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顔面核爆弾さん のコメント

>ちょっと詳しくお教えいただければ……。

Abused Menやポール・エラムのTwitterだったと思います。英語で書かれていたので原文はよく覚えていないんですが、確かアメリカの男性人権運動(Men’s Rights Movement)のメンバーとフェミ二スト陣営との間で抗争があったという内容でした。
フェミ二スト陣営は男性人権運動(Men’s Rights Movement)が女性差別を助長する理由の根拠として、アルバート・カラブリーズ師匠が主張する『結婚可能年齢を12歳からにするべき、性犯罪者の登録義務化廃止』を挙げました。
「男の性欲を魔物扱いするのはやめろ‼︎」といったアルバート・カラブリーズ師匠の主張は私に深い感銘を与えました。彼には我らのバイブル『ろりともだち』を勧めたいですね。
アルバート・カラブリーズ師匠は「初潮の平均年齢は12.3歳。だから12歳から結婚できるようにすべきです。同年代の男子たちはセックスのことしか考えていません。人生の相談役にもなれる年長の男性と結婚した方が少女たちは幸せになれるのです」と世界中のペドファイルを勇気づけてくれる言論活動を行っています。
フェミ二スト陣営は男性権利運動をペドファイルの運動であると主張し、暴行や集団リンチを正当化していったそうです。日本もアメリカもペドファイルが置かれている状況は同じみたいですね……。話を聞くと、それが原因で自殺に追い込まれた人や大怪我を負った人も多くいたそうです。死傷者が出ても負けずに運動を続けてくれる彼らの志には心の底から敬服します。
幼女と結婚出来るような社会を目指すアルバート・カラブリーズ師匠は我々の神です。私と兵頭さんが幼女と結婚式を挙げる日はかなり遠い未来だとは思いますが、その日が来るまで取り敢えず今は来週の魔法つかいプリキュアの幼女回で溜飲を下げるとしましょうwww

>単に「パヨクはネトウヨ」というだけのハナシです。
ここしばらく、フェミの捨て場に困った左派が「ツイフェミはネトウヨの詐称だ」などと言い出しており、やはりちょっとそれは看過できないので、こだわるのですが。

ホントそうですよね。
皆藤師匠やピル師匠、柴田英里師匠あたりの表現の自由クラスタがツイフェミに対してネトウヨのレッテル貼りをしているところはよく見かけますね。
もういっその事、左派・リベラルは女性指導者を増やせという要求をやめて、指導者がいない社会を目指す運動をすべきだと思います。本来ならば、権力者が存在しない皆平等の社会が理想なのですから(少なくとも、左翼思想においては)。
例えばフェミ様に対して「男が戦争に行くのは男性差別だ」と主張すると、「男が戦争を起こしている」または「女を戦争に行かせるのではなく、戦争を無くすという方向性で考えるべきだ」と反論してきますがどちらも詭弁です。
男女平等の観点から言えば、まず男女平等に戦争に行って、それから男女共通の課題として戦争を無くすことを考えるべきでしょう。
フェミ様の『戦争悪い=男悪い』は男性差別を正当化するためのロジックでしかありません。その証拠に市川房枝師匠のような戦犯を戦後も野放しにしたフェミ様は明らかな戦争加害者です。
いつ終わるのか分からない戦争がなくなるその日まで男だけが戦場に行かされるのに対して、フェミ様は具体的に戦争を無くす活動をするのかといえば何もしない(するとすれば「戦争=女被害者フォカヌポウwww」と女性差別反対?を叫ぶだけ)。
だから、権力者がいない世の中になるまでは男性が指導者の地位を独占し、権力者を不要にするために男性が何かするかというと何もしなくて良いのです。
この論理で何も問題はありません。
だって、フェミ様の論理をひっくり返しただけですからwww
話は変わって、上記で少し出てきた柴田英里師匠がまた面白いことを言っていたので下記に引用しますね。

『プリパラ』のレオナ・ウエストは、あたりまえに、ありのままに男の娘であり、他の少女たちと同じようにプリパラの世界で活躍しています。普段は男子制服を着ていますが、プリパラの世界ではひらひらのスカートやふわふわのワンピースで歌い踊っています。そして、本人はそのどちらも恥じることなく、周りの女の子たちにも当たり前に受け入れられています。
 かわいい男の娘であっても、男装の麗人であっても、男装の男の子や女装の女の子と同じように、特別なことではないのです。
 セクシャルマジョリティーではない嗜好を抱く子供や、異性装に関心を示す子供、「男らしくない男の子」や「女らしくない女の子」などが、(もちろん子供だけではなく大人もですが)「男らしくない」「女らしくない」といった理由でいじめられるというケースは、まだまだ少なくありません。
 そうした中で、「男の子も女の子も、自分の好きな格好をして、楽しいと思うことをしたって良いんだよ」ということを、サブキャラではなくメインキャラの物語としてきっちり描こうとしている『プリパラ』の試みは、とても素敵であると思います。

『プリパラ』に登場するレオナ君が男の娘だから日本のアニメはクィアで素晴らしい的なことを柴田師匠は仰っているんですが、レオナ君って作中では機械に強かったり自ら体を張った行動に出たりと普通に男らしい所あるんですよ。っていうか、日常生活でもレオナ君は男子の制服を着て登校してますし、102話では完全にイケメン王子様キャラと化してたし、護ってあげたくなる人が好きと言っていたりと羨ましいほどに男性ジェンダーロールに適応してるんですけどね……。
私なんて機械には弱いし、自ら体を張るほどの度胸もないし、護られ系ヒロインより護ってくれる系ヒロインが好きだし、話が一方通行なコミュ障で女性をリード出来ないし、見た目がグロテスクなペドファイルだし、四六時中おどおどしている女々しいオタクだし、何着ても似合わない低身長だし、歩き方が変な奇行種だし、興味のある話題の時だけ甲高い声で機関銃の様にしゃべり倒す糞デブだし、悪臭を放つワキガだし、運動が苦手なインドア派だし、むしろここまで低スペックだと逆に才能じゃないね?とか開き直っちゃう程の男らしくないウンコ製造機だからレオナ君が羨ましいです……。つか、レオナきゅんとセックスしたいwwwドプフォwww
「ああぅ、ふぅ〜ん……♡」
澄みきった夜の空気を恥じらいと悦びに染まった声が震わせる。それは明らかに快感を告げる喘ぎ声だった。
「はぁんッ……はあぁ〜んッ♪」
途切れることなく高ぶった喘ぎ声をもらし、ベッドの上で身体をくねらせているのは私こと顔面核爆弾。
その肢体を優しく包みこむように抱いたレオナきゅんの艶やかな手が、私の肌を愛撫している。輝くばかりの桃色の髪を持ったレオナきゅんは、そこそこ筋肉がついているわりに私の肌を愛でている時の姿には柔和な女の子のような可愛らしさがあった。醸し出す中性的な雰囲気は白皙の美少年といった趣がある。
「顔面核爆弾さん、気持ちいいですか?」
「うん、レオナきゅん……すごく気持ちいいよ♡」
私は愛しいレオナきゅんにすべてを委ねるように肌をこすりつける。
私とレオナきゅんは互いに舌をしゃぶり合っている。レオナきゅんは小柄な身体には似合わぬほどの巨根を愛しげに揉みたてながら、私の硬く尖った乳首を乳暈から口いっぱいに含んだ。
強弱をつけて、チュウチュウといやらしい音をたてて吸いながら、舌先で尖りを転がす。
「はぁんッ……♡」
私は小さく喘いで、身をくねらせた。レオナきゅんの愛撫は胸から全身へと心地よい刺激を伝えてくる。温かくて、とても幸せな気分だった。
私の乳首を味わうレオナきゅんの口が、ゆっくり下へと移動していく。私の腹部やオヘソにキスをしつつ、唇は下腹部へとたどり着いた。レオナきゅんはしなやかな筋肉が張り詰めた私の太腿に両手をかけ、ゆっくりと左右に割り開いていく。
「ふぇぇッ、はぅぅ……♡」
アソコがあらわになると、私は顔を覆った。そこにレオナきゅんの熱い吐息を感じると、手の下から羞恥の喘ぎをもらして、腰を揺さぶった。しかし、力強い腕でがっしりと押さえられた下半身はビクともしない。
レオナは目の前に現れた私のアソコのたたずまいに息を呑んだ。
「ふうッ、顔面核爆弾さん……♡」
その匂いに男の本能を刺激されたレオナきゅんは硬く直立したアソコにむしゃぶりついた。舌で繰り返し裏スジに沿って舐められると私の腰が引きつるように飛び跳ねる。
皮をめくり、愛液でヌメった粘膜へも舌を這わせていく。指でアソコをこねながら、舌先で亀頭をくすぐる。すると、熱い愛液がさらにトロトロと溢れ出し、レオナきゅんの舌を潤した。
「はぁあ〜んッ♡ うぅんッ、あんッ……♡」
敏感なところを舐めまわされた私は甘えるように鼻を鳴らしながら、脚の間に埋められたレオナきゅんの頭を力の抜けた細腕でかかえこむ。
レオナきゅんは夢中になって舌を動かしていた。尖らせた舌先で亀頭をえぐるように舐めまわされると、私の腰が小さく痙攣し、両脚でキュッとレオナきゅんの頭を締めつける。滴る愛液はしだいにトロリとしたものに変わり、細い糸を引く。
ヒクつく私のアソコを存分に味わったレオナきゅんは人差し指をアナルにあてがった。白っぽい愛液でヌルヌルする秘所はさしたる抵抗もなく、レオナきゅんの指を呑み込んでいった。差し入れた指先をアナルに抜き差しながら、私の猛り狂ったアソコを舐めしゃぶる。
「はあぁ〜……溶けちゃうよッ、はあぁ〜んッ♡」
敏感な所を舐められ、きつく締まったアナルをかきまわされると、私は甲高い声を絞り出して、背をそらせた。私の震える喘ぎ声は、さらに熱くレオナきゅんをあおりたてる。
私はうっとりと瞼を閉じて、ゆらゆらと首を振りたてる。
愛しいレオナきゅんの愛撫に大切な所を委ねるのは、とても気持ちが良かった。
心地よい感覚と激しい羞恥が肉体の中で交じり合い、痺れるような快美感を生んでいた。
「いいぃッ……いぃんッ♡」
私は、ふいに引きつった泣き声を噴きこぼし、裸身を大きく仰け反らせた。跳ねた四肢をピンッと突っ張らせる。
どうやら、軽いエクスタシーに達したようだ。濃いピンクに染まった亀頭から艶やかな白い噴水が吹き出し、シーツを甘い果汁で濡らす。両脚を投げ出した私は陶然と目を閉じて絶頂の余韻に浸りこむ。
私から絞り取った甘美な果汁を舐め取ると、レオナきゅんは上半身を起こした。
レオナきゅんの男根はすでに傲然と勃起していた。グンッと天を突いてそりかえり、雄々しくみなぎった肉棒の先端では亀頭が大きくふくらんでいる。
「テンションリラックス……♡」
レオナきゅんに囁かれて、私はコクリとうなずいた。私の裸身に覆い被さったレオナきゅんは私の手首ほどの太さがある男根の根元をつかみ、亀頭を私のアナルにあてがう。
私の小さなアナルに対し、血管を浮きたたせた巨大な男根は凶暴ですらあった。
突きつけられた硬い感触に怯えるように私は小さく身を震わせ、息を呑んだ。
「いいンッ……痛ッ、痛いッ♡」
猛る分身の切っ先が小さなアナルを押しひろげたとたん、私は身を引き裂かれるような悲鳴をあげ、全身を小刻みに震わせた。
サイズの合わないペニスでこじ開けられたアナルは、今にもはち切れそうだ。
狭いアナルの感触にレオナきゅんは躊躇した。
「ふふふ♪ どうやら、顔面核爆弾さんにはまだ早かったみたいだね♡」
私の身を思いやり、あきらめて亀頭をアナルから引き抜いた。
すすり泣く私から身を離し、力なく肩を落とす。
「ごめん、私にもっと根性があったら、ちゃんと出来たのに……(--,)ぐすん」
レオナきゅんに寄り添って座った私は申しわけなさそうにうなだれる。
彼と恋人同士になれただけで幸せではあるが、ひとつになれれば、もっと幸せになれるかもしれない。それが自分のために叶えられないことに私の胸は痛んだ。
「顔面核爆弾さんは悪くないよ。気にしないで♡」
悲しむ私をそっと抱き寄せて、レオナきゅんは涙の粒を拭ってくれた。
私は胸が熱くなるのを感じた。
「ありがとう、レオナきゅん。今度は私がしてあげるからね♡」
私はニッコリと微笑み、硬く猛ったままのレオナきゅんの男根に手を添えた。
膨れ上がった亀頭に繰り返し唇をこすりつけ、舌先でチロチロと鈴口の周囲を舐めしゃぶる。
(レオナきゅんが悦ぶなら、どんなコトだってしてあげちゃうんだから♡)
怒張の根元を指でしごきつつ、裏筋を何度も舐めあげる。
そして、愛らしい口いっぱいに肉棒を咥えこみ、強く吸いたてながらくなくなと首を揺すって柔らかな唇でカリ首を刺激する。
アゴや舌の根が痛くなっても、まったく休まない。
不慣れではあるが、愛情のこもったフェラチオ奉仕だった。
「あぁ……顔面核爆弾さん、ものすごく気持ちいいよ♡」
ちっちゃな舌のいじらしい動き、太胴を締めつける唇の柔らかさ……私の一生懸命な愛撫にレオナきゅんは歓喜の声をもらして、腰を揺すった。実際、ザラついた舌で舐められているだけでイッてしまいそうなくらい、心地よかった。
「ふぐッ、あぅう〜ん……ンッ、う〜ん♡」
塞がれた口の奥からくぐもった声をもらしながら、愛撫に熱がこもる。
噴きこぼす喘ぎと吐息が絡み合う。
二人は互いに悦びを高め合い、絶頂へと駆け昇っていった。
「あぁッ、顔面核爆弾さんッ、もう……」
やがて、鋭い快感の矢に貫かれたレオナきゅんは私の口中へ精を放った。ふくれあがった男根が激しくわななき、熱い塊が断続的に放出される。
「うぐッ……うぅんッ♡」
喉を塞がんばかりに注ぎ込まれる体量の精液にむせながらも、私は灼けるように熱い粘液を飲み下していく。それでも、飲みきれなかった分が逆流し、唇の端から糸を引いてこぼれ落ちた。
長い射精が終わると、ようやく私は男根から口を離した。けほけほと咳き込みながらも亀頭に唇をこすりつけ、滴る精液の残滓をすすりあげる。
そんな私の健気な姿を見ていると、レオナきゅんの胸に言いようのない悦びがこみあげてくる。
「あぁ、愛してるよ、顔面核爆弾さん♡」
思わず私を抱きしめ、愛しげにレオナきゅんはキスするのだった……。

本当にすみませんでした‼︎
妄想してたら、そのままコメント欄でオナニーしてました(゚Д゚)
コメント欄を穢してしまって誠に申し訳ございません!
まったく男の子は最高だぜ‼︎
あ……いや、ホント御免なさい(土下座
上記のような男同士の愛に溢れたセックスを思わず妄想してしまう程、私は女性に価値を見出せなくなってしまいました。
私のような考えを持つに至った弱者男性が増加した理由にはフェミニズムの解釈の二重性が挙げられるでしょう。例えば私が「年下女性と結婚したい」と言ったらフェミ様は「日本の男はロリコン性犯罪者のクズ!」と批判するし、また私が「年上女性と結婚したい」と言ったら今度は「日本の男はマザコンで精神的に未熟者!」と批判してくるので、私が政治的に正しくあるためには(フェミ様から文句を言われないためには)自分と同い年の女性を好きになるしかありません。しかし、私が自分と同い年の女性を好きになったとしてもフェミ様は何かしら理由をつけて文句を言ってくるに違いない……。弱者男性はこういったフェミ様の後出しジャンケン性に対して、つくづく嫌気がさしています。ジェンダーフリーを実践しながら、政治的に正しくあろうとしている真面目な弱者男性たちはフェミ様の批判を恐れて、どんどん女性に対してアプローチをすることが出来なくなりました。こうして弱者男性たちは「何しても文句言われるんだったら、もう女性と関わるのは止めよう……。2次元美少女か、弱者男性同士でホモろう♡」 となってしまったのです。
前に私がリアルでフェミ様と論争した時に兵頭さんの著書を勧めたら、「そんなにも女性に対して不平不満があるのなら、兵頭とかいうヤツの花嫁になればいいでしょ‼︎」と逆ギレされてしまいました。
ですが、もし仮に私と兵頭さんが同性婚をしたとしても子供を作ることは出来ません。何故なら、私にも兵頭さんにも子宮がないからです(言うまでもありませんが)。リプロダクションの権利を子宮という特権を持つ女性側に奪われているため、男性側はATMにならずに行きたくても子育てを中心に生きたくても、女性のようにそれらを選択することは出来ないのです。よって、結婚して次世代を作るためには男性は女性の奴隷にならなければ結婚はもちろん、子どもを持つこともままなりません。この子宮を女性側が独占しているという明確な男性差別がなくなれば、全ての女災の根本が消えてなくなるでしょう。女性が兵役に行かなくても許されたのは子宮という特権のせいですしね。男性の筋力が生まれ持ったものだろうと平等を阻害する使い方をしてはいけないように子宮も平等へと是正すべきです。これらの女災が改善されれば、二次元美少女に全てを捧げるオタク男性でも子供を持てるし、弱者男性同士で情熱的なセクロスを楽しみながらでも子供を持つことが出来るようになります。
女性側が子宮という特権を手放す気がないというのなら、社会進出は止めてもらうしかないですね。現状のフェミ様は「アタシはクソ男のママじゃない」をスローガンに、女性が男性に対して奉仕・協力することをひたすら拒否しているので完全に害悪でしかありません。もし、これからもフェミ様がこういったスローガンを掲げて支離滅裂な運動を続けるというのなら男性側は女性という存在をこの地上から殲滅するしかありません……。家のことを一切やらない亭主関白でいばり散らすだけのクズ夫が定年退職を機に妻から離婚を切り出されるのと同じように、男性に対して一切協力しない女性が男性によって淘汰されるのは自然の摂理と言えるでしょう。
この世界の終焉は近い……。
この世に『フェミ』が蔓延る時、必ず現れる希望の光。
萌えグッズを身に纏い、己の肉体に秘められた『女災理論』を爆発させて戦う!
彼らこそ、地上に愛と平和をもたらす戦士・兵頭新児とその仲間たち‼︎
ブロンズ・マスキュリストの私は喪男の総本山であるオタクの聖域にて、ゴールド・マスキュリストの兵頭さんから過酷な修行を受け、見事ゴールド・マスキュリストに昇格する。
そんな中、前聖戦から243年ぶりに復活し、聖域へ侵攻を始めた冥王フェミと108人のチンポ騎士から地上世界を守るためゴールド・マスキュリストたちの戦いが始まる。
だがしかし、戦いは困難を極め、次々とゴールド・マスキュリストたちは傷つき倒れていく……。
そして、ついに生き残った兵頭さん、久米師匠、私の3人のゴールド・マスキュリストは三位一体となり、究極の影の闘法『喪男エクスクラメーション』を放つ。
3人は肉体に秘められた『女災理論』を全て爆発させることで、世界を崩壊させかねない程のビッグバンにも匹敵する力を全宇宙に轟かせた。
その代償として3人は桜の花びらの如く、美しく散っていった……。
たとえ彼らの肉体が滅びようとも、彼らの清らかな魂はいつまでもいつまでも生き続けることだろう。
のちに3人は弱者男性たちによって神として祀られ、その魂は次世代のマスキュリストたちに受け継がれていくのであった。
戦え、全ての弱者男性たちよ‼︎
フェミを倒す、その日まで……!
No.26
97ヶ月前
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  俺らがゲームに、なりました。  いえ、去年の今日、11月26日、丁度一年前に発売したゲームなので、正確には「なっていました」。  それが今回ご紹介する『 ネットハイ 』。  本作を一言で説明するならば、ネット文化、オタク文化を舞台にした『ダンガンロンパ』。いえ、どちらかと言えば『逆転裁判』の影響が大らしいのですが、ニコニコ生放送そのものが舞台に選ばれ、主人公と敵とのディベート中に聴衆コメントが流れる辺りはやはり、『ダンガンロンパ』的です(学級裁判でのガヤの声の演出も、ニコ動が着想の元になっていたと言います)。また、マスコットキャラの声はガチャピン、ムック(の声優さん)が担当しており、これもまたモノクマの影響が大きい。  本作は膨大なフォロワー数を誇る リア充どもを、ド底辺な主人公が爆発させる というゲーム。「ニコ生における論戦で、ツイッターのフォロワーを競うディベートバトルゲーム」なのです。  いえ、劇中では「ツイッター」に近しい「ツイイッター」というのが登場するのですが、面倒なので本稿では「元ネタと思しい」サービスの名前をそのまま書いていきます。ご了承ください。  それともう一つ。  本作はネタバレ禁止とされています。  しかし正直ネタバレなしに本作の面白さ、深さ、素晴らしさを批評することは困難です。  よって今回は体験版として公開されている第一話は置くとして、それ以降については、キーワードを白文字にすることで対処しました。  ネタバレしても面白さを損なうゲームではないと思いますが、以上のような次第ですので、どうぞご了承ください。  さて、本作におけるディベートは「ENJ(エンジョイ)バトル」と呼ばれるのですが、主人公は敢えて「爆発炎上バトル」と呼称します。というのもリア充どもを「炎上」させ、「爆発」せしめることが、このゲームにおける目的だから。そう、「オタク」という言葉を「非リア」と読み替えることで、そのバトルをある種の階級闘争に準えたのが、本ゲーム。  何しろ国家が「ネオ・コミュニケーション法」を施行、人々にツイッターアカウントの所持を義務づけ、フォロワーの数でヒエラルキーが決まってしまう、というのが本作の世界観なのですから。フォロワーがゼロになった者はアカウントを凍結され、「Zランク」にまで落ちてしまいます。これは実質的には社会的な死。「Zランク」は俗に「ゾンビアカウント」と呼称されるのです。  ぼくの想像なのですが、恐らくこの世界観の根底には岡田斗司夫氏の提唱する「評価経済社会」の概念があります。他者の評価が数値化され、そうした「人気」の高い者がヒエラルキーを形作る「いいね!至上主義社会」。それは既にネット上では確立しつつあり、しかしぼっちでありコミュ障なオタクにこそ厳しい社会なのではないか、という疑問。それが本作のスタート地点にある気がしてなりません *1 。  もう一つ、ネタ元を勘繰るとするならば、『ゲームウォーズ』でしょうか。以前にも採り挙げたことがあるアメリカの小説ですが、近未来、ヴァーチャルリアリティの中だけが居場所の超底辺少年が日本の巨大ロボを操り大活躍、というお話で、ここで描かれる「SNS運営によって大衆が支配される超格差、管理社会」といったディストピア的世界観は恐らく、本作の元になっている気がします。  アマゾンのレビューに秀逸な批評がありました。 表面的にはリア充爆発というケツの穴の小さいテーマに見えますが、中身は全然違いました。  そう、その通りなのです。  今まで「オタクvsリア充」のバトルは「オタクという唾棄すべき存在の、やっかみ」という解釈のみが許されてきました。本田透は『 電波男 』で(当初は「チクショー、オタクが何したっていうんだよ!?」というボヤき芸を想定していたところを急遽、路線を変えて)「オタクは勝った!」と勝ち鬨を上げましたが、そんな危険思想がこの社会で許されるはずもなく、彼は存在そのものが「黒歴史」として 葬られました 。「 女災 」という概念を提唱した者もまた、 しかり です。  そんな絶望的状況の中、現れた第三の戦士、それが本作の主人公「俺氏」なのです。   そう、本作は俺らのゲーム、なのです。  繰り返しましょう。 「オタク」ネタは、どうしてもそれを嘲笑しなければならない、という社会の「お約束」の前に、苦戦を強いられてきた。『 俺の妹がこんなに可愛いわけがない 』、『 私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い 』は主人公を少女化することでそこをクリアしましたが、今やオタクネタのコンテンツは『 うまるちゃん 』、『 私がモテてどうすんだ 』とみな一様に、女性向けのものに埋め尽くされてしまいました。 ガガガ 。  そしてこれはむろん、「男性」全般に言える話です。ハゲは、インポは、ブサメンは、童貞は 笑われなければ、なりません 。  先に挙げたアマゾンのレビューは、それを表しているわけです。ただ単にオタクがリア充をやっつけるだけというお話であれば、それはケツの穴が小さい。いえ、決して小さくはないはずなのですが、世間はそう見る。  ならば、ぼくたちはどうすればいいのか。  その答えを、本作は完全に提示しています。  この「俺氏」はヘタレで気の弱いオタクですが、ある日、捨て猫をきっかけに、とある心優しい少女と会話を交わします。しかし彼女のツイッターはいきなり「炎上」、フォロワーがゼロとなり、アカウントが凍結されてしまいます。そう、ネット社会では日常茶飯事ですが、「こいつは悪者だから叩いていいのだ」と決まった者を、よってたかってそいつを晒しageて、集団でフルボッコにする。そうした様子を目の当たりにして、俺氏は「こんな腐ったシステムはぶっ壊してやる」と決意するのです。 「必然的に観客もhimeのフォロワーの比率が多くなる  最初から公平な戦いなんかじゃねえんだよ」 「でも、それじゃあENJバトルってなんのために……」 「そうだな……公開処刑ってところか」 「こ、公開処刑……」 「人気者に噛みついてきた無謀で愚かな人間を  フォロワーという 数の力でいたぶるんだ  観客たちはそうやって火あぶりになってもがき苦しむ人間を  画面の向こうで眺めて楽しんでやがるんだよ  なにがエンジョイバトルだ  それこそ炎上バトルじゃねぇか……!」 「ちょっとばかり失敗したヤツを フォロワーの数にまかせて  これでもかと叩いて笑いものにする  ツイイッターじゃめずらしくもねぇ光景だ  だけど、俺はそういうやり方が一番気に入らねぇ  だから言わせてもらおう  一緒になって叩いてるヤツら! そして見て見ぬ振りを  しているヤツら! どいつもこいつも最低のクズどもだ!」  フォロワーが四人しかいない俺氏ですが、現れた美少女型ナビゲーションAI「シル」と共に「ENJバトル」に殴り込み、圧倒的フォロワー数を誇るリア充どもへ、敢然と戦いを挑みます。 ■中央が「俺氏」。右が宿敵「MC」。左がナビの「シル」。可愛いです。  70年代、漫画やアニメの世界では、叩き上げがエリートを努力と根性でやっつけました。代表例は星飛雄馬と花形満ですね。  80年代はそうしたドラマツルギーが徹底的に無化されました。これはフジテレビなど、リア充をも含めた全体的な流れだったのですが、そろそろリベラル君たちがこれをオタクの仕業であると歴史修正を始める気もします。  90年代は本当の意味でのニヒリズムが蔓延し、シンジ君は戦いを拒否。  ゼロ年代は夜神月が、そしてなろう的チート主人公が人気を得るに至りました。  しかし10年代からは――と言っても、もう後半まで来てしまいましたが――再び「持てる者」へのカウンターが描かれる、70年代への回帰が始まるのかも知れません。  ただ一つ違うのは、「努力と根性」という要素は相変わらずオミットされていること。それは仕方がありません。現代で「努力すれば報われる」と語っても、それはギャグにすらならないでしょうから。  では、「俺氏」は何を武器に戦うのでしょうか。  本作では、 「愛」が敵と戦う武器に選ばれています 。  なぁんだ、と思われるでしょうか。  この「愛」こそ80年代に空疎に振り回され、世の中をエゴイズムに染めてきた諸悪の根源である、と言いたい人がいるかも知れません。  てか、そうした物言いは、(最近してないですが)以前、ぼくがよくしておりました *2 。  しかしまあ、待ってください。  ここから先は更に、本作のストーリーを詳しくご紹介していく必要がありそうです。 *1 本作一話では「食べログ」が登場。飲食店を逆恨みした者が不当に貶めるレビューを書き込む様が描かれ、「これもまた飲食店版のリア充ランキングだ」と語られます。 *2 「 兵頭新児の女災対策的読書・Rewrite 」「 Rewrite(その2) 」など。  俺氏は「 リア充、爆発しろ! 」「 特定完了! 」の決めゼリフと共にリア充どもの「正体」を暴いていきます。  本作における「ENJバトル」、基本は相手のゴシップを集め、その正体を暴露するという、かなりゲスなものです。とは言え、まず最初に俺氏はこのシステムそのものを否定しており、「そうした手法を使わざるを得ない矛盾に苦悩しつつも、それによりシステムそのものを否定しよう」とするところにこそ、本作の醍醐味があるわけなのです。  例えば、第一の敵、「Mrエリート」。 「超一流」のブルジョワである彼は、90年代あかほりアニメのライバル役でよくいたような、何だかちょっとカマっぽいスネ夫キャラです。彼はまさにリア充のお約束の行動として、ディナーをツイッターにうpします。高級フレンチを食べたとドヤ顔なのですが……ん? よくよく見ると何だかコラ画像のような……ENJバトルで、彼が本当に食べていたのは牛丼であったと暴露されます。まさかこれ、内田樹師匠と古市憲寿師匠が元ネタになっていたり……しないよなあ?  案の定、Mrエリートの正体は単なる牛丼屋のバイトでした。イケメンのアバター(?)とは裏腹に、本人はデブなキモオタ。  しかし、本作の秀逸なのはここからです。Mrエリートは牛丼をバカにされ、本人の「牛丼愛」故にそれを看過できず、正体を現してしまう。俺氏はそんな彼の牛丼愛を讃えるのです。  何となれば、俺氏は愛を武器に、戦うのですから。  とあるブログで「俺氏は相手に同情も、ましてや嘲りもしない、 敬意を持って臨むのだ 」と評していた人がいました。まさに「それな」です。  以降も次々と現れるリア充どもの正体を暴くことで、俺氏はバトルを勝ち進むのですが――ここで更なるネタバレをしておくと、本作のもう一つのすごさは、その女性観のシビアさにあります。  Mrエリート自身は男性ですが、彼のパートナー「部下子」は「意識高い系OL」。  彼女は俺氏がMrエリートにとって不利な 客観的事実をツイートすると 、猛然と噛みついてきて「ツイートを消せ」「訴える」「弁護士と相談している」と恫喝を始めます。   本作は俺らの、ゲーム化です。  本作は「推理ゲーム」をフォーマットにしてはいるものの、あくまで「民意誘導」こそがその目的(何しろシステムの中に「民意先導スピーチ」というものがあります)。論理の整合性に重きが置かれているわけではありません。だからこそ女性対戦者は「女子力」をもって戦いを挑んできます。彼女らはみな一様に被害者ぶり、或いは色仕掛け、「私のことが好きなの?」と主人公に問うことでバトルを乗り切っていくのです。  第二話の対戦者himeが「誰かhimeを守って!」「himeを守ってくれる王子様はどこ?」と続け、俺氏に対して「ひょっとしてあなたが王子様?」と迫る展開は、敵ながらあっぱれです。  ちなみに第二話のタイトルは「ウソつきは姫の始まり」。もうこれだけで「はは~ん」となる人がいるのではないでしょうか。このhimeは日本のオタク文化を愛し、ユーチューバーとしての知名度を誇るブリュンヒルデ王国から来たお姫様。「クールジャパンを愛する異国の姫」というのが既にオタク心をくすぐる設定で(そんなの、宇宙からやってきたぼくのことを溺愛してくれる美少女、といっしょですもんね)、当初は「少女の憧れである魔法少女アニメが好き」と語っていたところを「魔法少女は少女のためだけのものではない」と反論され、「深夜の、ちょっとエッチな魔法少女アニメ」も好きであると語ることで支持を挽回する下りは見事です。そう、俺氏が指摘するようにぼくたちは「アニメには夢がある」など一遍通りなことを言う「にわか」を何よりも憎みますが、そこを「あなたたちの愛する、 欲にまみれた深夜アニメ をも、受け容れる」と言われたら、「あぁ、本当に俺たちのことをわかってくれるんだ」となって、一発でメロメロになっちゃいますよね。  そして彼女は最後に「 姫は姫でもオタサーの姫 」という正体を現します。  彼女の取り巻きである「騎士くん」は彼女を守ると称して(彼女に不快感を与えた者へと過剰な報復行動に出るなど)暴走を続けていました。俺氏は「仮にそれが姫の命じた行為ではないにせよ、男たちの歓心を買い、彼らを操縦していたことで責任は免れない」と憤ります。そんな彼女が「どうしてみんな仲よくできないの?」を連発することで俺氏の戦意を削ぐ戦術を使っていた(口先では平和を謳いつつ相手の攻撃を続けていた)ことがまた、見事。ここでは「女性性」、即ち「受動性というジェンダーが持つ攻撃性」が十全に描かれているのです。  最終的に、彼女はアバターを暴かれ、本来の姿を現します(アバターを剥ぎ取り、相手の正体を「特定完了」することが本作のクライマックスです)。王冠を被り錫杖を手にした異国の金髪の姫が、「 姫と呼ばれたかったーーー!! 」と絶叫しながら、 ネコ耳に魔法少女ステッキを手にした、ルックスも微妙でボディラインもたるんだ 「いまいち萌えない」正体を現す様は悲惨でもあると同時に、しかしその「残念さ」に萌えてもしまいます。結果、彼女は 少数のサークルの中でファンに囲まれながら、オタサーの姫 に戻るのです。  第三の敵はボカロ。とは言え、本丸の敵はこのボカロを操るプロデューサーであり、俺氏は彼と、オタク文化の尊厳を懸けた戦いを繰り広げます。ここで語られるのは、「愛もないくせに、金の匂いを嗅ぎつけ、外から俺らの業界に入ってきたものへの違和」。  まさか、こんなテーマを語ることが許されていようとは、ぼくは夢にも思いませんでした。何しろ現実のオタク世界を支配する「運営」は、オタクたちがそんなことに疑問を持つことを厳に禁じています。 思想犯は矯正されるか、アカウントを凍結されるしかありません 。しかし俺氏はオタク文化に愛のない者へと、果敢に噛みつくのです。   本作は俺らの理想を描いた、ゲームです。  もっとも、このボカロもまた、「いろいろあって、 リア充界から都落ちしてオタク文化 にすがるようになった」切ない正体を現すのですが……。  第四の敵は「ギャル」です。「スウィーツ()」とか「携帯小説」といった表現はさすがに古いからか表には出ませんでしたが、要するにそういう感じの人物。「オンナのコわ、もっとワガママでいいと思う」という彼女の「恋愛脳」から発せられるワードはその理解不能さで俺氏陣営を苦しめ、一方、彼女の著作に感化された女性たちは「モンスター女子」としてネットにもリアルにも夥しい被害をもたらしています。ツイッター上で萌えキャラが叩かれる描写も(ちょっと抑えたものですが)あり、これが実際のいかなる事件をモデルにしているかは明らかです。 「女子はか弱い。女子は守られなければいけない  そんな考えがどんどん過激にエスカレートしていって  ついには男子が女子のために尽くすのは当たり前  女子のために尽くすことが男子の幸せだ――  そんな思想を持って男子を虐げるようになってしまったんだ  今や 女子たちはモンスターそのものだよ 」   本作は俺らのゲームです。  このギャルのもう一つの決めゼリフである「愛があれば、言葉なんてなくたって気持ちは通じる」に対して、殊更に俺氏は批判的で、男女のディスコミにおける女性の「ムードでわかれ」圧力が、オタクにとっては極めてムチャ振りであることが、ここでは十全に描かれるわけです。  さて、ではこの「ギャル」がどうなるかというと――みなさん、そろそろおわかりになってきたかと思います。  対戦相手の正体は例外もあれど、ぶっちゃけてしまえば、みな「非リア」でした。だからこそ正体を現した相手と俺氏とは和解し、友情を育んでいく。作品として非常に後味のいいものになっているのです。  このギャルの彼氏は非実在であり、そして彼女の正体は――あぁ、やっぱり 腐女子 だったか! そんな「 脱オタ 」しようとしていた彼女が オタク としての生き方を取り戻すことが、本話のテーマだったのです。  また、彼女のケータイ小説は映画化などがされるにつれ、スポンサーの意向に振り回されるようになったと描写され、そのスポンサーである企業こそが悪ではないかとも暗示もなされ、「ラスボス」への伏線を張ります。  第五話は、中でも一番、女性へと辛辣な話でしょう。  対戦相手はイケメンアイドルなのですが、ここでは実際の事件をモデルにした「バンビーナ事件」というものが描かれます。「バンビーナ」とはこのアイドルのファンである女性を総称する言葉なのですが、かつてこのアイドルの(正確には彼がかつて所属していたグループの)ライブが急遽中止になり、地方から上京してきたバンビーナたちがコンビニや行政に食事や宿泊場所を無償で提供せよと主張、またバンビーナを狙う 性犯罪者がいるなどのデマまでをも流してしまう 、といった事件が起きていたのです(彼女らが「か弱いバンビーナを守れ!」と自ら発信していたというのがまた、見事)。それ以降、バンビーナたちはタチのよくないファンとして暴走することになってしまったのです。   本作は俺らの住む現実世界の、ゲーム化です。  また、このアイドルは同時に俺氏の幼なじみでもありました。  俺氏の非リア、コミュ障は、元を辿れば小学生時代の金魚殺しの冤罪を着せられた過去に起因します。  証拠もなく俺氏を犯人として糾弾するクラスの一同。その吊し上げ、 糾弾会 の様を、俺氏は「今思えばネットの炎上に似ていた」と述懐します。  が、そこをただ一人、幼なじみは俺氏をかばってくれました。二人の友情はそれをきっかけとしたものでしたが――ENJバトルの場で、衝撃的な真実が明らかになります。 実は金魚殺しの真犯人は、この幼なじみ でした。「俺がこいつの味方をしてやったら、女どもは俺のことを優しいと言うのだ。証拠もなく犯人と決めつけた相手に『死ね』と罵詈雑言の限りを尽くしたその口でな!」。 「傑作だろ! オマエに「しね!」と言った口で  今度はオレに「好き」だとかぬかしやがるんだからな!」 「今世紀最高のイケメン、オンナたちバンビーナと呼び  数え切れないオンナを抱いた肉食獣!  だが、本当の肉食獣はそのバンビーナたちだった!」   本作は俺らの、ゲーム化です。  ここではイケメンアイドルの女性への失望がイヤというほど描かれます。  彼は 虚飾の世界に疲れ果てたアイドル という「正体」を晒し、退場していきます。いえ、現実の世界では 「女性を罵るイケメン」はミソジニストと呼ばれることも決してなく 、充分に需要があることでしょうが……。  アイドルの明かした過去の事実には、女性性のリアルがこれでもかというくらいに描破されています。 「『死ね』と言ったその口でイケメンのことは『優しい』と言う」。  残念なことに近い事例は世間のあちこちで見ることができますが、これを分析するならば、「判断を強者に委ねた者」「観客であることを許された者」故の無責任さである、とまとめてしまうことができます。  そうした匿名性、受動性は女性ジェンダーのネガティビティでもありますが、同時にネットの特性でもあります。  本作は何よりもそうした匿名性をこそ、受動性をこそ「悪」であると厳しく告発しているのことが、おわかりになるでしょう(考えれば『 絶対絶望少女 』のテーマもまさにこれでした)。  この五話を最後に、本作は以降、最終編へと突入していき、「女災」的テーマからはいったん、距離を置きます。しかしラスボス戦においてすら、俺氏はこの「リア充至上主義社会」、否、実のところフォロワーたちのリアクションが、「いいね!」を押す者が主導権を握っている……えぇと、ポピュリズム社会、みたいな形容でいいのかなあ、ともかくそうしたものの裏を掻く「邪道」で勝利を収めるのです。  そして、もう一つ。  先にぼくは「俺氏」は愛を武器に戦うと述べました。  しかしその愛は、「リア充」の言う愛ではない。  オタクが愛と言う時、オタク文化への愛を指すことが多く、そのニュアンスに独特のものがあることにお気づきでしょうか。それは「自己愛(ナルシシズム)」と言い換えてもいいでしょうし、「ライナスの安心毛布的なものへの愛」と言い変えてもいいでしょう。ぼくは時々、オタク文化を「裸の男性性」と形容しますが、要するにオタクのキャラやコンテンツへの愛情は、自らの内面への愛情だとも言い得るわけです。  自分を愛することをタブーとし、女性に全ての愛を捧げよと命じられた男性が、 フェミニズムによる社会動乱に乗じて 、とうとう自分自身を愛するガジェットとして、萌えというものを発明した――それが、オタクの言う「愛」の実体です。  先に「俺氏は敵に敬意を持って臨む」との意見を引用しましたが、Mrエリートが牛丼を愛しているからこそ俺氏は彼と友になり、またhimeが「 オタどもを搾取するオタサー姫 」である点については厳しく糾弾しますが、 オタク女子として愛する作品 がある一面に対しては、リスペクトもします。  俺氏は「いいね!至上主義社会」を基本的に否定していますが、オタクの愛を信じることで、民意を自分側に向けさせもするのです。オタク文化をバカにしたMrエリートを批判することで流れを変える展開など、その好例ですね。  今まで貼ってきた画像をご覧いただければわかるように、本作のキャラクターデザインは「島本和彦」系です。実際、ファンの中にはデザイナーさんを『グレンラガン』の人だと信じ切っている人が結構いるようです。  島本和彦先生と言えば、もう彼自身を語るのに別な記事を五つも六つも書く必要が生じてしまう作家なのですが……要は「男性性というものが否定されてしまう状況下で、一度、男性性を笑いのめし、しかしその中から立ち上がっていこうという実験をした作家」と定義することができましょうか。  本作もまたその魂を受け継いでいます。  ぼくは以前、オタクの内部指向を「格好は悪いけど、ぼくは自分のニーズに没頭する」、「対外的には自虐しつつ、自らの欲求を吐露する、スタイル」と表現しました *3 。  本作では島本先生の「熱血→ギャグ」という流れを「オタクの自虐」に読み替えました。 「男の魂」を笑いのめし、しかし感動に持っていくという島本先生の荒技に倣い、本作はオタクの愛の全肯定という荒技を敢行した作品である、と言えるのです。  ――ぼくは一ヶ月ほど前、本当に何気なく本作を手に取り、そして毎話、感動と驚愕に震え上がりながら、終えてしまうのが惜しいと感じつつ、プレイを終えました。  が、大変残念なことに本作、一般的な知名度はそこまで高いとは言えません。  興味を持っていただけた方は、まず体験版を――と思ったのですが、プレステストアを見てもどこから体験版をDLできるのかわかりません。ニコ動ででも見て気に入った方は購入していただけたら……と思います。 *3 サブカルがまたオタクを攻撃してきた件  ――その2 オタク差別、男性差別許すまじ! でも…?
兵頭新児の女災対策的随想
「女災」とは「女性災害」の略。

男性と女性のジェンダーバイアスを原因とする、男性が女性から被る諸々の被害をこう表現します。



このブログでは女性災害に対する防災対策的論評を行っていきたいと思います。