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幼い頃、
後部座席から身を乗り出し
運転席と助手席の間から顔をのぞかせて
景色を眺めるが好きでした。
後部座席から見える横向きの世界とは違い
フロントガラスの先の世界は、視界が開けていて
迫りくる景色を正面から受け取ることができました。
それに、運転席の周りにあるシフトレバーや、速度計、ハンドルの真ん中についているラッパのマーク、など
車を車たらしめている質感を眺めるのも好きでした。
ただ、苦手なものがひとつありました。
夜間走行中に光るハイビームの表示灯です。
速度計の近くで青く光るあのランプです。
半月の形の横に3本線がついていてイカの様なマークになっているのが一般的な形みたいです。
ハイビームの表示灯が灯っている間は
ヘッドライトの光が遠方まで届くようになります。
暗闇を切り開き対向車にとっては目潰しになりかねない強さで闇夜を照らしてくれます。
ハイビームが使われる時は大抵、見通しの悪い道や、街灯が少ない道でした。
そういう不安も相まって、
普段は見ることのない際立つ青い光が車内に浮かび上がると
人間を守るためのものにも関わらず、その非日常の青さが暗闇をより引き立て得体の知れない不気味な気持ちになったのでした。
話は変わりまして
普通に生活していると、どうにも体内に文化的刺激を注入しないと
いてもたってもいられないという時があります。
そんな時には、演劇を見たり演じたりするのが一番効果的なのかもしれないけれど
そうもいかない時は
気になっている本を乱読したり、映画館に飛び込んだり、手頃な美術館を探します。
そんな気持ちで頭がいっぱいになっていたある日の出来事を思い出しながら書き進めます。
あの日は確か、夏の終わりといった気候で、暑かったんだと思うのだけれど
東京の北に陣取る巨大な入道雲の裾野が夕方には南に伸びてきて、
表参道から急ぎ足で進む僕も少し雨にうたれてしまっていました。
なんとかびしょ濡れになる前に岡本太郎記念館にたどり着いた時、館内は閑散として閉館30分前だという事を如実に物語っていました。
受付の女性のあまりに飛沫を抑えすぎた声は透明なビニールのシワにぶつかり、釣り銭トレーの上に力無く漂う具合で、感染症に関する注意事項と館内が撮影可能な事だけを聞き取るので精一杯でした。
ただ、感染症に気をつけるも何も、館内の見学者は僕しかいませんでした。
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