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Vol.239 結城浩/本との出会いと楽しみの演出/《私のために書かれたものだ》と感じてもらうには/
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Vol.239 結城浩/本との出会いと楽しみの演出/《私のために書かれたものだ》と感じてもらうには/

2016-10-25 07:00
    Vol.239 結城浩/本との出会いと楽しみの演出/《私のために書かれたものだ》と感じてもらうには/

    結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年10月25日 Vol.239

    はじめに

    おはようございます。

    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。

    一点おわびがあります。

    前回の結城メルマガVol.238で、 同じ内容を一通の中に二回繰り返して配信してしまいました。 つまり一通のメールが二倍の長さになったのです。 これは結城が配信予約時にメルマガ内容を二回ペーストしてしまったためです。 混乱させてしまい、申し訳ありませんでした。

    Vol.238の結城メルマガで「再読」が一つのテーマだったので、 「もしかして、メルマガが再読に耐えるかのテストですか?(笑)」 というご感想もいただきましたが、純粋に結城のミスです。 お恥ずかしい。おわびいたします。

    なお、この件は、まぐまぐ!で配信したメールについてのみです。 ブロマガでは問題ありません。 また、まぐまぐ!のバックナンバーでも現在は修正してあります。

     * * *

    新刊の話。

    いよいよ今週末ごろから、 『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』が書店にならびます! たいへん長い時間が掛かりましたが、 これでようやく読者さんの手にお届けできますね。

     ◆『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』
     http://note8.hyuki.net/

    これが結城の46冊目の本。 とっても、うれしいです!

    今週水曜日にサイン本を作る予定になっています。 サイン本の取り扱い店舗や、 メッセージカード同梱書籍を販売するチェーン書店さんなど、 詳しい情報は随時Twitterなどでアナウンスする予定です。

     ◆結城浩のTwitter
     https://twitter.com/hyuki

    応援よろしくお願いしますね。

     * * *

    映画の話。

    数学者ラマヌジャンの映画が封切りになりました。 ラマヌジャンとハーディの研究と友情を描いた映画、 「奇蹟がくれた数式」です。

     ◆映画「奇蹟がくれた数式」
     http://kiseki-sushiki.jp/

    関係者から、試写会のご招待をいただいていましたが、 たいへん残念なことに自著の校正とバッティングした関係で、 結局試写会には行けませんでした。ほんとに残念。

    字幕などにもきちんと数学的な監修が入ってると聞きました。 ぜひ、観に行きたいです。

     ◆映画「奇蹟がくれた数式」(予告編)
     https://youtu.be/e4UQrjlS6w8

     * * *

    「舟を編む」の話。

    TVアニメ「舟を編む」が始まりました。 結城はアマゾンプライムビデオで観ています。

    『大渡海』という辞書を編纂する人たちの物語ですね。 すでに映画を観ているので、話の概略は知っているのですが、 もちろんそんなことは気になりません。 先日、第二回までを観ました。これからも楽しみです。

     ◆TVアニメ「舟を編む」
     http://www.funewoamu.com

     ◆「舟を編む」 第3弾PV
     https://youtu.be/XOiIHHxMqE4

    「言葉を扱う仕事」という点に興味をそそられるのはもちろんそうです。 でも、もう少し一般化することもできます。 「長い間、こつこつと一つのことに取り組む仕事」に惹かれるのです。

    人は、長い間一つのことに取り組むとき、 ずっと《それ》についてどこかで考えています。 《それ》が心から離れず、頭から離れず。 気がつくとまた《それ》のことを思っている。

    まるで、恋みたいですね。

     * * *

    パリの話。

    一昨年、初めてパリに行きました。

    数日パリに滞在して、 シャンゼリゼ通りや、ヴェルサイユ宮殿や、 ルーブル美術館などの観光地をゆっくり巡る旅程です。

    パリの町は道幅が広く、 町並みも東京に比べたら田舎くさい感じがします。 それでも、それだからこそ確かに歴史は感じられます。 ある日、道を歩いていてふと、 「このあたりの道はガロアも通ったのではないか」 と思いました。

    ガロアが歩いたであろう道を通り、 ガロアが渡ったであろう橋を渡る。 確か、この橋でガロアは逮捕されたのではなかったか。

    記念にあなたの写真を撮りましょう、 と妻が言ってくれたけれど、私は撮らなくてもいいかな、 と思いました。何となく、そぐわない気がしたからです。

     * * *

    写真と文章の話。

    スマートフォンのおかげで、 写真やビデオを撮るのはとても簡単になりました。 昔とは比べものにならないくらい、 たくさんの写真が手元にあります。

    ところで、写真だけでは残しにくいものがあります。 それはそのときに感じた「気持ち」です。 もちろん、あとから写真を見返して「こうだったな」 と思うことはあります。でも、思い出すのは現在の自分。

    先日、自分が子育てをしていたころの日記が出てきました。 そこには、子供が大きくなっていくようすを見ている 「自分の気持ち」が書かれていました。

    不安な気持ちや嬉しい気持ち。それらは、 現在の自分からしてみれば、 ほんとうにささやかな気持ちです。 「そんな問題はすぐ解決するから心配しなくていいよ」 と過去の自分に言いたくなるようなことまで書いてあります。 このような記録は、写真では残しにくいなと思いました。

    一枚の写真や、あるいはビデオは、 確かにその時点での映像を記録するでしょう。 空気感のようなものもとらえるでしょう。 でも、心の中までは写せないし、残せない。

    文章で自分の気持ちを残すことは、自分にしかできません。 他人の心の中はのぞけないからです。

    写真と文章でどちらが強いという話ではありません。 相補的に働いて、過去の自分を見せてくれるはずです。

    家族のちょっとした様子を記録するときに、 自分の感じたことや心の中も文章として書いておくのは、 とてもいいものですよ。

     * * *

    まちがいの話。

    何事につけ、まちがいを起こさないことは大切です。 しかし、まちがいを起こした後にきちんと対処できることの方が大切かも。 きちんとした対処をすることは難しいのですけれど。

    もしも、自分は絶対にまちがいを起こさないという人がいたら、 その人はプログラマには向かないし、科学者にも向かないでしょう。

    自分がまちがいを起こしたときに、それを決して認めなかったり、 人のせいにばかりする人がいたら、 その人はきっと成長できないでしょう。

    人間がまちがいを起こさないことを前提としたシステムは、 脆弱なものです。

    さまざまなニュースを眺めながら、 ふと、そんなことを思いました。

     * * *

    物語構造の話。

    Twitterで @non_archimedean さんがこんなツイートをしていました。

     --------
     ゲームやアニメ等の映像作品でしばしば序盤の曲のアレンジ曲が
     終盤に来ますが、そういうのって伏線以上に衝撃を覚えます。
     視覚情報ではそれほど衝撃を覚えないのですが、
     何で曲をアレンジしただけであれ程感慨深くなるんでしょうね。
     長い物語が曲で紡がれた感じがして。
     https://twitter.com/non_archimedean/status/787799830848425985
     --------

    なるほど。確かにそういう現象はありますね。

     「序盤に曲が流れる」→「終盤にそのアレンジ曲が流れる」

    このコンボで謎の衝撃と感動があるという現象ですね。 @non_archimedean さんも「長い物語が曲で紡がれた感じ」 と表現していらっしゃいますが、結城も理由を考えてみました。

    衝撃と感動が生まれるのは、もともと物語が、 「物語の前後での登場人物の成長や変化」 を描いているからではないでしょうか。

    一人の人がいる。苦難や努力や試練などの「物語」を通り抜けていく。 物語を通り抜ける前と後では、同じ人なのに少し《成長》や《変化》がある。 アレンジ曲はそのことを言葉や映像ではなく音楽で描いている。 アレンジ曲を耳にした視聴者は、登場人物の成長や変化を直接感じ取る。 だからこそ、衝撃や感動を受け取るのではないか。

    そんなふうに考えました。

    少し話は変わりますが、 『荒木飛呂彦の漫画術』という新書で、 物語で登場人物をどう変化させるかについて、 荒木先生がこんなふうに書いています。

     --------
     理想的なパターンは、ページをめくる度、
     主人公は次々にパワーアップした困難に見舞われるけれども、
     その都度勝っていき、
     「次は負けるのかな」
     と読者に思わせるほどの状況に陥っても、
     最後は必ず勝つというものでしょう。
     そのプラスを積み重ねていく部分のアイディアをどうするか、
     これがストーリー作りの要です。
     『荒木飛呂彦の漫画術』(p.112)
     --------

    ここに書かれているのは、主人公がどんどん勝っていくというパターン。 そしてそれを物語作者が実現するためには、 登場人物がどう変化しているか、変化していくか、 変化したかを注意深く意識する必要があるでしょうね。

    ちなみに、主人公がどんどん勝っていったら「インフレ」 が起きてしまうわけですが、物語作者はそれをどう制御するのでしょう。 それについては荒木先生が新書の中で詳しく語っています。 荒木先生の名作『ジョジョの奇妙な冒険』で取られているシステムですね。

     ◆『荒木飛呂彦の漫画術』【帯カラーイラスト付】(集英社新書)
     http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B012MLQ9SG/hyam-22/

     * * *

    物語構造の話をもう一つ。

    たのしい企画記事が多いARuFaさんが、 またまたおもしろい記事を公開していました。

     ◆【検証】老若男女が並べば『能力者』っぽい写真が撮れるんじゃない? | オモコロ
     http://omocoro.jp/kiji/93013/

    内容は、タイトルに書かれている通りです。 特殊な能力を持つキャラクターが登場してバトルを繰り広げる『能力者』 を写真だけで作ろうという企画ですね。

    タイトルを見ただけで「ああ、確かに。それは撮れそうだな!」 と思って読み進めたのですが、途中で笑い出すほどおもしろかったです。 あなたが未読なら、ぜひ見てください。

    ひとしきり笑ってから結城は「このおもしろさはどこから来るんだろう」 と思いました。言うまでもなく、 この企画のアイディアから大変おもしろいのですが、 記事の構成もおもしろさにかなり貢献していると感じます。

     ・これから示す記事のコンセプトをわかりやすく提示する。
     ・最終的な形態を作るまでのプロセスを少しずつ提示する。
     ・飽きないようにときどき細かい笑いを入れる。
     ・個々の構成物に一つ一つフォーカスを当てる。
     ・最後に全体像をドーン!と見せる。
     ・その後はテンポよくバリエーションを見せる。

    そのような作りになっていることがわかります。

    「これから何をやるのか」 を読者が理解しないうちに先に進んでもしょうがないので、 図を交えてわかりやすく説明しています。

    また、いきなり最終的な完成物を見せても盛り上がらないので、 制作プロセスを少しずつ見せていくのも効果的ですね。 少しずつ見せると長くなり、飽きてしまうかもしれないので、 途中に細かい笑いを入れて飽きないようにしています。 そのようにして、一つ一つの構成物(ここでは「能力者」) にフォーカスを当てていくと、 最終的に全体像を見せたときの印象も強いですね。

    全体像を見せたあとのバリエーションを見せるところでは、 あまり細かい制作プロセスは見せず、スピーディに進む。

    これもまた物語をどう示すかに繋がる話ですね。

    一本の記事からも、学ぶことは多いと感じた次第です。

     * * *

    継続の話。

    父はよく「継続は力なり」と私に話してくれたものでした。

    現在思うこと。確かに「継続」は力となってくれるものですけれど、 そもそも「継続する」ということ自体にも力は必要です。 それも、かなりの力が必要です。

    流行の言葉でいえばサスティナビリティが高いとでもいうのでしょうか。 そのような状態を保つことには力が必要です。 自分の仕事や業務や生活そのものに力は必要だけれど、 継続させるための仕組みを作ることにも力が要るということです。

    よくいうことですが、 病気を治すためにはよい薬があるだけではだめで、 その薬を忘れずに飲み続ける仕組みが必要です。 継続に力が要るとはそういう意味。

    「継続するための仕組みを考える」というのは、 突き詰めていえば「自分を不必要にする方法を考える」のに似ています。 自分が病気になって休んだら立ちゆかない組織というのは、 サスティナブルではありませんよね。 だから、たとえ自分がいなくなっても組織が回るような仕組みを考える。 それは、一時的に自分がいなくても大丈夫な仕組みを考えているわけです。

    継続する仕組みを極端に考えるなら、 自分がぜんぜんいなくても回る仕組みになりますね。

    でも、ちょっと待った。ということは、 単に継続性だけを考えるだけではまずいということになります。 だって、自分が手を動かして実施したいと望む仕事からさえも、 自分を除いてしまうことになりかねませんから。

    つまり、継続性を考える上では「何を継続させたいのか」や、 「何のために継続させたいのか」も明確に考えることが必要でしょうね。

    自分が現場で作業することを継続したいのか、 自分が将来ここからいなくなっても現場が回ることを継続したいのか。

    あたりまえのことを考えているのかもしれませんけれど。

     * * *

    名前と信頼の話。

    将棋のタイトル戦である「竜王戦」が気になっています。 結城は将棋はさっぱりできず(駒の動かし方もうろ覚え)、 普段から特に対局を見ているわけではありません。 なのに「竜王戦」が気になっているのは、 「ソフト指し」をした疑惑で挑戦権を奪われたニュースが流れたからです。

    結城がこの話題を気に掛けているのは、 「信頼」に関わる話題だからかもしれません。 棋士は不正をしないという信頼。 盤面の勝負で決着を付けるという実力勝負の信頼。 団体は将棋とメンバーを守るという信頼。 そのようなたくさんの信頼を一気に失いかねない事態が起きているからです。

    竜王戦での勝者は「竜王」というタイトルを名乗ることができます。 たった二文字をみんなで守っているともいえます。 どれほど厳しい勝負を経てそのタイトルを得たか、 それをみんなが知っており、信頼しているからこそ、 たった二文字に大きな意味があるのです。

    信頼の象徴としての名前、です。 名前をどうやって守るか。 「○○さんは竜王です」という言葉の含意のために、 関係者が力を尽くしています。 その対応が話題に上っているから気になるのでしょう。

    ブランディングマネジメントですね。

     * * *

    感想文の話。

    今年の夏に結城は福岡の筑紫女学園で特別授業(講演)をしました。 その様子はこの結城メルマガでも「数学ガールの特別授業(筑紫女学園編)」 としてPDF配信してきましたね。

     ◆数学ガールの特別授業
     http://www.hyuki.com/girl/lesson.html

    先日、お世話してくださった増田先生がPDFをまとめて生徒さんに見せ、 生徒さんの感想文を結城に送ってくれました。

    生徒さんの一つ一つの感想を読みながら、 結城はうれしい気持ちでいっぱいになりました。 全般的な「お話をありがとうございました」という感想だけではなく、

     ・数学を知れば知るほど世界が広がっていく!
     ・言葉って本当に不思議で興味深い。
     ・数学は確かに言葉ですね!
     ・教科を別々に考えていたけれど、実はつながっている。

    のように、一段深く踏み込んだ感想も見られました。 生徒さんのこれらの感想は、私にとって「宝物」です。 何しろリアルな読者さんの声が詰まっているのですから。

    一つの活動を終えたあとにフィードバックをもらうのは、 ほんとうに大切なことだと思いました。

     * * *

    では、今週の結城メルマガを始めましょう。

    どうぞ、ごゆっくりお読みください!

    目次

    • はじめに
    • 本との出会いと楽しみの演出について - 本を書く心がけ
    • いろいろ、つらいとき
    • 《私のために書かれたものだ》と感じてもらうには - 文章を書く心がけ
    • あなたとわたし
    • おわりに
     
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