Vol.227 結城浩/数学ガールの特別授業(筑紫女学園編)(1)/なぜあの人は、いつもああなのか/

結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年8月2日 Vol.227

はじめに

おはようございます。

いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。

もう八月になりました! 毎日暑くて、解けてしまいそうです…

私のまわりには暑さのためか体調を崩している人が多いのですが、 あなたはいかがですか。

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「数学ガールの特別授業」の話。

ちょうど一週間前、2016年7月26日(火)に結城は、 福岡の筑紫女学園中学校で特別授業(講演)を行いました。 夏休みの特別企画として生徒さんに「言葉が持つ力」という話をしたのです。

いつものように当日の講演会は録音してきましたので、 これを文字に起こして加筆修正を行い、 読み物としてこの結城メルマガで配信したいと思います。

数回に分けて配信しますが、今回はその一回目です。 ぜひお読みくださいね。

今回の配信分PDFのURLはこのメールに含まれています。 過去に実施された「数学ガールの特別授業」のようすは、 以下のページにバックナンバーとしてまとめてあります。

 ◆数学ガールの特別授業
 http://www.hyuki.com/girl/lesson.html

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重版出来の話。

『数学文章作法 推敲編』と『暗号技術入門』 の重版連絡が相次いでやってきました。 「重版出来!」はとてもうれしいニュースですね。 どちらの本もロングセラーとして、 この本を必要とする読者さんのお役に立つのを願っています。

『数学文章作法 推敲編』は刊行したのが2015年でしたから、 一年ちょっとでの重版になりました。 基礎編に比べるとゆっくりしたペースですが、 初版の部数がずいぶん多かったことと、 また電子書籍が健闘していることが影響しているかもしれません。

『暗号技術入門』は今回で5刷となります。 こちらも多くの人に大事にされるロングセラーとなっています。

みなさんの応援、いつもありがとうございます。

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新刊の話。

新刊『百年後の詩人』(結城浩著)のあらすじは以下です。

その時代、詩人たちは、 「プログラマに適切な比喩と関数名を与える」 という仕事だけをこなす毎日を過ごしていた。

あるとき、ひとりのカリスマのもとで詩人たちはついに蜂起した。 「言葉は力である」と自覚していた詩人たちが取った革命の方法は、 やがて予想もしなかった未来を生み出していく。

詩人たちがカリスマの助けを得て取った方法とは、 《語義の間隙》をねらう方法だった。 「一つの単語には一つの意味」という《単一語義原則》に慣れたプログラマは、 詩人たちのその仕掛けに足をすくわれる形となる。 プログラマがパッケージ名、モジュール名、関数名、メソッド名、 というそれぞれの名前空間で同じ語句を使ったときに発動する、 《語義の間隙》とは。

主人公のプログラマ「ロゴス」は、 日々の労働に嫌気がさしていた。 生活のためと飛び込んだ企業では、 毎晩のように真夜中過ぎまでの労働が続く。 確かにプログラマは「言葉を並べる仕事」だ。 しかし、自分が思っていたのはこういうんじゃないんだ。

ロゴスの恋人「ラング」は逆だった。 自分にプログラマの才能があると知りながら、 絵本に関わる出版社に勤務する毎日。 自分が書くならまだしも、 わけのわからない絵本作家におべっかを使う毎日。 しかし彼女はコンピュータに関する天賦の才能があった。 その力はまさに《語義の間隙》事件によって開花する。

一ヶ月ぶりに出会い、愛を確かめるロゴスとラング。 しかし、その場で二人は同じプロジェクト「コンテキスト」 に関わっていることを知る。 偶然だね、と笑ったのもつかの間、 ロゴスのクライアントであるチョムスキーが不可解な事故に遭い、 その犯人としてロゴスが指名手配になる。

ロゴスを助けようとするラングの働きは、 ラングと関わりの深い絵本作家ヘボンによって阻止される。 反発するラング。しかし、そこに働いていたのは、 名前空間を支配する謎の組織「メタコンテキスト」の強大な力であった。

ロゴスの疑いを晴らし、 メタコンテキストの野望を打ち砕く方法は「言葉の種」 を見つけることと知ったラング。 しかし、苦労の末に見つけた「言葉の種」は偽物であった。 絶望に陥るラング。しかしその時ロゴスが残したメモに気づく。 そこに本物の「言葉の種」を見出す方法が書かれていた。

苦難の末に本物の「言葉の種」を見つけたラング。 これでロゴスを救い出せると思ったが、 すでにロゴスはメタコンテキストの洗脳にあっていた。 だれの愛も信じられないロゴス。 ラングは「言葉の種」がそのままでは「種」にすぎないことを知る。 芽を出し成長させなくては言葉に意味はない。

それに気づいたラングは、 ロゴスがもとの心を取り戻すために「言葉の種」をすべて費やす。 持っているすべてを失ったラング。 しかし、その腕を支え抱きかかえたのは、洗脳が解けたロゴスだった。 彼はラングの活躍によって、 言葉が固定的なもの・死んだものではなく、 生きているものであることを知ったのだ。

「言葉は、誰かのところで止まったときに死ぬ。 しかし、次の誰かに伝わったときに新たな命を得る」 ロゴスとラングが悟ったのはこのことだった。 メタコンテキストは、言葉を固定することで、 世界を支配しようとしていたのだ。 二人は力を合わせてメタコンテキストのアジトにたどり着く。

しかしすでにもぬけのから。 メタコンテキストの幹部らは、劣勢を悟って逃亡していた。 「言葉は固まってるのに、逃げ足だけは早いな」 と嘯くロゴス。蹴飛ばすラング。

ロゴスとラングの生きた言葉を守る小さなユニットと、 死んだ言葉で世界を膠着させるメタコンテキストとの、 長い戦いがいま始まったのだ。

以上が『百年後の詩人』のプロットになります。 壮大だ!

……という新刊ジョークを考えたんですが、 ジョークとしてプロットを書いているうちに、 私自身も読みたくなってしまいました。

いったい、いつ書くんでしょうね!

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(ほんとうの)新刊の話。

秋に刊行予定の『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』 の執筆が佳境に入っています。7月末までに本文を仕上げるつもりでしたが、 さまざまな理由によりだいぶ遅れています。

現在は第4章に取り組んでいます。第4章と第5章の内容配分で、 あれこれ練り直しを行っていたのがようやくかたまったところ。 だいたい執筆が遅れるときというのは理由があって、 盛り込みたい内容が多すぎるんですよ。

内容が多すぎるために整えるにも時間が掛かり、 全体像を把握して取捨選択するためにも時間が掛かる。 書くのも読み返すのも時間が掛かる。 ですから「どうも進捗が悪い」というときには、 自分の能力を疑う前にページ数を数えるというのは現実的な話。 現実のページ数を把握せずに、自分の理想を追っても、 なかなか進捗せずにいやになってしまいますからね……

……などと他人事のようにいってはいられないので、 ちゃくちゃくと書き進めなくては。

がんばろー!

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表現する話。

Twitterで @51D_Mustang さんが、 『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』 のエピローグに出てきた《微分する機械》をプログラムとして表現していました。

 https://twitter.com/51D_Mustang/status/754029211464019968

多項式として表現されている関数の係数列から、 微分した導関数の係数列を得るという処理を行うプログラムですね。 こんなふうに、プログラムを使って《表現する》 というのはとてもすばらしいことだと思います。

プログラミング言語は言葉。 プログラムを書くというのは、文章を書くことに似ていて、 自分が考えたことを「こういうことだよね」と表現する行為です。 しかも、実際にプログラムを動作させて、 「ほら、確かに思った通りに動いた」と確かめることができる。

時代が時代なら、研究者がのどから手が出るほどほしがった計算機資源を、 現代の私たちはたっぷり手にしています。 「プログラミングによって自分の考えを表現する」というのは、 現代ならではの表現方法ですよね。

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疲れているときの話。

結城は、疲れているときやがっかりしているとき、 他の人をはげましたり応援したくなる場合がある。 それは、自分に何か見返りが欲しいという気持ちとは少し違う。 自分が受け取りたいものを、せめて人には渡したいという気持ちなのだ。

よく似ているのは、身体が疲れてこわばっているとき、 妻の肩を揉んだり背中をマッサージしたくなること。 なぜかわからないけれど、 自分が苦しいところを見極めて相手に仕えると、 自分も楽になる。不思議な法則がそこにある。

聖書の「自分がして欲しいことを相手にしてあげなさい」 というのは真理なのだ。

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「連ツイ最前線」の話。

結城は日常的にTwitterでツイートしています。 また、意識的に「自分あてにリプライ」をする「連ツイ」を行っています。

ところで、ある瞬間を切り取ってみると、 複数の「連ツイ」が「書きかけ」になっていることになります。 たとえば結城は毎日「森を抜けて仕事場へ」のツイートを行いますが、 そこには「お仕事の作業記録連ツイ」が続いています。 その他にも、ハイになったときに書く突発的な連ツイがありますし、 特定の話題に関して少しずつ進んで行く連ツイもあります。

そこで、 現在の「連ツイ書きかけ最前線ツイート群」 がわかるといいんじゃないかな!と思いました。 そういう「最前線」が見やすくなっていれば、 「さっきまで考えていたこと」 の続きとしてリプライをそこに繋げることができる。

……と考えたので実際に 「連ツイの最前線ツイート群」が自動的に作られるようにしました。

 ◆連ツイの最前線ツイート群
 http://rentwi.textfile.org/html/latest.html

これで、複数個流れている「結城の連ツイ」スレッドの最前線が 伸ばしやすくなったはずです。 「最近、どんなこと連ツイしてたっけ?」へ答えるソリューションです。

こういうプログラミングしているときって、 すごくワクワクします。アイディアが形になり、 しかも毎日が少し便利になる。これってなかなかいい感じ!

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ゲームの話。

結城はiPhoneでパズルゲームを解くのが好きです。 アクションゲームみたいなのはぜんぜんだめなんですが、 静かに考えて解くタイプのゲームは大好き。

特に今回ご紹介するようなアブストラクトなゲームはすごく好き。 この klocki というゲーム(クロッキーと読むのかなあ)は、 言葉で説明するのは難しいんですが、とにかく「繋げる」パズル。

 ◆Maciej Targoni「"klocki"」楽しいパズルゲーム
 https://itunes.apple.com/jp/app/klocki/id1105390093?l=en&mt=8

説明は言葉でいっさい出てこないし、 チュートリアルもない。ただ画面にオブジェクトが表示されて、 「さあどうぞ」といわんばかりにユーザの操作を待つ。

そこに置かれる丸いものはタッチするたびに回転する。 レバーがあったら回すことができる。 触れると色が変わる四角いパネルは、他のパネルと交換できる。 ……といったゲームのルールはいっさい《説明されません》。

ルールを自分で見つけ、求められている最終形態も自分で想像する。 そんな不思議なパズルがklockiなのです。

たとえば、この画面、どんな操作が可能か、想像できますか?

 ◆klocki(スクリーンショット)

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そしてたとえば、この画面。 何をどうすれば「解けた状態」になるか想像できますか?

 ◆klocki(スクリーンショット)

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結城はすでに全面コンプリートしたのですが、 そのミニマルでおしゃれなデザインが好きなので、 いまでもときどき遊んでいます。

それにしてもこういうパズルゲームを考える人の頭の中って、 いったいどうなっているんでしょう!

 ◆Maciej Targoni「"klocki"」楽しいパズルゲーム
 https://itunes.apple.com/jp/app/klocki/id1105390093?l=en&mt=8

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Evernoteの話。

先日書籍執筆に関係した調べ物で、Webを検索していたところ、 Evernoteが、

 「いま検索した語句と関連しているノート」

というものをチラ見せしてくれました。 それが意外にもたいへん有効で、

 「おお、そういえばこれも必要な話だった。ありがとうEvernote!」

という経験に結びつきました。 Evernoteはなかなかあなどれません。

 ◆Evernoteは関連したノートを見つけ出してくれる(スクリーンショット)

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正直な話をしますと、 この機能がいままで役立ったことはほとんどありません。 でも、今回はたいへん役立ちました。

何しろEvernoteに入っている情報は、すべて私の関心事でありますし、 また世界中を検索しても見つからないものである場合も多いのです (当然ながら)。

今回「関連したノート」をチラ見せしてもらい、結城は、 自分の個人的な秘書がそばでささやいてくれたような、 そんな気持ちになりました。

こういう道具をずっと進化させた先には、 未来の知的生活者の道具があるのかしら。

自分が本を書いていると、ときどき、 「ねえ、結城さんが最近書いている文章のことだけどさあ……」 と教えてくれるような知的主体のような存在が。

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では、今週の結城メルマガを始めましょう。

どうぞ、ごゆっくりお読みください!

目次

  • はじめに
  • 数学ガールの特別授業(筑紫女学園編)(1)
  • 「なぜあの人は、いつもああなのか」
  • 教師とは何だろうか - 教えるときの心がけ
  • おわりに