「小飼弾の論弾」で進行を務める、編集者の山路達也です。12月19日(月)に行われた、行動遺伝学者 安藤寿康教授との対談を4回に分けてお届けします。動画も合わせてぜひご覧ください。

次回のニコ生配信は、2月20日(月)20:00。久しぶりの特集のテーマは、「生産性」。
どうして日本の生産性は、先進国で最低なの? こんなに残業をしているのに、給料が上がらないのはなぜ? どうやったら残業なしに、仕事をこなせるの? など、プログラマの視点から、小飼弾が生産性の問題に切り込みます。
参考図書はこちら。

次回もお楽しみに!

■2016/12/19配信のハイライト(その1)

  • 9割以上が知らない? 遺伝の真実を語る
  • そもそも知能って何なんですか?
  • あらゆる能力には遺伝の影響がある
  • 知能の遺伝はなぜタブーなのか?

9割以上が知らない? 遺伝の真実を語る

山路:今回は、行動遺伝学という研究分野の第一人者でいらっしゃる安藤寿康先生をゲストとしてお迎えしております。

安藤:よろしくお願いします。

山路:今回、安藤先生の書かれた「日本人の9割が知らない遺伝の真実」という本を……。

小飼:てことは「1割は知っている」ということですね。

安藤:1割知っていてくれるといいんですけど、実際はもっと少ないんじゃないかな。

小飼:1割いたらすごいですよねえ? 日本人の1割は恋ダンスできるそうですから。それくらいの割合の人がこの本の内容を把握している。本当かよ。

山路:実は9割が知らないかどうかは調べてないんですけれども。

安藤:そうなんです(笑)。

小飼:知っている人の割合は多分もっと低いんじゃないかという。

山路:99.9%知らない可能性があるというお話になります、今回は。

安藤:はい、どうでしょうか(苦笑)。

山路:この本で語られていることというのは、体力とか運動能力みたいな体格とかそういったものだけじゃなくて、心に関係することも含めて「能力」は遺伝する、「遺伝の影響が大きい」という、結構デリケートな、捉え方によってはヤバイ話題ですよね。

安藤:はい。

山路:今までにも知能が遺伝するとか、優秀な家系があるとかそういう話はありました。ナチスの優生思想みたいなのもありましたし、ノーベル賞研究者のジェームズ・ワトソンは黒人の知能が低いみたいなことを発言して問題になりました。かなりデリケートな話題だと思います。
 そもそも安藤先生は、どうして知能が遺伝するというテーマに取り組まれることになったんですか。

安藤:僕は教育学、もっと言えば高い能力ってどうしたら身につくんだろうということに関心を持っていたんです。

山路:生徒を教える場合に?

安藤:いや、むしろ自分が学ぶ場合にですね。しかもそれはすごく卑近だといいますか。基本的に僕受験戦士だった(笑)。

山路:受験戦士(笑)。

安藤:県立高校から東大へ行かなきゃいけないと思い込んでいて、受験勉強を一所懸命やったけど落っこちて、今の大学、慶應へ行ったわけなんですけど。
 高校3年生の頃、僕はマウリツィオ・ポリーニというピアニストのレコードを聞いて衝撃を受けました。「人間には完璧というレベルがあるんだ」と。完璧な演奏に聴こえたんですね。また、モントリオールオリンピックで活躍した体操選手のナディア・コマネチ。妖精と言われた彼女が、10.0の演技を連発しました。
 そうした人たちの活躍に衝撃を受け、能力は一体どこまで発揮されるものなのかということに関心を持つようになりました。一方で、自分は受験に失敗していますので、それと自分と重ね合わせて。
 能力は一体どういう風に育っていくんだろうか。基本は遺伝なのか環境なのか?
 そこで、遺伝と環境について本格的に研究しようと思った時に出会ったのが行動遺伝学だった。それがちょうど1980年代前半です。実は1970年代にアメリカでもうすでに行動遺伝学の学会もできて、現在主張されていることのほとんどはこの頃に言われているんですね。
 知能が遺伝であるとか、環境で重要なのは家庭環境じゃなくて、一人一人の固有な環境であることであるとか。そういうメジャーな発見ていうのはもう1970年代には出ていたんですけれども、でもここでその……黒人白人問題っていうのが出てきましてですね。

小飼:はいはい。

安藤:日本はこれがないから。

小飼:僕も遺伝子に関しては専門家ではないですが、人類の遺伝多様性の8割はアフリカにあるじゃないですか。だから実は黒人白人あるいは東洋人とかっていうのは実はその中に比べれば些細な違いではありますよね。

安藤:だからこの話は、あくまでアメリカに移住してきた、移住させられてきた黒人たちのグループと白人との比較になります。IQテストで比較してみると、15点くらい違う。IQテストの15点はけっこう大きいです。
 そこに遺伝の影響がありそうだと言ったのがジェンセンという研究者です。彼自身はとても優秀な研究者ですが、「遺伝を研究している奴はレイシズムだ、差別論者だ」っていうことで、1970年代から80年代にかけて行動遺伝学には資金が出なくなってしまったんです。

山路:なるほど。

安藤:いろいろな批判を受けた行動遺伝学者たちは――自分の仲間なのでちょっと良く言いますけれども(笑)――頑張って批判に応えるべく研究を積み重ねました。
 例えば、行動遺伝学では双子を使って研究を行います。行動遺伝学者が「別々のところで育てられた双子っていうのはこんなに別々に育てられたのにそっくりだよ」っていうデータを示すと、「いや、別々って言ったって同じ村の端と端で実は大体同じような環境だったじゃない」みたいな反論がある。これに対して、もっとたくさんのサンプルを取ってきたり、テストのやり方を改善したりしました。そうして厳密に研究を行った結果、やはり遺伝の影響が大きいということが確認されたのです。
 そういう結果がちょうど出始めたのが、僕が行動遺伝学に取り組もうかと思っていた時期でした。とにかくたくさん論文が出始めてきました。

そもそも知能って何なんですか?

山路:知能は遺伝の影響が大きいということですが、そもそもじゃあ知能とは何なんでしょう。知能検査でIQ出したりしますけれども、結局何を測っているんでしょうか。

安藤:さあみなさんから、どこまで突っ込まれるか。

一同:(笑)

安藤:まずは教科書的な定義から。歴代いろんな人たちがいろんなことを言っています。例えば、知能は問題解決能力であるとか、抽象的思考能力であるとか、あるいは、法則性を見つけ出してそれを当てはめる能力であるとか。

小飼:でも法則性を当てはめるっていうんであれば、最近のAIの方がすごく良い仕事しているような気がします(笑)。

安藤:コメントも、AIはすごい(笑)AIはすごい(笑)ちょっと待って。面白いですよね。AIの分野で使われている知能というのは、逆にどう定義されるのか。

小飼:例えば、たくさんの画像を学習させると、低解像度の絵を補完して、高解像度にしてくれたりするわけです。

安藤:それは、人間の知能とは違いますよね。とても処理できない膨大な知識というかデータを与えて。あ、でもそこからパターン認識をさせていくわけですね。

小飼:はい。人工知能が学習していく過程というのは、人が自転車に乗れるような過程とそっくりなんです。

安藤:ああ、そっくりかもしれませんね。

小飼:はい、で、少なくとも小脳に関しては、どうやって自転車に乗れなかった人が乗れるようになるのかっていうの、わかっているんですよね。もうすでに。
 訓練の結果を反映できるものが知能って言っちゃえる気もしますが、じゃあAIが知能なのっていうと、やっぱ違うよなと。

安藤:今の訓練という話について言えば。どんな知識も生まれつき持っているわけではないですよね。母国語にしたって、ましてや国語算数理科社会の知識にしても。そういう知識を学習するもとになっている情報処理能力、これも関わってくるでしょう。

小飼:じゃあCPUの性能であると。

安藤:ただ、CPUといっても量的なものだけじゃなくて質的なものでもあるわけですよね。何に向かってCPUの力を発動させるかってことも、たぶん動物の種類によって違うし、人によっても違ってくる。
 CPUがどれぐらいの情報処理を単位時間の中でできるのか。認知心理学なんかではワーキングメモリーという概念で扱いますけども。そういう風に量的に落とし込める部分もありますけれども、一方で落とし込めないようなものがある。
 何に対して知識を吸収しようとするか。例えば、自閉症の方々はときに非常に高い能力を持っているけれど、それは一般的な人の心とはちょっと違う方向に知能を発揮させている。単純に量的に落とし込めないところがあります。

小飼:知能を語れるほどわれわれは知能を知っているのかって言う問題はあります。でも、テトリスのコマを見て「これはここにはまるな」という判断をどれくらい速くできるのかを測定するのは簡単そうです。

安藤:空間能力テストはそういう感じがありますよね。

山路:IQテストの問題はどうやって作られているんですか?

安藤:あれには膨大な心理学者の労力がかかっておりまして。思いつきで作っているものなんかじゃございません。

小飼:ただ、その膨大というのも充分膨大なのかという疑義は当然ありまして。例えば、AlphaGoは人間のプロ棋士に勝ちましたが、それによって人間は自分たちが思っていたほどには碁を知らなかったんじゃないかという疑義が出てきました。

安藤:それに対して行動遺伝学者にはとても強い答えがあります。実は定義自体は何でもいいんです。どんな定義でテストを作り、それこそいまだに発見されていない知能の概念を使ったテストや計り方をしたとしても、一卵性の双子は二卵性よりも似た傾向が出てきます。

小飼:なるほど。

あらゆる能力には遺伝の影響がある

安藤:そこで、遺伝の影響があると言える。行動遺伝学の第一原則は、「あらゆる能力には遺伝の影響がある」ということです。

山路:心に限らず、もう運動能力みたいなのもそうだし、芸術的な能力もそうだし、もしかしたら金儲けの能力とかもそうかもしれないし、人付き合いの良さみたいなものとか。

安藤:全部調べてもない癖に何を言うんだって思われるかもしれませんが(笑)。

小飼:とにかく同じことをやらせると、同じ遺伝子を持った者同士は違う遺伝子を持った者同士よりも似てくる。

安藤:より似たような行動をする。

小飼:それは別々の経験を経てもそうなるのだと。

安藤:そうですね。

小飼:知性的行動としては、どんなことがあるのでしょう?

安藤:知性的な、これもじゃあ、オーソドックスな知能検査をいいますと、えーっといまアメリカの人口は何人くらいいるでしょうか?

小飼:3億を超えたくらいですね、はい。でもこれは単にキャッシュ効率がよかっただけでしょう。

安藤:それだけを見るとそうかもしれないですけど。まあまともな人だったら知っているだろう、みたいな一般的知識というのをうまく選んできて、そういうのを知っているか知らないかみたいなので区別するテストもあります。

小飼:アメリカには「Jeopardy!」という有名なクイズ番組がありまして。そこにAIが出てきて勝っちゃったんですね(笑)。大学の寮とかでも結構人気の番組なんですが、僕が大学生だった頃、英文法の問題を僕だけ全部解いて、みんな目が点になっていたってことがあります。

山路:外国人なのに。

小飼:外国人だからだと思いますよ。

安藤:自分の文法なんて気がつかないですからね。

小飼:そうそう。それは置いといて、でも、物知りっていうのはなんか、あんまりIQテストっぽくないんですよね。

安藤:知能に関するスタンダードな理論の中に、流動性知能と結晶性知能という概念があります。
 流動性というのは、今までに解いたことがない新しい問題を、発見的に解き方を探していくというもの。どちらかって言うといわゆる頭の良さですね。
 それに対して、結晶性知能はいわゆる知識です。僕たちが生きてく上で必要な文化的な知識ですね、そういう風なものをどれだけたくさん知っていて、それらを直面する問題に対して有効に使っていくか。その知識量ってのもやっぱり知能の重要なものとして考えられています。

小飼:遺伝しやすいのは、どっちなんですか?

安藤:どっちもです。

小飼:どっちも。おー。どっちも同じくらい、遺伝しやすいんですか?

安藤:この理論を作ったキャッテルさんって人は、流動性知能のほうが高いと考えていました。ところが、行動遺伝学者が双子のデータを分析してみたら、遺伝の影響はどちらも同じでした。
 それでも知能はあくまで知能検査で図られた数値にすぎません。知能検査で漏れ落ちているような、テスト場面で現れてこないような知能、知的な働き方が世の中にはいっぱいありますよね。それこそ豊洲の問題にしてみても。

小飼:豊洲の問題!?