4月27日投票の衆院鹿児島2区補選で、自民党公認の金子万寿夫候補が民主党など野党4党が推す打越明司候補に2万票の差で勝利したのを受けて、安倍晋三首相は「進めてきた政策に一定の評価を頂いたと思う」と胸を張った。しかし、自ら現場に張り付いてこの選挙を戦った民主党の馬淵澄夫選対委員長は「今回の結果は政権の信任を意味しない」と言い切る。まず、選挙戦を通じて自民候補は集団的自衛権など安全保障やTPPなど、直前の日米首脳会談で焦点となっている問題には一切触れず、もっぱら地域経済振興と公共事業拡大ばかりを訴えた。“安倍政治”の評価など初めから争点になっていないのだ。

それどころか安倍は、この選挙に影響が出ることを恐れて、日米共同声明にTPP「大筋合意」の文言を入れることを必死の思いで回避した。裏では、「牛肉関税38・5%から9%以上へ、豚肉は現行4・3%を半減」という密約をオバマに手土産として渡したに違いないのだが、もしこれが表に出れば、豚畜産農家数で全国第1位、肉牛畜産農家数で第2位の鹿児島県では怒りが燃え上がって自民党陣営は選挙にならなくなっただろう。さらに、牛肉・豚肉と並ぶもう1つの聖域であるサトウキビについても仮に密約が交わされていてそれが漏れたとすれば、沖縄県と並ぶ産地である奄美群島を直撃しただろう。

ところで、鹿児島2区は、鹿児島市南部、指宿市、南九州市の一部からなる九州本土側と、遠く離れた奄美群島とを無理やりくっつけた変則的な選挙区である。「投票結果を分析すると、全体では2万票差で負けたものの、九州本土の3市では、逆に、打越氏が金子氏に1万票以上の差をつけて勝利している」(馬淵)。ということは、自民党は奄美出身の金子を立てて、専ら奄美における徳州会基盤の圧倒的強さに頼ってこの勝利を得たわけで、もし投票の2日前の日米共同声明で「大筋合意」の一句が盛り込まれ、マスコミが「その意味はこうだ!」と報じていれば、この勝ちはなかったということになる。

こんな小細工を弄して目先の選挙は乗り切ったものの、いずれウソがばれて、鹿児島県がTPPの主な爆心地の1つとして犠牲になることが分かった時に、安倍はどう言い訳するつもりなのだろうか。▲
(日刊ゲンダイ5月7日付から転載)


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<高野孟(たかの・はじめ)プロフィール>
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊。2002年に早稲田大学客員教授に就任。05年にインターネットニュースサイト《ざ・こもんず》を開設。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。