林業といえば、「衰退」「斜陽」という枕詞が長年つきまとう。
「日本の林業に未来はないといわれていますが、新しい動きが全国の現場で起こっています」というのは、農文協編集次長でジャーナリストの甲斐良治(かい・りょうじ)さんだ。

甲斐さんが注目するのは、全国の中山間地域で展開されている「自伐林業」という林業だ。自分の山を自分で整備し管理する林業で、その特徴は、小さな規模、少ない投資から始められるところだ。

農文協が毎月発行する『現代農業』(2012年8月号)の特集で取り上げられたのは、高知の山で自伐林業に取り組み暮らす林家たち。山に作業するための道を作り、木を一本一本丁寧に伐り倒して運び出す。バスケットコート(28m×15m)5枚ほど、0.2ヘクタールの面積から始めて10年、今では借金もせず3人の仕事を生み出した林家や、林業以外の山菜採りや木工品づくりなどの仕事を次々と生み出す林家が紹介されている。もちろん十分に生計を立てている。実際にTHE JOURNAL編集部が現場に行ってみると、『神去なあなあ日常』の主人公と同じ年頃の若者や、女性(「林業女子」なんて言葉も)も活動していて、小説以上に賑やかな風景が広がってる(後日記事アップの予定)。

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もともと土佐あか牛の放牧をしていた安藤忠広さん(62歳・中央)と研修生の2人。安藤さんは現在15戸の組合員を組織して集落80ヘクタールの管理をする

地域の暮らしと逆行する国の政策「森林・林業再生プラン」

小さくても始められる自伐林業だったが、ここ数年の国の政策によって大きな曲がり角にぶつかっている。

「担い手の実態を踏まえないまま制度設計されてしまった」

九州大学大学院の佐藤宣子(さとう・のりこ)教授は、2009年に成立した「森林・林業再生プラン」を痛烈に批判する。このプランは「現在の木材自給率を50%に」と、当時の菅政権が成長戦略の一貫でつくったものだ。

森林・林業再生プランでは、これまで30ヘクタールだった林業支援の面積規定を広げ、森林所有者のわずか3パーセントにあたる100ヘクタール(東京ドーム21個分)以上の山林所有者に対象をしぼった(詳細記事は別記事)。

「今は林業経営体に達してない小さな家族経営体が活躍しているのに、それを議論せずきプランが策定された」と佐藤教授はいう。

 佐藤教授によると、自伐林業をするような家族を中心とした小さな経営体(家族農林業経営体)は全国に1万2666戸あり、国内で生産する素材約1,500万m3のうち、彼らが3割を生産しているという「国は100ヘクタールという根拠のない数字で一律に線引きをして、小規模林家を切り捨てた」と佐藤教授。

「一次産業は非効率的」「土地を集約化してコストを削れ」TPPを含め、農山漁村に向けられる目線は、常に効率や規模のモノサシで攻撃され続けている。国の政策は、地方軽視、切り捨ての力が強まっている。1400万人の中山間地域住民の暮らしはどうなるのか、自伐林業に希望はあるのか、いったい中山間地域の現場でなにが起こっているのか─現場を見ながら検証していく。(撮影•文:THE JOURNAL編集部 上垣喜寛)

【関連映像】自伐林業推進フォーラム「本当の森林・林業再生を考える」


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