今週のお題…………「格闘技とテレビ」
e38929e1077488d8e0bbd244aa4a39b0e6d4eae7
文◎田中正志(『週刊ファイト』編集長)…………水曜日担当




 
 スペクテイター・スポーツというのは多くの皆様に見ていただいてナンボなのだから、サーカス巡業から派生したプロレス発展の経緯を紐解いても、テレビの普及が大きく寄与どころか、一緒に成長していったと記すのが正しい歴史認識であろう。実際、我が国に絞っても鶏が先か卵が先かではないが、力道山が悪役外人を空手チョップでなぎ倒す映像が、街頭テレビに何万人という群衆を集めたとか、やがてそれが一般家庭に浸透していった事実はまず確認する必要がある。時代変わってガチンコ格闘技が継続するプロ興行として独り立ちを始めた1993年以降に絞っても、当時はインターネットが一般にはなかったことを思い出せば、2016年の状況というのは多チャンネル時代という環境定義のみならず、またさらに、複雑になっていると分析せざるを得ない。なにしろネット配信はテレビとは違うといえばそうだし、末端ファンからみたら映像が享受できれば、それがテレビからだろうがネットからだろうが同じともいえる。
 ここで重要なのは、世間側の認識である。例えば、一般の方には「格闘技」と呼ばずに、K-1、あるいはPRIDEと、厳密には違うものまでそう呼称されるのは仕方ない。米国でもなんでもかんでもUFCと言われたり、一般紙には書かれてしまうのと一緒だ。それは構わないのだが、じゃぁそのK-1はどうなったのかとなると、「もう終わった」と思われているのが現実である。例えば昨年末にようやく「格闘技、復活」が少しは話題になったのかもだが、プロレス/格闘技・村社会の一歩外に出たら、「2014年大晦日だってDEEPというのがさいたまスーパーアリーナでやったんです」と言ったところで、「へぇ~」となるのがお決まりだ。なにしろ、新日本プロレスですら土曜の深夜3時とかの時間帯に放送されても、一般にはまったく認知されてない。「猪木が議員になって、新日ってまだ続いてるんですか?」と、真顔で聞かれたこともある。今の多様化、細分化時代に仕方ないと思うのか、そうではないと打って出るのか、経営判断として難しいのはわかるが厳しい。現実には格闘技マニアという非常に小さなパイの、そのまた一部だけがサムライTVやGAORAに加入してチェックしている程度なのが実態であろう。
 
c9923c399b1dd563975426b8983e4c7e10abf568
中邑真輔の登場が噂されるWWEスマックダウン (c)WWE, Inc. All rights reserved.

 さて、日本のファンはなんでもかんでも「日本は特殊」と都合よく言い訳する傾向がある。普段は「それは間違い、日本もアメリカも一緒。プロレスと格闘技を分けるのもオカシイ」を、米国生活合計17年の筆者は一貫して主張してきた。ただ、もちろん決定的な違いもある。その多チャンネル時代のケーブル普及率だ。北米大陸の場合、国土が広大なため放送電波が届かない地域とかが余りに大きく、言葉は悪いがいわゆる貧困家庭にもケーブルだけは備わっているのが普通だからだ。そこで追加料金を払わずともベーシックとして届いている局名USAネットワークが、月曜夜の日本表記ゴールデン、米国表記プライムタイムにWWEのRAWが流れるというのは、やはりとてつもなく大きい。局名Spike TVのUFC制作TUF(ジ・アルティメット・ファイター)も同じ。いわゆる4大ネットワークCBS, NBC, ABC, FOXではないが、末端家庭のリモコンからしたら、そのままチャンネルを回していけばすぐにプロレス番組に出くわす。BSとかCSのボタンに切り替える必要もなければ、3桁の数字とかを入れる必要もない。地域によって数字は違うのだが、「20」とかでもうプロレス番組が月曜にも木曜(番組名スマックダウン)にも流れているのだから、好き嫌いはともかく、どこかでしょっちゅうプロレスとか格闘技やっているというお茶の間認知だけは日本と桁違いなんてモンじゃないのだ。
 要するに、日本的感覚なら地上波でやっているのと一緒と考えるほうがわかりやすい。こうした背景があるから、ロック様ことドウェイン・ジョンソンが、あれよあれよと言う間に全世界で最も稼ぐハリウッドスターになれたのである。そう書くと、映画に詳しくない方は驚くようだが、レオナルド・ディカプリオとか二枚目俳優の稼ぎより、単純明快なアクション映画スターのほうが、興行収益が巨大だから取り分がすさまじい。そりゃアカデミー賞とか議論の対象にはならないし、実際ロック様だけでなくロンダ・ラウジーまで出てくるからと映画館に身銭切っても出かけた『ワイルドスピード7 SKYMISSION』にせよ、このシリーズはまるで「FMW聖家族」のような仲間愛の縦軸こそあるが、毎回ストーリーは滅茶滅茶で破たんしている。でも、大衆にとってはアクションがすべてなのだろう。同じくバティスタが悪役だからと期待した、007の最新作『スペクター』なんかもっと酷い。アクションもドラマも弱く、金もらって誉めるライター仕事でも、酷い駄作としか評しようがなかった。私は洋画とロック音楽にはうるさいのだ。

99947a065a9ab4fed8962305b9be2f245597ae58
北米だけで3億5300万ドル、世界合計では11億6000万ドルの興行収益を上げた『ワイルドスピード』原題Furious 7  (C) Universal Pictures

 1月4回のRAWの平均視聴率が2.55%で視聴者数平均は360万人、これは2014年1月期の3.26%、463万人から大幅な落ち込みだと、週刊サイクルで情報を届けている業界紙では騒ぎになるが、日本との桁の違いと比べるなら大したことない。また、念のためWWEを弁護するなら、「テレビ視聴率が下降傾向なのは織り込み済み」が株主向けの説明であり、全体ではむしろ増収増益を達成している。アントニオ猪木の見果てぬ夢だった"市民権の獲得"が立派に実現出来ているのが北米市場なのだ。一方のわが国は、新日本プロレス木谷高明会長が、3・3大田区体育館大会で半期17億円の売上げを誇らしげに発表していたが、すでにピークアウトしているデータが出ているのに虚勢を張っているとしか専門家には映らない。なにしろ、その昔は先週放送の新日と全日中継の視聴率がどうだったか専門誌が追いかけていたものだが、今の深夜3時にやってる『ワールドプロレスリング』は1%に満たないため、テレビ業界では発表の対象外扱いにまで降格していることをご存じだろうか。ちなみにRAWとかは日本の地上波相当なので、かなり乱暴だが「数字を倍にしたら日本と比較しやすい」というテレビ業界ルールがある。その計算だとRAWは5%以上確保していることになり、13週でいったん終了するドラマなどと違って、年中無休で長年にわたって続いているプロレス中継が、いかに高視聴率番組なことか。
 
 やや脱線してしまったが、日本では桜庭和志が一般のCMに起用されたとかはあるが、格闘家、プロレスラー問わず、そもそもの認知土台がないから、映画俳優に転向してスターになった例がない。テレビというキーワードを大衆目線と同義語として扱うなら、地上波でやってないから「格闘技、今はテレビやってない」とか言われても反論出来ない。
 ではどうすべきか。そりゃもう、マスコミ含む全関係者の地道な努力、あるいはコネ活用だろうが、金持ちスポンサー様に頼み込もうが、あらゆる可能性ルートを総動員してもお茶の間復帰を目指すしかないのである。小手先で「ネット配信はやってます」も結構なことだが、結局は大衆に届いてないと大きな動きにはならないからだ。
 直近の3・9『REBELS.41』後楽園ホール大会にせよネット生中継やっていたが、オモテ目玉のオランダ軍との対抗戦よりも、雷電HIROAKI vs. 黒田アキヒロという中盤の第5試合が、会場客は一番沸いていた。一般のキックファンが集まったというより雷電、黒田の応援団の方が多かったからだ。その2選手はチケット売りまくったに違いない、典型的なキックの興行という印象だった。
 先週の筆者担当欄で取り上げた『UFC 196』は、まだ早期の見込み値に過ぎないにせよ、なんとPPV購入件数が150万とか信じられないお化け数字になるかもという観測がある。さっそくダナ・ホワイト社長は、「周囲はチャック・リデルが引退してどうなるのか、GSP(ジョルジュ・サン・ピエール)が消えて苦しいとか言っていたが、常に新しいファイターが出てくるから、今回のカード編成は大衆のイマジネーションを掻き立てたのだ」と鼻息が荒い。やはり無料で見られる各種ケーブル番組でガンガン煽りやっていたから、この数字となると「やっぱりマニー・パッキャオ見ておかないと」とお茶の間にまで思わせたのと一緒。マニアでない一般層をも巻き込んで関心を集めたことになる。
 その先週の本欄、名のあるスポーツ新聞記事だからとか、格闘技専科の媒体だとの権威?に惑わされると、誤った情報で判断力が狂うと警告した。有料の電子書籍「週刊ファイト」ではさらに詳しく他媒体のデタラメぶりをガチ指摘したばかりだが、もしPPV件数がそうなるなら、勝とうか負けようが主役コナー・マクレガーの取り分はミリオンダラーどころか、その10倍以上の1000万ドル越えになりかねない。有料のPPVは、今回の「テレビと格闘技」テーマとはまた別種とか分析も違ってくるにせよ、肝心の土台図式を頭に入れ直して欲しいのだ。つまりラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナには14,898人が集い、入場売上げだけで810万ドルを記録したと紹介しても、実際に試合見た人の数はテレビのおかげで100倍以上なのだから、最終的には会場客満杯とかよりもやはりテレビなのだった。
 
▼電子書籍ジャーナル毎週金曜発売
週刊ファイト3月17日号新日重大発表?/UFC爆発/K-1対REBELS/ドラディション王道DDT両国




[お知らせ]
『STARTING OVER 公開検証3』のチケット、好評発売中です。
『巌流島』のオフィシャルサイトをリニューアル致しました。アドレスが変わりましたので、ご確認ください。→  ganryujima.jp