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『不落の重装戦術家』 静かな日【2】
2024-11-29 20:061100pt沈みかけの日に周囲が赤々と染まる頃、隣国との国境近く。この付近一帯は深い森に覆われており、一本の街道だけが頼りなさげに国同士を繋いでいる。そこから少し外れに分け入った先、人の肩幅はあろう樹木の影。認識阻害の魔法結界に身を潜めながら、私は指示書の内容を思い返していた。
要人救出、対象は帝国の高官ゴードン・ゴルトマン。以前一度だけ見掛けたことがあるが、歳相応の交じり白髪と顔の皴、そしてまっすぐ射抜くような力強い目に、それまでの経験に裏打ちされたであろう信念と精神性を感じたものだ。しかし高潔で知られる彼を、それゆえに帝国内部では煙たがる者も多い。そんな彼が何者かに拉致され、その命と引き換えに高額な身代金の要求があったのだという。
事件の解決にあたっては帝国上層部でも意見が割れたらしいが、馬鹿正直にカネを払えば相手がつけあがるだけとする判断のもと、偽金を持たせた交渉役を単身突入させての殲滅救 -
『不落の重装戦術家』 静かな日【1】
2024-11-06 20:001100pt
その日も、朝から静かな一日だった。
午後の陽光が小さな窓を抜け、傷んだ木床を容赦なく炙る、静寂に包まれた兵舎。 歩を進めるたびガチャガチャと鎧が擦れ、頼りなさげに廊下が軋むその先に、古ぼけながらも見慣れたドアが私を迎えてくれた。いつものように手甲に魔力を籠め、丸いドアノブをゆっくりと捻る。なんの抵抗もないままに限界まで回るそれは、留守中、この部屋に侵入を試みた不届き者が存在しないことを告げていた。
その身を室内へと預け入れると同時に、肺に溜まった陰鬱とした空気をふぅっと吐きだし、ドアを閉める音でそれをかき消す。さきほどまでの鉄と汗にまみれた臭気は薄れ、薬草の類を乾燥させた香気が漂うこの部屋は、グリフォンが軽く寝がえりをうてる程度には広い。窓から入り込んだ陽射しの向こうには寝室へと続く扉が見え、その手前を、よく磨きあげられた木製の執務机が遮っている。
古書や魔法書が押し込められた書棚、薬液瓶が乱雑に並ぶ作業台などを横目に、それまで左手を占有していた書状の束を机上に叩きつけると、幾度目となるか分からない溜息がまたこぼれた。
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