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長谷川幸洋 コラム第10回『民主はやっぱり左。現実感覚の希薄さは綱領を読めば見える』
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長谷川幸洋 コラム第10回『民主はやっぱり左。現実感覚の希薄さは綱領を読めば見える』

2013-07-04 12:00
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    民主党がホームページで公開しているマニフェストの表紙

     いよいよ参院選だ。前哨戦と位置付けられた東京都議選は自民、公明両党の圧勝に終わった。日本共産党は大健闘した。

     その一方、惨敗を喫したのは民主党である。いったい民主党はどうなってしまうのか。

     そんな折、たまたま民主党議員たちが集まる勉強会に招かれた。民主党について「思うところを忌憚なく語って欲しい」という。そこで、出かける前に民主党の綱領とその解説、参院選に向けた「重点政策」というパンフレットを読んでみた。

     そこで今回は、民主党についてあらためて考えてみる。

     まず、民主党とは何か。綱領は「私たちの立場」として次のように書いている。

    我が党は、「生活者」「納税者」「消費者」「働く者」の立場に立つ。同時に未来への責任を果たすため、既得権や癒着の構造と闘う改革政党である。私たちは、この原点を忘れず、政治改革、行財政改革、地域主権改革、統治機構改革、規制改革など政治・社会の変革に取り組む

    民主党は「やっぱり左」、綱領が社共そっくり

     ここで、すぐ思ったのは「民主党ってやっぱり左なんだな」ということだ。

    「働く者」の立場に立つのだとすると、社会民主党や日本共産党とそう変わらない。たとえば、社民党は党の理念を説明した「社会民主党宣言」の中でこう書いている。

    <私たちは、社会民主主義の理念に基づく政策の実現を目指し、経済・社会の中心を担う働く人々や生活者の立場から社会の民主的な改革に取り組み、すべての人々に門戸を開いた政党です>。「働く人々」と「生活者」というキーワードは民主党と同じである。

     共産党はどうかといえば、綱領の中に次のような文章がある。


    <現在、日本が必要としている変革は社会主義革命ではなく、(中略)民主主義革命である」としたうえで「民主主義的な変革は、労働者、勤労市民、農漁民、中小企業家、知識人、女性、青年、学生など、独立、民主主義、平和、生活向上を求めるすべての人びとを結集した統一戦線によって、実現される>というのだ。

     こちらは「労働者」とか「生活向上を求めるすべての人々」と少し表現が違うが、やはり働く人と生活者重視である。

     民主党は綱領を作るときに、社民党や共産党の綱領をチェックしたのだろうか。

     もしも両党との相違点をはっきりさせようと思ったら、もう少し書きぶりは違ったかもしれない。似た表現になったのは、やはり基本的考え方に似た部分があるからだろう。

     民主党が生活者重視だからといって、それを理由に批判するつもりはまったくない。

    「どういう人々の利益を代表しようとしているか」を示すのは、政党の根本的な存在意義にかかわる。だから、最初に立場をしっかり明示したのは良かった。

     次に「私たちが目指すもの」だ。

     綱領は「共生社会をつくる」としてこう書く。

    いまの日本ではすべての人に居場所と出番がない?

    私たちは、一人一人がかけがえのない個人として尊重され、多様性を認めつつ互いに支え合い、すべての人に居場所と出番がある、強くてしなやかな共に生きる社会をつくる

     私は率直に言って、ここがよく分からない。

     いまの日本には「すべての人に居場所と出番がない」のだろうか。 

     たしかに、ホームレスとかうつ病の蔓延とか、日本の病とされる問題はある。だからといって「共生」といわれると、肝心の民主党が目指す「政府と国民の関係」が分からなくなるのだ。

     政府と国民は横並びの関係ではない。政府は強制力をもって国民から税金を徴収し、政策を実行する権力機構だ。

     そして国民の多数で選ばれた国会議員たちが、内閣と政府を構成する。つまり、究極的には国民に対して権力の行使を目指している人たちが「みなさん、共に生きましょう」と唱えるのはおかしくないか。

    民主党は政治と国家観があいまい

     権力奪取を目指さず、権力を行使もしない社会運動家とか経済人、あるいはメディアの人間が「共生社会を目指す」というなら分かる。

     だが、国会議員というのは最終的に権力を目指しているのだ。そういう人たちの集まりである政党が共生を唱えるのは、権力行使というハードな問題に対して感度が鈍いのではないか、と思えてならない。

     政治と国家観があいまいなのだ。

     それから「『新しい公共』を進める」とある。これは公共の担い手が官だけではなく、自治体や学校、NPO(非政府組織)、地域社会、個人も連携するという考えだ。これは賛成である。

     次の「正義と公正を貫く」。これもいい。

     問題は「幸福のために経済を成長させる」という部分だ。ここはこう書いている。 

    私たちは、個人の自立を尊重しつつ、同時に弱い立場に置かれた人々とともに歩む。地球環境との調和のもと経済を成長させ、その果実を確実に人々の幸せにつなげる。得られた収入や時間を、自己だけでなく他者を支える糧とする、そんな人々の厚みを増す

     経済成長が重要であるのは言うまでもない。問題はどうやって成長を実現するのか、だ。

     私は成長を実現しようとすれば、民間企業の活力が鍵になると思う。

     だが、綱領に「企業」という言葉はない。それは綱領だからかもしれないと思って、重点政策を読んでみると、こちらにもやはりなかった。

     重点政策の中で、成長について海江田万里代表が直筆で書いたのは次の部分だ。

    雇用を作り、所得を増やし、暮らしを安定させる。社会を支える中間層を厚く、豊かにして日本の経済を蘇らせます

    本末転倒の経済政策は民主党らしい

     雇用や所得の増加、厚い中間層。

     これは成長の結果であって、源泉ではない。源泉は活発な企業活動である。企業が元気を失っているような経済社会で、雇用や働き手の所得が増えるわけがない。

     それとも、企業はいくら赤字になってもいいから、雇用と所得さえ増やせばいいと言うのだろうか。それはできない相談だ。

    「経営者の取り分を減らせばいい」というなら、そうなると今度は「創業しよう」とか「新事業にチャレンジしよう」という起業家精神をなえさせてしまうだろう。

     このあたりが民主党らしいといえば、民主党らしいのだろう。

     だが、私に言わせると、だからダメなのだ。原因と結果の取り違い。経済をよく分かっていないところが象徴的に示されている。

     私は勉強会で「まず経済成長、それから公正な分配だ」という点を強調した。

     私の意見に同意してくれる参加者もいたが「もう成長は難しい。やはり公正な分配こそが大事だ」と反論する人もいた。

     民主党には「働く者」「生活者」だけでなく、ぜひ企業の役割とか成長の源泉についても議論を深めてほしいと思う。

     外交、国際関係についてはこう書いている。

    私たちは、外交の基軸である日米同盟を深化させ、隣人であるアジアや太平洋地域との共生を実現し、専守防衛原則のもと自衛力を着実に整備して国民の生命・財産、領土・領海を守る。国際連合をはじめとした多国間協調の枠組みを基調に国際社会の平和と繁栄に貢献し、開かれた国益と広範な人間の安全保障を確保する

     ここでも「共生」という言葉が出てくる。

    民主党の問題は現実感覚の薄さにある

     これは北朝鮮の拉致と核ミサイル問題、中国との尖閣諸島問題などを考えると甘いと思う。もちろん共存共栄できたら言うことはないが、それは理想だ。現実はもっと厳しい。

     結局、民主党の問題は現実感覚の薄さではないか。 
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