ハックルベリーに会いに行く
蔦文也は1923年(大正12年)8月28日の生まれである。大正末期だから物心ついたときは昭和不況が始まっていた。だから、親や周囲の大人たちはまだ大正デカダンスの雰囲気を残していたが、自分たちの世代は切羽詰まった中で育つこととなった。
これは「親がバブル世代で子供がZ世代」の現代と似ているところがある。親はどこか鷹揚に生きているが、子供たちは逼迫と困窮の中にある。
しかしもちろんまだ戦前なので、経済は逼迫していても命の危険を感じるということはなかった。それが、そこからたった10年が経過した昭和10年代に入ると、一気に戦争の足音が近づいてくる。
文也は1940年、17歳のときに甲子園に出場するが、その直後に戦争が始まって、甲子園大会も中止となる。そんな中で大学に進んだ文也は、やがて学徒動員で特攻隊に配属される。
そんなふうに、文也の前半生は激動の時代だったが、当時の子供たちはこれがむし
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