結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2013年8月6日 Vol.071
はじめに - ビル・カニンガム&ニューヨーク
おはようございます。 いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
先日「ビル・カニンガム&ニューヨーク」という映画を観ました。 レイトショー、というほどではないのかな。 午後6時過ぎに始まる回を家内と二人で観ました。 二人で映画を観るというのは久しぶりかもしれません。
この「ビル・カニンガム&ニューヨーク」という映画は、 ある一人のファッションカメラマンのドキュメンタリーです。 このカメラマン(ビル)は84歳という高齢でありながら、 毎日ニューヨークの街角で一般の人の写真を撮り続けています。 ニューヨークタイムズにコラムを持っていて、 そこに写真入りの記事を書いているのです。
以下、公式ホームページから引用。
>ニューヨーク・タイムズ紙の人気ファッション・コラム「ON THE STREET」と
>社交コラム「EVENING HOURS」を長年担当する
>ニューヨークの名物フォトグラファー、ビル・カニンガム。
◆ビル・カニンガム&ニューヨーク(作品紹介)
http://www.bcny.jp/about/
もしかしたらファッションに詳しい方ならご存じだったかも しれませんが、私はまったくそういうことにうといので、 今回の映画で始めてこの人の存在を知りました (そもそも今回の映画を見つけてきたのは家内ですし)。
私はファッションにはまったく興味がないのですが、 どうしてこの映画を観たいと思ったかというと、 ビルの生活に非常に興味をそそられたからです。 以下、鑑賞後の情報も交えて少し書きます。
ビルは自分自身のファッションに興味がありません。 街行く人のファッションにはたいへん敏感で、 ビルのコラムがトレンドを作り出すこともあるのに。 ビル自身はいつも同じ青い作業服を着て、 雨が降ったら安物のポンチョを着る。 ポンチョが破れたらガムテープ(!)で補修して着る。
ビルは自分の住まいに興味がありません。 自分の部屋にはネガが入ったキャビネットが並び、 キャビネットにハンガーをぶら下げてそこに服を掛ける。 キャビネットの間にベッドを置いて寝ている。
ビルは自分の好きなことを生き生きと続けています。 ビルはいつもにこにこと笑顔です。 そして、50年以上写真を撮り続けています。 ほんとうの意味で人生を楽しんでいる人の姿です。
……結城は、このような人の生き方と自分の生き方を重ねて考えます。 私も自分の好きなことを続けていますが、 ここまで徹底はしてないなと思います。 そして、元気をもらいました。 好きなことを続けていいのだと意を強くしました。
ビルには行動規範のようなものがあります。 たとえば社交界のパーティ取材をするときに、 会場の人から食事や飲み物を勧められてもいっさい断る。 中立性を保つために水一杯ももらわないようにしているのだとか。
また、どんなに有名人であっても関心はない。 ビルに関心があるのはファッションです。 ですから、ビルの眼鏡にかなうファッションでなければ、 有名人であるからといってニューヨークタイムズのコラムには載せない。ただ黙殺する。 しかし、悪意のある写真の掲載は絶対にしない。
ビルは自分の行動規範をきちんと守って、 守り続けて仕事と生活をしているようです。
映画の中でいつもにこにこしていたビルが 急に真顔になって無言で真剣に考えたシーンがあります。 それはインタビューアがビルに「信仰」について聞いたときでした。 毎週日曜日に教会に行っているビルは、信仰について、 長考の後に「自分にとって必要なものである」と答えました。 それも私の印象に残りました。
わずか90分足らずの短いドキュメンタリーでしたが、 私はたいへん満足しました。 このような映画を見つけてくる家内に感謝です。 おそらく私ひとりだったら絶対に見つけられず、 観にいかなかった種類の映画でしたね。
おしゃれで、楽しく、そして深く自分の仕事について考えさせられる。
「ビル・カニンガム&ニューヨーク」はそんな「大人の映画」でした。
こちらにトレイラー(予告編)があります。
◆『ビル・カニンガム&ニューヨーク』予告篇
https://www.youtube.com/watch?v=x2HU-iaiPgo
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別の話題。
先週の火曜日の「学び」がちょっとおもしろかったので書いてみます。
普段結城は外のカフェで書き物をしています。 先週の火曜日は奥さんから 「ランチを外でいっしょに食べましょう」と連絡がありました。 楽しくランチをしてから分かれて仕事に戻ろうと思ったのですが、 奥さんと会ったので頭がどうも「休日モード」になってしまったようです。 なかなか仕事に戻れない。
それと前後して愛媛大学の藤田先生(@tenapi)がツイートしていた 「同値関係の証明」について考えていたので、 いつものお仕事はやめにして、こちらを書いてみることにしました (数学に興味のない方は読み飛ばしてください)。
◆手書きの証明
http://instagram.com/p/cYS9aPDSnr/
上は持っていたポストイットに手書きで書いた証明です。 こういう証明になじみのない方にはものすごいことを書いているように見えますが、 こういう証明になじみのある人には当たり前のことを書いているだけの話です。
この証明を手書きで書いてから、 「やっぱりもっとちゃんと書きたい」という気持ちがわいてきて、 結局きちんとLaTeXを使って清書することにしました。 それが以下です(数学に興味のない方は読み飛ばしてください)。
この証明では「同値関係」という言葉の意味がうろ覚えである人に向けて書いていますので、 わざと反射律、対称律、推移律という言葉を出して、しかもその意味も合わせて書いています。 この証明はいささか冗長すぎますが、ここまで書いてみてやっとひと心地つきました。
ひと心地ついてから、 「もうちょっと書きたい」という気持ちがわいてきました。 上の画像を作るときに tex2img というツールを使ったのですが、 その説明を少し書きたくなったのです。 この tex2img というツールはLaTeXで書いた数式をpngなどの画像に落とすというもので、 たまたまこの日の朝に見かけたものでした。 これを使うのは今回が初めてです。
そこで、以下のような短いブログ記事を書きました。
◆tex2imgを使ってLaTeXで書いた数式を画像に変換
http://d.hatena.ne.jp/hyuki/20130730/tex
結局、結城がこの日の午後やったことはこうです。
・簡単な数学の問題の証明を手書きで書く。
・その証明をLaTeXで書くとともにtex2imgというツールを使う。
・LaTeXのソースとtex2imgの使い方の記事を書く。
ここには「多重の学び」があります。
・数学の学び
・ツールの使い方の学び
・LaTeXの書き方の学び
一つ一つはそれほど大した話ではないのですが、 このようにまとめてみると、自分のスキルがちょっぴりアップした感じがします。 いや「スキルがアップ」はちょっと言いすぎですね。 「自分の頭が鈍らないようにストレッチした」くらいでしょうか。
自分のちょっとした学びをひとさまに見せられる形にするというのは、 私の心にとてもしっくりと収まる行動です。 自分が使った時間が「無駄になってない」という気持ちになるからかも。
ここには私のしっくりくる「学びの形」があります。 自分が学んで満足するのは大事なことですが、
「証明できたよ、LaTeXで書けたよ、tex2img使えたよ」
と自分で納得するだけじゃなく、
「で、それは、こんなふうにやったんだよ」
と人に示すという部分がさらに大事だと感じるのです。
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ここでお知らせです。
講談社の文芸雑誌『群像』の2013年9月号に結城浩のエッセイが掲載されます。 たぶん一ページくらいのちょっとした読み物ですけれど、よろしければご覧ください。 水曜日(8月7日)の発売になります。
このお仕事は以前やりとりをしたことのある『群像』の編集者さんから ご依頼いただいたものです。好きなことを書いてよさそうな話だったのと、 文芸雑誌に文章を書くというのはいままでやったことのない経験だったので、 お引き受けいたしました。
結城のいつもの読者さんとはまったく違う方々に自分の文章が届くと思うと、 少し不思議な気持ちになります。
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お仕事の依頼といえば。
最近ThinkPad(Windows)からMacに仕事環境を移した話をしています。 その中で「テキストエディタとしてVimを使い始めた」という話題を ツイートや結城メルマガで書いていました。 「VimかわいいよVim」という具合です。
するとある編集者さんから「Vimについて書きませんか」という依頼がやってきました。 短い原稿なので二つ返事でお引き受けしました。
興味があることをやっていて、それについてネットでおしゃべりしていたら それについて書いてくださいというお仕事がやってくるのは、 なんだかすごく自然な仕事の流れだなあと思っている次第です。
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さてそれでは、結城メルマガに入っていこうと思います。
今回はまず「教えるときの心がけ」として、 「生徒からのヒント」という話題をお送りします。
それから「文章を書く心がけ」として、 冒頭でもお話しした「ビル・カニンガム」の言葉から引用し、 それに対する結城の考えを書こうと思います。
最後に「本を書く心がけ」として、 講演集『数学ガールの誕生』の初校読みを題材にして 「文章を磨く」という話題をお届けします。
それでは、どうぞお読みください!
目次
- はじめに - ビル・カニンガム&ニューヨーク
- 教えるときの心がけ - 生徒からのヒント
- 文章を書く心がけ - ビル・カニンガムの言葉より
- 本を書く心がけ - 文章を磨く
- 次回予告 - 再発見の発想法