結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2018年3月13日 Vol.311
はじめに
結城浩です。
いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
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『数学ガール/ポアンカレ予想』の話。
先週の火曜日に初校読み合わせが終わり、 気が緩んでしまったのか、 風邪を引いてしまいました(弱い)。 さいわい悪化することもなく、 何とか快復しそうです。
今週には再校ゲラが届き、 来週末には再校読み合わせ。そこを過ぎれば、 原稿に関しては結城の手を離れることになります。 ラストスパート、がんばりましょう。
書店に掲示されるPOP作成や、 書籍に同梱されるメッセージカード作成など、 いわゆる販促活動準備も今週〆切です。 こちらもがんばらなくては。
刊行は2018年4月。
応援よろしくお願いします!
◆『数学ガール/ポアンカレ予想』
http://www.hyuki.com/girl/poincare.html
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数学を楽しむ話。
受験シーズンの関係か、 「勉強の方法」や「数学の学び方」のような質問を最近よくいただきます。
その質問の中で「数学を学ぶこと」を、 「数学の問題を解くこと」だと思っている人がときどきいます。
確かに学校で「数学を学ぶ」というと、 多くの場合は問題を解くことになりますし、 定期試験や実力テストや入試などではもちろん問題を解きます。
でも「数学を学ぶこと」がすなわち「数学の問題を解くこと」 ではありません。少なくとも私はそう思っています。
学校の数学の時間に「微分」を学んだとしましょう。 そうすると定期試験で「この関数を微分しなさい」のような問題が出ます。 それはまあそうですよね。でも、そもそも、
・微分というのはどういうものなのか
・微分で何ができるのか
・そもそもどうして微分というものを考えるのか
という内容が腑に落ちていないと、 難しい問題が出たときに困ってしまいます。 なぜなら、問題を考えている途中で、
「よし、ここで微分すればいいな!」
という発想になかなか至れないからです。
結城が高校生だったのはもう遠い昔ですが、 数学の時間に「複雑な関数を調べる」という、 ざっくりした課題の授業がありました。 ややこしい関数の式が与えられて、 その関数がどんなものであるかを自由に調べましょう…… そんな授業でした。
結城はその時間で、 数学に対する大きな理解の進展がありました。 それは、
そうか!これまで数学で習ったことを使えば、
このややこしい関数の式を解きほぐし、
関数の様子をいろいろ調べられるんだ!
と高校時代の私は気付いたからでした。
数学というものを「与えられた問題を解く科目」 だと考えるのはとてももったいないと思いました。 問題を解くこと、問題を解けることは重要ですけれど、 そこからもう一歩踏み込むことができたら、 とても楽しくなるからです。
自分が知った概念、自分が知った技法を使って、 あれこれ自由に考え、試し、調べることができる。 それはすごく楽しいことです。 何をやっても(数学的におかしくなければ)怒られない。 自由に試して構わない。 もちろん、自分が未熟ならば大した結果は得られないけれど、 でも自分なりの工夫によって、 ちょうど身の丈に合った学びを進めることができる。 主体が自分にある。これはとても楽しいことです。
それは、たとえていうならば、 新しく買ってもらった自転車のようなものです。 ハンドルやブレーキの仕組みを覚えるだけではつまらなくて、 自分が実際に乗って、自由に走ってみる。 うまくハンドルさばきができなくて倒れるかもしれない。 でも、自転車で風を切って走る気分は最高です!
もしかしたら、数学に限らない話かもしれません。 数学も、国語も、英語も、どんな科目にも当てはまるかも。 中学や高校では基礎知識と基本技能が与えられている。 それを身につけるように努力し、 身についたかどうか、問題を解いて確かめるのは大事です。 でも、ほんとうに楽しいのはその先。
《それ》を使って好きなことをやっていいんだよ!
自分が身につけた基礎知識と基本技能を、 自由に役立てていい。 その認識が大事じゃないかな、とよく思います。
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LaTeX本の話。
数式混じりの文書を作成するデファクトスタンダードはLaTeXです。
『数学ガール』もLaTeXで書いていますし、 多くの論文はLaTeXで書かれています。
LaTeXを学びたいという人にオススメの行動は、 奥村先生の『LaTeX2ε美文書作成入門』を買い、 つべこべ言わずにまずは一通りこの本を読むことです。
◆[改訂第7版]LaTeX2ε美文書作成入門(アマゾン)
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4774187054/hyuki-22/
技術評論社ではPDF版を購入できます。
◆ [改訂第7版]LaTeX2ε美文書作成入門(技術評論社)
https://gihyo.jp/dp/ebook/2017/978-4-7741-8764-8
「本など買わなくても、必要なことは検索すればいいのでは? 無料だし」 のように考える人もいますけれど、私はそうは思いません。
LaTeXをネットだけで学ぼうとすると、 どうしても断片的な知識になってしまい、 全体像をなかなかつかむことができません。
また、ネットには古い情報と新しい情報が混ざっていますので、 学習した知識がゆがんでしまうことになりかねません。
さらに、本を読めば最初に書いてあるような 「ありがちなトラブル」に対処しなくてはならず、 無駄な時間を使ってしまいがち。
確かにネットは無料ですが、 どうせ学ぶなら定番の良書を一冊買う方が、 結果的には無駄が少ないと私は思います。
LaTeXを学ぶなら、 「数千円と、数日を掛けて、この本を一通り読む」 という行動をお勧めするのはそのためです。
全部覚えようとする必要はありません。 LaTeXの概要をつかみ、どんなことをしたら何が起きるか、 ありがちなトラブルは何かを押さえながら全体像を理解するのです。
ネットで検索するのが悪いわけではありません。 この本を一通り読んだ後は、 ネットで見つかる情報をよりよく生かせるようになるはずです。
ここまでLaTeXの話を書いてきましたが、 実は似たようなことはいろんな分野に当てはまります。 全体像を知らない分野について、 ネットだけで解決しようとするのはやや無理があります。 もしもいい入門書や定番の本があったらそれを入手し、 一通り目を通す。それだけでグンと学習効率がアップするはずです。
本とネットは対立するものではなく、 相補的に活用することが大切だといつも思います。
◆[改訂第7版]LaTeX2ε美文書作成入門
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4774187054/hyuki-22/
なお、奥村晴彦氏,黒木裕介氏はこの書籍で、 2018年度日本数学会出版賞を受賞しています。
◆日本数学会(2018年度日本数学会出版賞)
http://mathsoc.jp/publicity/pubprize2018.html
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受験勉強で好奇心がどこかへ行った話。
質問
好奇心を取り戻す方法を教えてください。
私は一年浪人して、 自分のやりたいさまざまなことを、 約二年間我慢し続けて勉強してきました。
そしていま、とりあえず大学に行けることが決まり、 受験勉強から解放されて自由な時間が増えました。
でも、自分が受験前と変化していることに気付きました。 それは、何にも興味がなくなってしまったということです。
受験前は少しでも不思議に思うことがあったら、 熱中して調べたり考えたりしていたのですが、 いまはまったくそんな気力がありません。
そんな状態を打破しようと、 以前興味があった分野の本を読み始めてみたのですが、 無味のガムをひたすら噛んでいるような感覚で、 内容が頭にまったく入ってきません。
二年間の受験勉強が自分の好奇心を殺してしまったんじゃないかと感じて、 すごく怖いです。
結城さん、好奇心を湧かせる術を知っていたら、 どうか教えてください。
回答
まずは、受験お疲れさまでした!
受験を終えて気付いたら、 自分の好奇心が失われたようだということですね。 お気持ち、お察しいたします。
受験期間では、いろんなことを耐えてきたでしょうから、 なかなか急に元に戻るのは難しいかもしれませんね。
たとえていうならあなたは、 受験に向けて同じ姿勢をずっと取ってきたわけです。 ですから、いきなりダンスを踊るのは無理ですし、 マラソンするのも無理でしょう。
受験前と同じ状態まで一気に戻るのは難しいでしょうから、 あなたにまず必要なのは、 心と身体をほぐすことではないでしょうか。 それには、ある程度の時間が必要です。
あなたは「受験勉強が自分の好奇心を殺してしまった」 と心配なさっていますが、大丈夫。 そんなことは絶対にありません。 あなたは若いのですから、きちんと心と身体をほぐし、 時間をかけて自分とあたりを見回し、 自分が面白いと感じることを、 少しずつ思い出し、取り戻し、 感じ取っていくことは必ずできます。
そんなにあわてないで。 急がないで。
まずは、あなたが自分自身をほめてあげましょう。
よくやったね。
長い間本当にがんばったね。
とにもかくにも、よく乗り越えてきたね。
つらかった時間もめげずに越えてきたね。
浪人時代を越えてきたんだ。
えらかったぞ!
なかなか、たいしたもんだ!
と自分をたっぷりとねぎらいましょう。
これまでの浪人時代には、 多くのことをがんばって乗り越えてきたわけですから、 自分の好奇心もがんばって取り戻したくなりますが、 あわてず自分に時間を与えてください。
好奇心はいなくなったわけではなく、 臆病な小動物のように、 木陰に隠れているのかもしれません。 受験時代の我慢やプレッシャーやストレスのために、 好奇心は木陰からなかなか出てこられないのでしょう。
ですからまず、ゆっくりと自分をねぎらい、ほめましょう。 たっぷりとほめましょう。そのようにして、 自分を「本来の自分」に戻していきましょう。 そうしているうちに、 好奇心もあなたのところに戻ってきます。
お疲れさまでした!
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それではそろそろ、 今回の結城メルマガを始めましょう。
どうぞ、ごゆっくりお読みください!
目次
- はじめに
- 問題を解く学習で大切なこと
- 趣味として、やや専門的な数学書を読みたい
- 相手の話を聞く練習
- おわりに