舟山氏は現農水副大臣・篠原孝(しのはら・たかし)氏をきっかけに政治家となり、1期生ながら政務官として活動してきました。後半の農業提言もぜひご覧下さい。
舟山やすえ氏(前農水省大臣政務官・民主党参院議員)
「米国基軸のTPPよりアジア中心の経済圏を」
─菅首相はAPECで「開国」を叫びました
「我々は遅れてました、もっと国を開きます」と素っ裸で出て行ってしまいました。国際交渉の場は騙し合いです。駆け引きをする前に開国宣言することは戦略的にみて疑問でした。
─マスコミや政府は「農業vs輸出産業」という対立構造でTPP問題をとらえ、農産物にかかる関税を下げて開国せよと言っています
私は昨年11月の参議院本会議(リ ンク:参議院映像)で「農業をとるか、輸出産業をとるかという問題にすり替えてはいけない話です」と菅首相に投げかけました。すると「舟山さんに質問をい ただきましたが、農業はしっかり守ります」と答えられました。私は農業を守ってくれなんてことは一言も言っていません。
TPPは「農業vs輸出産業」「農業保護vs国益」ではありません。各国が独自で持っている規制制度や風習、慣行などがTPPによってどう変わって いくのか、きちんと可能性を分析した上で考えなければなりません。今の日本独自のシステムでは生きていけなくなる、思い切って変えていこうということを問 い、それに対して多くの人が賛同するのであればわかります。
変わるのは農業だけで、しかも農業は競争力がつくんだというような一部の情報だけで判断を迫るのはまったくおかしな話だと思います。
─舟山さんは昨年11月の参議院本会議で「多様性に配慮しながら、各国の経済成長を持続させる」というAPECの理念に触れていました(※1)
APECは首脳会談の他に様々な分野の会合が開かれます。今回のAPECでは初めて農業大臣の会合が開催され、その名も「食料安全保障担当大臣会合」とい うものでした。つまり世界各国で食料の供給が不安定になり、自由にアクセスできない状態であることを示しています。APECというのは自由貿易を進める組 織ですが、そこであえて食料安全保障と言っている意味を真剣に考えなければいけません。
宣言の中では、農業は食を提供する役割以上に国土保全や景観保持など「正の外部性」に寄与し、いわゆる多面的機能があることが確認されました(※2)。
─TPPの議論は唐突に始まった印象がありますが、舟山さんがTPPを初めて聞いたのはいつごろですか
私は9月まで農水大臣政務官でした。一般の方々よりも情報が入りやすい場所にいたはずですが、TPPは知りませんでした。突然TPPが出てきたという印象は私もあります。
─山田農水委員長はインタビューでTPPの情報は催促しても出してくれなかったと言っていました
私が渡されたのは外務、農水、経産、財務の共同資料で、中身は何もありません。具体的にどのような議論が進められているかと聞いても「お答えできません」と言われてきました。
─当初は農業だけでなく24の作業部会があることすら触れられていませんでした。
TPP交渉では24の作業部会が開かれる。赤く塗りつぶした3作業部会のみが関税に関するもの
規制制度、保険、サービス、郵政などがどのように進められるのか、ある程度の枠組みは教えてもらわないと困ります。なんらかの形で妥協を迫られる可能性があります。
輸出産業の競争力をつけるためにTPPに乗ろう言いますが、確かに海外展開できる一部の輸出産業は短期的なメリットがあるかもしれません。しかしその裏には医療制度や郵政が絡んできます。
日本は平等に医療が受けられる国民皆保険制度が整っていますが、その医療制度に対して米国は関心を抱いています。日本は混合診療をすべきではない か、病院に競争原理を働かせて株式会社が病院を持てるようにすべきだ言っています。もし医療制度が変わるようなら、所得水準に関係なく平等に医療を受けら れるかどうかわからなくなるでしょう。
数年前に話題になった郵政民営化は今は売却が凍結されていますけど、「日米貿易フォーラム」では郵政関連の問題が関心事項として上がってきました。
─TPPに参加している国々、及び参加を検討している国々のGDPを比較すると、日米両国でTPP諸国のGDP合計の約9割を占めます。今後の方向性は日米基軸に転換するように見えますが舟山さんはどうお考えですか
アジア太平洋地域の国々をぐるりと囲む「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)」の構想があります。「新成長戦略」を出した去年6月の段階ではどういうステップを踏んでいくか模索していました。当初はASEANプラス3、またはASEANプラス6を進めていく方向性で、実際に東アジア米備蓄構想も進めていました。
私は日本が目指すべき方向性は米国中心のTPPでなく、鳩山前首相が明確に言っていたアジアだと思います。世界の成長センターとして注目されているアジアとどう向き合うか、アジアの発展をどのようにリードするのかにこそ神経を注ぐべきと思います。
日本は中国や韓国を含めたASEAN諸国など同じような土地・気候・風土条件を持った国々と連携し、アメリカとEUの両基軸に向き合うのが今後の生きる道だと思っています。
<"価格の裏にある価値"が農業の鍵を握る>
─TPPでは必ずセットになって「強い農業はどのように実現するか」が議論されてきました
世界の農業政策の潮流は価格支持から所得補償へという流れです。あれだけ広大な面積で効率的な農業を展開している米国でさえ、相当程度の財政出動を して所得補償しています。場合によっては輸出補助金をつけています。農業に対して財政支援をして農家の生活を守って生産を維持しています。
─生産者の生活さえ守れば輸入関税ゼロにしてもいいという意見は
机上の空論です。それぞれの国の経済的、歴史的、社会的背景の中で品目ごとに自主的に選択して貿易を進めることは当たり前です。米国でさえ砂糖に高 関税をかけたり、乳製品については2国間協定を結ぶ豪州に対して不利だということで除外品目にしています。今は国内の所得補償を進めていますが、それと関 税を大幅に下げて自由化を進めるというのは違う議論だと思います。
─山田前農水相は戸別所得補償と関税ゼロはセットではないと言っています
戸別所得補償制度はもともとWTOの貿易ルールを前提として制度づくりを進めてきました。コメは778%と高関税率ですが、価格低迷の中で所得が上がら ず、平均すれば赤字経営という状況です。赤字状況を何らかの形で解決しなければ再生産は不可能です。赤字であれば産業としては続きません。そのような産業 には当然人も来ないし、担い手も育ちません。戸別所得補償制度は欧米並みの補償の形をまずつくり再生産できる仕組みにしようというもので、自由化を進める 上でのセーフティーネットではありません。
─競争力をつければ農業は強くなるという意見があります
逆でしょう。農業産出額に対する財政負担の割合は世界でも圧倒的に少ないです。米国は65%、ドイツ62%、フランス44%、日本は27%です。総 所得に対する財政負担、つまり戸別所得補償のような直接支払いの割合でみても日本は約15%です。個人の農業所得に対する財政負担の割合は、日本は2割以 下で、米国は5割、EUでは国によって8割、9割です。つまりどの先進国でも土地利用型の農業は価格の低迷にあえいでるわけです。グローバル化が進む世界 ではどうしても発展途上国の価格にひっぱられて下落します。EU各国が自給率ほぼ100%を達成できるのも、米国が農産物の大輸出国として君臨できるのも 手厚い保護があるからです。
私は規模拡大や効率化をすべて否定するつもりはありません。大規模で人は大いに頑張ってもらいたいですけど、それだけで強い農業になるのでしょうか。自然条件はどの国も違い、同じ土俵で競争することは不可能です。
日本の農業を強くするためには、美味しくて安全で付加価値の高いものをつくることが必要です。さらに言えばEUで強調されている農業の多面的機能の役割に目を向けるべきでしょう。農産物の"価格の裏にある価値"を支援する仕組みをつくることが重要かと思います。
─「TPPに参加しようがしまいが日本の農業はすでにダメだ」を前提に農業議論されていることはどう思いますか
地域や国全体としての農業は厳しい状況です。「点」の存在として、大規模にやっている人よりも複合経営をしながら近所の消費者と結びついているような農家は一番強いと思います。たとえ物価が上がっても電化製品や洋服は買いづらくなっても食いっぱぐれないでしょう。
ところが「面」として、地域や国家の農業となれば話は別です。食べものにアクセスできない人は中長期的に増加していくと思います。そうなったとき必要な分を本当に輸入品ですべてをまかなえるようになるかは難しい問題だと思います。
食料の安定供給は国家の基本的責務で、安全保障の根幹です。
(取材日:2011年1月27日 構成:《THE JOURNAL》編集部・上垣喜寛)
【脚注・関連記事】
■(※1)やすえの活動日記(2010年11月5日)
■(※2)「食料を生み出す農林水産業は、国土の保全、水源の涵養、景観の保護、生物多様性の保全といった正の外部性に貢献し得る」(農水省「APEC閣僚宣言・行動計画(仮訳・pdf資料)」)
■第18回政治家に訊く:舟山康江