国の食料自給率は、需要に対して国内生産で賄うことのできる割合のことで(自給率= 国内生産量÷国内仕向量×100)で算出される。数多くの食材を品目別に表示するのは不都合なため価値を統一して計算する。一般に使用されているのが「カロリーベース」と「金額ベース」である。
40%と公表されているのはカロリーベースの自給率だ。ところがこれも必ずしも実態を示すとはいい難い面がある。日本の農業は穀物(主に飼料主体) を輸入して単価の高い果実や野菜類に特化しているため、サクランボ、イチゴ、ミニトマト等をいくら生産しても自給率には寄与しない。そのために日本農業の 実力を過小評価しているとの批判から金額ベースの自給率も同時に示されることになった。これは(国内消費仕向額÷食料の国内生産額)で算出され平成20年度は65%となっている。
しかし、これも誤解を招きやすい。カロリーベースで40%なのに金額ベースでは65%というのはいかにも日本の消費者が不当に高いものを買わされている印象を与えるからだ。ひとくちに自給率といっても一筋縄ではいかない。が、ともかくカロリーベースでは昭和40年の73%から50年には54%へ、そ して現在40%。国民の6割が外国の食料で生きていることになる。生産農家からいえばその分職場を失った勘定である。
十数年前、アイガモ交流のメンバーにくっついてベトナムへ行った。当時のベトナムの食料自給率は70%と公表されていた。ところが南のメコンデルタを除けばきわめて零細で1農家あたり20アール、30アールの規模なのだ。米の2期作でかろうじて食いつないでいる状態だった。それでも国民の7割が農民なら自給率は70%になる。
次にジャーナリストの大野和興さんに誘われて北朝鮮へ行った。「ちょっと国に残ってください」といわれるのが怖くて写真もメモも一切とらなかった。少し馴れてきたころ偉い人との会見があったので思い切って「共和国の食料自給率はいかほどですか?」と質問してみた。相手は笑って答えなかったがそばにいた通訳兼工作員が 「100%に決まっているじゃありませんか」という。「へぇーそうなんですか」と言ったら「そうですよ。外国からは一切入ってきていないんだからすべて国内産ですよ」「なるほど。100%では餓死者が出るんですね」「そうです」
食料自給率が高いことがかならずしも国民の豊かさや幸せを意味するものでないことは事実だ。
日本では国内農産物の値段が高く、その分消費者の家計負担が重く、食品加工業などの国際競争力の桎梏(しっこく)になっている等の経済界からの批判が強く、農政は「規模拡大」「コスト低減」「国際競争力の強化」の路線を推進してきた。周知のように日本は国土の7割近くが山で耕地は13%しかない。いかに無謀な政策であるかは小学生にもわかる道理だ。農業、農村の現状はその結果である。
たとえば1ヘクタールの水田を耕作する農家が100戸あったものを1戸で100ヘクタール耕作したところで自給率が高まるわけがない。99戸の農家が駆逐されるだけだ。
また、「規模拡大」「コスト低減」でもっとも成果をあげたのは採卵鶏をはじめとする畜産でこれらは農業から独立した「畜産業」となっている。飼料の 自給率は24%である。自給率が高いのは酪農だが豚、ニワトリなどはほとんど輸入飼料に頼っており、豚肉の場合国内生産量は50%を維持しているが、国内飼料による生産はわずか5%だ。つまり、食料自給率を向上させようと国内産の豚肉や卵を食べるほど飼料の輸入が増えて逆に自給率が低下するという構造になっている。さらに集中化、大規模化が口蹄疫や鳥インフルエンザの被害を集中させ、対策としては外界との遮断、抗生物質等の多様が必須となり、生産する側も消費する側も文字通り「命がけ」である。
私は以前から「自給率」ではなく「地給率」を提唱してきた。それぞれの地域で足元の地給率を高める方向で農業は考え直すべきだと主張してきた。これはアジアの農村を訪ねる旅で得た教訓でもある。アジアの村々を訪ねての農民同士の交流の中で、彼等がどのような農業を営み地域社会を作れば生き延びられるのか、それを考えることは、とりも直さず日本の百姓の来し方、行く末を考えることでもあったのだ。
アジアの先頭に立って近代化を推進してきたこの国の農政はもはや破局であり、それがひとり農業だけの問題にとどまらないことは誰もが感じていることだろう。やがて市民皆農の時代がくる。
(「アジア農民交流センター」会報(2010年10月号)より本人の許可を得て転載しました)
<8.24山下さん登壇のシンポ放送>
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【プロフィール】 山下惣一(やました・そういち)
1936年佐賀県唐津市生まれ。
農民作家。中学卒業後、家業の農業を継ぐ。
「生活者大学校」教頭、「農民連合九州」共同代表、「アジア農民交流センター」共同代表。1969年「海鳴り」で第13回農民文学賞、1979年「減反神社」で第7回地上文学賞を受賞。著書に『土と日本人』(NHK出版)、『身土不二の探究』『市民皆農』(ともに創森社)ほか。
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