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岡田斗司夫の毎日ブロマガ「【『風立ちぬ』完全解説 3 】 主人公・堀越二郎が最初に受けた向かい風」
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岡田斗司夫の毎日ブロマガ「【『風立ちぬ』完全解説 3 】 主人公・堀越二郎が最初に受けた向かい風」

2019-04-25 06:00
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    岡田斗司夫の毎日ブロマガ 2019/04/25
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    今回は、ニコ生ゼミ04月14日(#277)から、ハイライトをお届けいたします。

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     【『風立ちぬ』完全解説 3 】 主人公・堀越二郎が最初に受けた向かい風


     じゃあ、続けますね。『風立ちぬ』完全解説その3です。
     
     といいつつも、映画が始まってから、まだ3分しか経ってません(笑)。

     大正6年、堀越二郎13歳はまだ寝てますけれども、その夢の中の話です。

     二郎が夢の中で飛行機を飛ばしていると、雲の上からドイツの飛行船が襲ってきます。それを見た二郎は、飛行機を急上昇させて迎え撃とうとするんですけど。

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     戦闘速度を上げるために、二郎は風除けのゴーグルを装着します。

     すると、その瞬間に、ギューンと周りが見えなくなるんですね。

     「なんかおかしい」と思たっら、周囲の景色が2重に見えちゃうんですね。焦点が全く合わない。

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     たまらずゴーグルをむしり取ると、その奥から“眼鏡”が表れるんです。

     さっきまでの凛々しい少年の姿だった時はかけてなかった眼鏡が、急に二郎の顔に現れるんですね。

     そんな眼鏡をかけた二郎は、さっきのイケメンから、いきなり幼い子供の顔に戻ります。

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     そして、眼鏡をかけた目でハッキリ見ると、上から爆弾虫がグシャッと落ちてきて、二郎の飛行機は墜落してしまいます。

     二郎を乗せた飛行機はそのまま墜落して、どんどん落ちていって、小さくなって、布団の中でハッと目が覚める、というふうになっています。

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    ・・・

     で、ですね。この冒頭の夢のシーンが何かっていうと、実はこれなんですね。ウィンザー・マッケイが描いた『夢の中のリトル・ニモ』という漫画なんですよ。

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     『夢の中のリトル・ニモ』というのは、アメリカの新聞に連載されていた漫画で、いつも、ニモが見る夢から始まって、最後にはオチがあって、ニモがベッドの中で目が覚める。

     もしくは、ベッドから落ちて目が覚めるという物語なんですけど。

     なぜ、そんなシーンを入れるのかというと、これが “宮崎駿の総決算” だからなんですね。


     『風立ちぬ』の中に「お前は人生の中の最も創造的な10年を何に使うのか?」というセリフがあるんですけども。

     宮崎駿が、実際の堀越二郎がゼロ戦を作っていたのと同じ年代、30代から40代という人生において最も創造的な時代を何に使っていたのかというと、高畑勲たちと共にアメリカに行って『夢の国のリトル・ニモ』のアニメ化をやろうとしてたんですね。

     でも、出来なかった。

     宮崎駿が出したアイディアは一切使われず、結局、高畑勲もクビになり、日本に帰ってきた彼らは「もうこれで、ちゃんとしたアニメは作れないんじゃないか? 人生において気力も体力も技術も最も充実している10年間のうちの2年間を無駄にしてしまった」ということで、すごく落ち込んだんです。


     この「田舎の少年が瓦屋根の上に登って、自分で作った飛行機に乗って空を飛ぶ。すると巨大な飛行船が出てくるんだけど、自分が普段は眼鏡っ子だったというのを忘れてて、そのまま飛んだら見えなくて落とされて、目が覚める」というのは、典型的な『リトル・ニモ』のアニメの1話分なんですね。

     宮崎駿は、自分が人生で一番充実していた時期にやりたかった『リトル・ニモ』というのを、『風立ちぬ』の冒頭のシーンに持って来ているんです。

     もう、人生の総決算として持ってきたというのがわかりますよね?


     自分でも「引退作品だ」と思っている作品の冒頭に持ってきたのが『リトル・ニモ』。

     そんな「俺はこれをやりたかったんだ! 俺は間違ってなかったよな!?」という作品を、まず持ってきて、そこからお話を始める、と。

     もう本当に「宮崎駿は執念深いな、恐ろしいな」って思うんですけども(笑)。

    ・・・

     目が覚めた二郎少年は、眼鏡をかけてないので、ぼんやりして天井がよく見えません。

     ピントを合わせようとしても、蚊帳の向こうにある電球も見えないし、蚊帳すらもよく見えない。そのまま庭を見ると、庭もよく見えない。

     自分の脱いだ服の上にある眼鏡を取ると、メッチャクチャ分厚い眼鏡の向こう、歪んだレンズの向こうに、ようやっと自分の家の美しい庭が見えるんです。

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     これが堀越二郎が見ている風景であり、同じく、分厚い眼鏡をかけた宮崎駿が見ている風景なんですね。

     二郎はそこでゆっくりとまばたきをするんですけども、このシーン、もう本当に悔しそうな顔というか、絶望なんですね、

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     これが、堀越二郎に最初に吹いた “風” 、つまり “逆境” です。

     夢の中で憧れたパイロットには、彼は永遠になれないわけですね。

     女の子に憧れの目で見てもらうこともない。

     なぜかというと、この時代の眼鏡というのは、今の僕らの眼鏡とは意味が全く違うからです。


     これは “軍国主義” の時代なんですよ。

     この当時の日本は、なんだかんだいって軍国主義の時代なので「眼鏡をかけている」というだけで、男としてはもう不合格なんですね、ぶっちゃけ。

     この後、学校のシーンがあるんですけども、そこでも、二郎以外に眼鏡をかけている子供なんて1人もいない。

     それどころか、二郎が仲良くしてもらっている先生以外には、眼鏡をかけている先生も1人もいないんですね。

     この時代においては「眼鏡をかけている」というのは、それくらい決定的な落伍者の烙印なんですよ。


     これは、なにも二郎の時代だけの話ではなくて、宮崎駿の少年時代もそんなに変わらないんですね。

     宮崎駿が「あの頃の高畑さんはモテてたよ!」と若かりし日の高畑勲を語るのに対して、高畑勲は「宮崎さんがモテるわけないじゃないですか。だって “あの見てくれ” でしょ?」と、インタビュアーに向かってハキハキと嬉しそうに語っているんですけど、これ、本当にそうなんですよね。

     宮崎駿自身の中にも「俺がどんなに飛行機が好きでも、パイロットにはなれない。その理由は、ただ一点、生まれた時の遺伝として目が悪いからだ」という絶望があった。

     この絶望感というのがすごかったので、堀越二郎の中でもそれを語っているんですね。


     さらに『風立ちぬ』というのは、さっきも言ったように軍国主義の時代の話ですから、眼鏡をかけた少年というのは、それだけで、大人から見てももう不合格ですし、周りの女の子にとっても、そんな “軍人として不合格な男子” なんかは、端から目もくれないような存在なんですよ。

     だから、学校の中でかわいい女の子とすれ違うシーンあるんですけども、女の子達は二郎に目もくれないんですよね。

     はい、というわけで、堀越二郎くんの最初の “風” は「俺は目が悪い」ということになります。

    ・・・

     この次は、二郎少年が学校へ行くシーンになります。

     気を取り直して学校へ行きます。

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     ここに “軽便鉄道” が走っています。

     軽便鉄道というのは、簡単に引ける路線の列車です。

     そんな豆汽車というのが走ってるんですね。

     普通の汽車よりずっと簡単に作った『きかんしゃトーマス』よりも、もっと簡単なやつだと思ってください。


     この後、映画の中では、時代が進むに連れて汽車がどんどん進化するんですね。

     『風立ちぬ』では、時代の移り変わり、世間の移り変わりのような「社会がどういうふうに進歩して行ったのか?」というのが乗り物で表されることがすごく多いんですよ。

     一番最初に「大正6年の二郎の家の近くでも、一応、こういう線路があって、汽車が走っているんだけど、こんな略式の汽車だった」というのを見せた後、22歳になった二郎が東京大学へ行く時、関東大震災に遭った時、ドイツに行った時というふうに、汽車がどんどん進化して行くのを見せることで、世界の進歩や、日本がどれくらい取り残されているのかを表現しています。


     ここで踏切を横切る人達というのは、見て分かる通りですね、学生以外は大正時代といえども、もう江戸時代と同じなんですね。

     「大正時代というのは江戸と昭和近代日本が共存するという、すごく不思議な時代だった」というのが、これでわかります。


     二郎はこの踏切を渡った後、橋を渡ります。

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     この橋の右側の奥に、レンガ建ての建物があって、その隣に木造の建物があります。

     これは何かというと、レンガ造りの方が紡績工場で、木造の方が夢の中に出てきた女の子達の宿舎なんですね。

     この紡績工場で働いている女の子というのは、たぶん、小学校を卒業した後、すぐに工場に売られてきた、二郎と同年代の女の子たちなんですけど。

     この橋自体は、手すりのデザインとかを見たらわかる通り、夢の中で飛行機に乗った二郎がくぐって、女の子に手を振る橋と全く同じ橋なんですね。

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     つまり、堀越二郎少年というのは、想像力豊かに見えるんだけども、この時は、とてもローカルな場所で「女の子にモテたい! キャーキャー言われたい! 飛行機を飛ばしたい!」という、すごくささやかな夢をみていた少年だったということがわかるかと思います。

     それを伝えるために、宮崎駿は、わざわざ「同じ橋だよ」というサインを入れてくれてるんですけど。


     ……そんなもん、わかんねえよ!

     俺だって3回目か4回目くらいに見た時にやっと気がついたよ!

     って思うんですけど(笑)。


     で、これが小学校の前の通りです。

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     奥にあるのが小学校。これは洋風の建物です。

     でも、その手前にある商店は、もう完全に江戸時代の建物です。

     ただ、そんな江戸時代の建物の上には、資本主義の象徴である看板がいっぱいついてるんですね。


     歩いている人も、ほとんど江戸時代の着物を着ているんですけど、そんな中にも「牛乳」という近代の飲み物の配達している人がいるという。

     ここでも、2つの世界、近代と江戸とが両立している不思議な社会というのが描かれています。

    ・・・

     二郎は、学校に行って、優しい先生から海外の飛行機の雑誌を貸してもらいます。

     それがこのシーンなんですけど、ここでの細かい演技に着目してください。

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     職員室のドアに入っていく先生がいます。

     この先生は眼鏡をかけていません。

     男らしい体格で、背が高いです。


     それに対して、二郎に本を持って来てくれた先生は、背が低くて眼鏡をかけてます。

     この先生が、唯一の眼鏡をかけている先生なんですね。


     皆さんも、後で録画した金曜ロードショーの映像を再生してもらえばわかるんですけども…

     …もちろん、ジブリが公式で販売しているDVDでも大丈夫ですけど(笑)。


     この背の高い先生が職員室の中に入って行く時、彼は全く遠慮せずズカズカと入って行くんですね。

     ところが、この眼鏡の先生は、そんな彼に対して、ちょっと場所を譲って、おまけに自分が道を譲った先生に対して軽く会釈します。

     それに対して、この背の高い先生の方は、全く会釈しないんですね。挨拶をしない。

     これが、この時代の眼鏡をかけている人間への差別……ってほどでもないんですけども、やっぱり “格付け” なんですよ。


     このシーンね、皆さんも実際に見たらビックリしますよ?

     本当に、同じ教師であるにもかかわらず、背の高い先生は何も挨拶せずにズカズカと真ん中を通って行くし、わざわざ道を譲っている眼鏡の先生の方は、頭まで下げているんですよね。

     なんでこんな身分差みたいなものがあるのかというと、まあ、いわゆる “パリピ” とでも言いましょうか。

     「学校の1軍とオタク層の身分差みたいなもんだ」と、よくわかる例としては、思っておいてください。

     「眼鏡かけているかどうか?」、「体格が良いかどうか?」ということで、男子の価値が決まってしまう時代です。


     これが、宮崎駿が実際に子供の頃に見ていた世界と、格差なんですね。

     「宮崎駿さんって、あんなアニメを作っているんだから、子供の頃から外で遊ぶのがよっぽど好きだったんでしょう?」と、宮崎駿のお兄さんとか弟に対して取材したインタビューが残っているんですけども。

     そこで、弟やお兄さんは、笑いながら「いやあ、あいつはもう、本当に運動がダメで、ずっと家の中に居て絵ばっかり描いてました。そういう意味では、あんなアニメを作ってるのはビックリですよ。全然、野山で遊んだりなんてしてませんでしたよ」って言ってるんですよ。


     やっぱり、それが “眼鏡かけている貧弱な体格の人の世界” なんですね。

     だから、こっちの1軍の方には入れない。


     二郎が眼鏡の先生と話している後ろには、女の先生も描かれています。

     女性教師というのも、すでにいる時代なんですね。

     そんなふうに、女の先生がいて、他の先生方も映ってるんですけど、その中には、やっぱり眼鏡をかけている先生なんて1人もいないんです。

     この描写からは「学校の先生というのは、子供に対して威圧的で尊敬されるべき人間だから、眼鏡をかけているような人は、この当時は ほとんどいなかった」というのが分かります。

     宮崎駿は、そういうふうに描いてるんですね。


     実際には、眼鏡かけた人も、ある程度はいたんでしょうけども、NHKの朝ドラなんかでやっているように、いっぱいいたわけではなくて、もう本当に「身体が弱い」という象徴として、眼鏡をかけさせられていた。

     そういうふうな世界でもあります。


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